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世の中にないVRサービスを具現化せよ「自由視点VR」が可能にするもの
IoT全体戦略

世の中にないVRサービスを具現化せよ
「自由視点VR」が可能にするもの

今やゲームの世界の“専売特許”ではなくなったVR(仮想現実)技術。デバイスの価格も下がり、ビジネス活用にチャレンジする企業が続々と登場している。この状況のもとでは、新技術をいち早く取り入れることに加え、自社とパートナー企業の強みを生かした協業モデルを構築することが市場差別化のカギとなる。そこで注目されているのが「自由視点VR」だ。KDDIが開発したこの技術は、マルチアングルのVR映像を実現することで、これまでにないコンテンツやサービスの制作を可能にしている。


仮想世界をさまざまな視点から見ることができる「自由視点VR」

VR(仮想現実)技術の活用が、新しい段階を迎えている。技術の進化とデバイスの低価格化を受け、費用対効果を見込める活用領域が拡大。VR映像による不動産物件の内見サービスや、カーディーラーの仮想ショールームなど、さまざまなコンシューマー向けサービスのほか、業務のトレーニングツールといった社内向けの活用法も検討されるようになっているのだ。

こうした中、注目を集める新技術の1つが、「自由視点VR」である。

これは、ユーザーが視点を自由に移動させながら空間内のコンテンツを見たり、体験したりすることができる技術で、KDDI総合研究所が独自に開発したものだ。これまでのVRは、ある1つの視点から周囲を見渡すアングルが前提だったが、その前提を取り払うことで、より制約の少ないVR体験を可能にしたものだ。これについてKDDIの並木 慎は次のように説明する。

「自由視点VRでは、これまで不可能だった、対象物を周囲360度どこからでも見られるVR映像を作ることが可能です。複数のカメラから視点を選択できる『マルチアングル』と異なるのは、自由視点の名の通り、カメラがない位置からも見られるようにしたことです」

だが、当然カメラを置いていない位置からの映像は物理的に撮影できない。これをどのように補い、360度の視点を実現しているのか。ポイントとなるのがコンピュータによる後処理工程だ。

KDDI株式会社
ビジネスIoT推進本部
ビジネスIoT企画部 ビジネス開拓1グループ

課長補佐 並木 慎

具体的には、まず複数台のカメラで撮影した映像をコンピュータの専用アプリケーションで解析し、360度アングルで見たい対象物(オブジェクト)とそれ以外に分ける。その後、オブジェクトを「3Dモデル」化して、VR空間上に配置。それを実際の映像と再び合成することで、どこからでも見られる状態を実現するという仕組みである(図)。

「例えばサッカーの試合なら、方向や角度をぐるぐる変えながらフィールド全体を俯瞰して見たり、ぐっと選手に近寄って、シュートの瞬間を足元で見たりといった、あたかもゲームの世界のようなことが可能になります」と並木は話す。

設置するカメラの台数を増やせば、その分高品質な映像を作成することができるが、台数を増やすほど後処理の負荷が高まり、3Dモデル生成までの時間や手間がかかってしまう。実際、従来の技術でオブジェクトのリアル感を再現しようとすると、まず映像を数千万個以上の「点」の集合データに変換し、それを基にして3Dモデルをつくる必要がある。そのため、例えば1分のコンテンツを制作するのに1日以上を要していたという。そこで自由視点VRでは、ビジネス活用のハードルを下げるため、この工数と時間を短縮するための技術を採用している。具体的にはどういうことなのだろうか。

「『点』のデータに変換するプロセスを省き、映像から直接3Dモデルが作成できるようにしたのが大きなポイントです。同時に、GPUも自由視点VRに最適化することで、実証実験では1分のコンテンツ制作を1時間以内で実現することにも成功しています。これが、自由視点VRの大きな強みといえるでしょう」と並木は強調する。

「カラオケVR」でユーザーにまったく新しいVR体験を提供

この自由視点VR技術は、すでに実用化のレベルに到達しつつある。例えば、先に紹介したサッカー観戦の領域では、2016年10月のJリーグ公式戦「FC東京 vs. 鹿島アントラーズ」でデモを実施。スタジアムに設置した8Kカメラ4 台の映像を基に、あたかも“フィールド上を飛ぶ鳥”のように自由な角度から試合が楽しめるコンテンツを作成した。

また、実際にコンシューマー向けのサービスとして提供開始済の例もある。それが「カラオケVR」だ(写真1)。

これは、カラオケ「JOYSOUND」を全国展開するスタンダード、コンテンツ制作を担うポニーキャニオンとの3社協業によって生まれた新サービス。カラオケルームというインフラを使うことで、まったく新しいVRコンテンツの楽しみ方をユーザーに提案するものである。

利用者は店舗受付でスマートフォン(Galaxy S8)とヘッドマウントディスプレイ(Galaxy Gear VR with Controller)を1人1セットずつ借り、これを装着する(写真2)。電源を入れると目の前にはポータル画面が現れるので、そこから再生したいVRコンテンツを選択する仕組みだ。コンテンツは多数あるが、その一部に、ポニーキャニオンと共同で制作した自由視点VRのコンテンツが含まれている。

今回、自由視点VRを適用したコンテンツは、ポニーキャニオン所属の5人組アイドルグループ『マジカル・パンチライン』(写真3)によるダンスとドラマの2種類の映像。「ミュージックビデオや映画といった通常の映像と、自由視点VRの映像コンテンツでは、制作に必要な環境や実際の制作手順も大きく異なります。そのため、ポニーキャニオンが持つコンテンツ制作のノウハウを最大限生かしつつ、KDDIが技術的なサポートを行うことで、クオリティの高い作品づくりを実現することができました」と並木は説明する。

利用者は、マジカル・パンチラインが歌って踊る姿を360度さまざまな角度から見ることができるほか、仮想空間内で握手会に参加したり、メンバーと高校生活を送ったりすることができる。2017年8月からJOYSOUNDの一部店舗でスタートしたこのサービスは、既に大きな注目を集めており、来店する客層の変化といったかたちで効果が表れているという。

今後はストリーミング型のサービス提供も視野に入れる

このように、制作のノウハウやコンテンツ品質の面では完成の域に達しつつあるVRだが、今後の技術開発の焦点はどういった点にあるのだろうか。KDDIはひきつづきVR領域における新技術の開発に注力していくということだが、具体的には「ストリーミング配信」の実現に向けた取り組みだ。

「現在のVRコンテンツが抱える課題の1つが『データ量の大きさ』です。これまでストリーミングは、このデータ量に阻まれてきた面が大きいのですが、現在はネットワークインフラやデータ圧縮技術が進化し、課題解決の可能性は高まっています。そもそも通信に強みを持つKDDIとして、ストリーミングはぜひ実現したいことの1つ。そのための検証を進めており、もうすぐ実現可能な段階まで来ています」と並木。2020年には、一層の高速・大容量通信を可能にする5G(第5世代移動通信システム)の実用化も予定されている。すでに存在するオンデマンド配信のプラットフォーム上でVRコンテンツを提供し、モバイル通信で手軽に利用できるようになるとすれば、普及に大きく弾みがつくであろうことは想像に難くない。これも、VRコンテンツの活用を検討する企業にとって大きな追い風となるだろう。

VR技術の本格的なビジネス活用は始まったばかりだ。今後、さまざまな企業のニーズや課題を基にしたアイデアが市場に登場してくるだろう。そのとき、十分な質とスピードでサービスを立ち上げることができるかどうか——。KDDIのようなパートナーとタッグを組むことが、チャンス拡大につながることは間違いない。


マジカル・パンチラインの
沖口 優奈さん(左)、佐藤 麗奈さん(右)

「通常の撮影では周囲にスタッフさんがいます。でもVRの場合、周囲も映り込んでしまうので、カメラに向かって1人で演技しました。そのせいか、これまでより自然な自分を見せることができたと思います」(沖口さん)。「コンテンツの1つにバーチャル握手会があります。メンバーが本当に目の前にいるようなリアルさなので、ぜひチェックしてみてください」(佐藤さん)

【ITpro Specialにて2017/10/26より掲載開始】