産業用ボイラのトップメーカーとして走り続けてきた三浦工業。早くからメンテナンスサービスを強化してきた同社は、新たな付加価値として、クラウド型のエネルギー管理システム「MEIS CLOUDⓇ」の提供を開始した。システム構築をKDDIがトータルでサポートしたが、完成までにはさまざまなハードルを越える必要があった。システム開発に至った背景から、開発過程における困難、それをどう克服したのか、プロジェクトメンバーに聞いた。
熱エネルギー源として欠かせないボイラを中心に、それに付随する水処理装置、工場で使用される産業機器などの製造・販売を手がけ、日本のものづくりの現場を支えて続けてきた三浦工業。小型貫流ボイラはトップシェアを誇り、業界のリーディングカンパニーとして国内外で事業を展開している。
同社の最大の強みは、メンテナンスサービスにある。機器が故障したときの修理やメンテナンスは無償サービスが当たり前という当時の業界の常識を覆し、1972年にはボイラ販売時にメンテナンス料込みで販売する独自の保守契約制度をスタート。契約期間中の定期点検と故障対応に有償で対応するようになった。
さらに1989年には、他社に先駆けてオンラインメンテナンスを導入し、顧客のボイラを通信回線で監視しデータに基づく保守管理を実現させた。現在のメンテナンス拠点は全国100箇所、人員は1,000人以上に及ぶ。
こうした製品販売にとどまらないサービス提供で差別化を図り、成長を続けてきた同社が近年新たに取り組んでいるのが、工場の省エネ化・省人化に向けた提案、いわゆる“スマートファクトリー”を実現する提案である。
2018年10月に発売したクラウド型のエネルギー管理システム「MEIS CLOUDⓇ(メイスクラウド)」も、その一環で開発したものだ。これは簡単に言うと、工場が所有する数多くの設備の集中管理をクラウド上で可能にするシステムである。
芳野 孝雄 氏
開発の背景には、工場が抱える問題を解決したいという思いがあった。工場には、ボイラを含むユーティリティ設備の管理をする専門スタッフが常駐しているものだが、近年、その人手不足に悩まされている工場は少なくない。
これを解決すべく、三浦工業では以前よりオンプレミス型の「集中管理システム」を提供していた。しかし、金額面のハードルが高く、資金力のある大手企業でないと導入が難しいという問題があった。実際、顧客企業のうち導入できているのは4分の1程度にとどまっていたという。
中小企業をはじめとする、まだ提供できていないより多くの顧客企業への導入を可能にするには、開発コストを大幅に下げることが絶対条件。そこでクラウドに目を付けた。
「クラウドサービスの構想自体は、かなり以前から持っていた」と、三浦工業 MI統括部次長の芳野孝雄氏は振り返る。
「『Web2.0』や『SaaS』が注目されるようになった頃から、こうした考え方は自社サービスにも応用できるのではと思案していました。クラウドを採用することで、システム導入にかかるイニシャルコストを大幅に低減できる。そこから、当社の故障予防・保守管理サービスをより多くのお客さまに提供できる、サブスクリプションサービスの提供に思い至りました」(芳野氏)
大きな構想はあったものの、開発は一朝一夕にはいかなかった。「MEIS CLOUDⓇ」は、主にKDDIの通信技術とクラウド構築基盤、IoT・AIを用いるソリューション企業のエコモットのIoT技術によって構成されているが、この座組みと全体設計が定まるまでにも、実に数年を要した。
下井 智裕
「芳野様から最初に構想をお伺いしたのが2014年ごろ。実現したいことを踏まえると、かなり複雑な構造が必要だったこともあり、当初はスクラッチ開発(ゼロから新たにシステムを開発すること)をご提案しました。しかし、それだとどうしても開発費がかさみ、エンドユーザー(中小企業)に対して安価にサービス提供したいという三浦工業様の構想を実現できなくなってしまいます。かといって、パッケージでのご提案では、要望に応えきれません。悩んだ結果、既存のSaaSをカスタマイズすることが最適と判断しました」と話すのは、KDDI IoTイノベーション推進部の下井 智裕だ。
KDDIからの提案のポイントは、次の3点だった。
1:通信キャリアだからこそ担保できる「セキュリティ」の質の高さ
2:対象とする機器や、取得・分析・管理するデータ項目が変更・追加となった場合でも柔軟に対応できる「拡張性」
3:エンドユーザーの導入コストを下げるため、「低コスト」での開発を実現
これらのポイントが、三浦工業が協働パートナーにKDDIを選ぶ大きな理由にもなった。
「特にセキュリティについては、重要な顧客データが社外(クラウド)に保存されるので当然ですが、お客さまは我々の想像以上に、情報漏えいの対策について厳しく追求されます。その点、KDDIは申し分ない対策を講じられています。この点は、当社にとってシステムのセールスポイントにもなると思いました」(芳野氏)
システム構築上の最大のハードルとなった「低コスト」の実現のためには、さまざまなアイデアを絞った。
エコモットを開発パートナーに選定したのも、その方策の一つ。同社はもともとKDDIのM2M(Machine to Machine:機器間通信)回線を利用する顧客企業だったが、近年はKDDIが出資する関連会社でもあり、連携を強めている。KDDI 5G・IoTサービス企画部の池野上 好弘は、エコモットに協力を依頼した理由を次のように話す。
「開発の工数を抑え、コストを大幅に下げるためには、IoTのノウハウと実績のある企業の協力が不可欠でした。かつ三浦工業様の場合は、導入先のお客さまによって、機器の種類も取得したいデータの量・項目も異なるため、従来のIoTクラウドシステムを柔軟にカスタマイズする必要がありました。その点エコモット様は豊富な実績を持っている上に、同社のIoTプラットフォーム『FASTIO』(IoTデータを収集・管理するために必要な要素を組み込んだプラットフォームサービス)が活かせるのではと考えたのです」(池野上)
池野上 好弘
コスト削減には営業努力も必要だったが、そこにはKDDIとしての思いも込められていたと下井は話す。
「当時のKDDIのシステム開発はまだ回線やモジュールが基本でしたが、クラウドへかじを切るべきだという話が社内で出ていた頃でもありました。そのため、『三浦工業様に伴走して、三浦工業様のクラウド事業の立ち上げを支援したい』という気持ちが強かったです」(下井)
初代のボイラを含め、三浦工業が製造・販売するすべての機器が漏れなく揃っているのは、愛媛県松山市にある本社であり、そのためにKDDI・エコモット両社は本社に何度も通い、検証を繰り返しながら開発を進めた。
開発過程は、まさに山あり谷あり。三浦工業の描く理想を実現するために、一つずつ問題をつぶしながら進めていった。
特に、エコモットの堀野宏一氏が「無理難題だった」と思わず本音をこぼしたのは、取得した膨大かつ多様なデータを一つのプログラムで制御することだった。
「1件あたり1,000点ほどのデータを取り込んで処理する必要がある上、企業ごとに処理の仕方も異なってきます。この複雑な条件を実装することは困難を極めましたが、これができないと三浦工業様のビジネスに支障をきたします。KDDIとも何度も相談し、さまざまな方法を検討して、何とか実装することができました」(堀野氏)
他にも、データ解析レポートを導入企業ごとにカスタマイズして欲しいという要望に対しては、「FASTIO」と既存のBIツールを掛け合わせて対応することで、コストをできる限り低減しながら実現を試みた。
堀野 宏一氏
「KDDI、エコモットの両社には、さまざまな要望に真摯かつスピーディに対応していただき感謝しています。最終的に、想定するコスト内に抑えてくださって大満足です。お客さまからも、システムの使い勝手のよさに好評をいただいているほか、これまでアナログで残していた記録がデータ化されることで分析が可能になり、一歩先に進めた気がするという声をいただくなど、よい変化を与えられていると実感しています」(芳野氏)
2020年7月には、「MEIS CLOUD+(メイスクラウドプラス)」の提供も開始した。「MEIS CLOUDⓇ」は三浦工業の製品を対象にしたシステムだったが、「MEIS CLOUD+」では、他社の設備も対象とできるようになった。その際、各工場設備のセンサーからの信号を受け取るために必要なゲートウェイデバイスも、引き続きエコモットが開発した。
「データ量が膨大なため、一般的なゲートウェイデバイスでは処理しきれません。あらゆる機器・設備からのあらゆる信号を受け取れるようにするには、どんな開発が必要なのか。その開発の分、上がってしまうコストをどこで調整するか。あまりに多様なデータを、クラウドにどう格納していくか。ものづくりの現場にきちんと寄与することができるサービスをつくる――このようなことを検討し、今までにない仕様をデバイスに落とし込んでいく作業は、困難な道のりでしたが、やりがいもありました」と堀野氏は語る。
また、下井は「次々に出てくる困難な課題を解決しながら細かい仕様を決めて実装していく、手応えのある一大プロジェクトでした」と振り返った。
「MEIS CLOUDⓇ」の導入拡大への道はまだ始まったばかりで、まさにこれからが正念場だ。ただ、芳野氏は「クラウドを活用したビジネス創出のきっかけを得られたことも大きな成果」と、今回の開発プロジェクトを高く評価している。
例えば、少子高齢化による人手不足を解決するための省力化ソリューションを開発して、既存のメンテナンスサービスを拡張したり、IoTを通じて収集した膨大なデータとAIを組み合わせて、機器の故障予知サービスをスタートするなど、そうしたスマートファクトリー化を推進する方向で、顧客企業に貢献できる可能性を感じているという。
「現在我々は、お客さまが抱える課題に対して、これまで培ってきた熱やエネルギーのノウハウ、社内外の製品を組み合わせて課題を解決する“トータルソリューション”を提供するスタイルをとっています。クラウドでさまざまな情報を蓄積できれば、それを基に今までにない新たな提案が可能になるのではと期待しています」(芳野氏)
三浦工業が全社的に力を入れる海外での事業拡大も踏まえ、「『MEIS CLOUDⓇ』は、国内に限らず海外でも広く利用されるサービスへと育てていきたい」と芳野氏は語る。
三浦工業のこうしたビジネス創出・ビジネス拡大を実現する過程に、KDDIとして今後も伴走していきたいと下井は力を込める。
「AIを活用した課題解決や価値創出にはKDDIも力を入れており、ARISE analytics、を筆頭にグループ会社を拡大している状況です。また、海外事業の拡大については、グローバル展開を推進するお客さまのためのビジネスプラットフォームKDDI『IoT世界基盤』(※)を活用しながらサポートしていきたいですね」(下井)
KDDI IoTイノベーション推進部の池澤 舜は、そのためにも、エコモットをはじめとするパートナー企業との連携を強めていく必要性を訴える。
「ビジネスが拡大するに伴って、取得するデータの量や項目数はますます増えていくでしょうし、そのデータの活用方法もさらに広がっていくでしょう。我々は、データの取得から蓄積・管理・解析、そしてビジネス活用まで、トータルでサポートできる体制を整えることが不可欠といえます。KDDIだけに閉じるのではなく、パートナーとの連携をより広げ、深めながら、三浦工業様に貢献していきたいと考えています」(池澤)
三浦工業とKDDI、そしてエコモットをはじめとするパートナー企業は、より一層強固なパートナーシップを築きながら、これからの時代に求められる価値創出への道のりをともにしていく。
池澤 舜