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ITの力でバス業界を変える小湊鐵道の安全対策
「夕方に事故が多い」定説を覆す

ITの力でバス業界を変える小湊鐵道の安全対策

近年、バスドライバーの疲労や健康上のトラブルに起因する事故が社会問題になっている。国土交通省は貸切バス事業者に対し、2017年12月より運転者へのドライブレコーダーを活用した指導及び監督を義務づけるとともに、ドライブレコーダーにより記録すべき情報とドライブレコーダーの性能要件を定めた。
速度超過などの不適切な運転の抑止につなげるほか、運転中の乗務員の表情変化やわき見運転など、いわゆる「ヒヤリ・ハット(※)」のデータ収集と、それを活用した安全教育の実施を進めるための施策で、事故防止のために、国をあげた対策が進みつつある。

  • ※突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりすること

そんな中、千葉県の小湊鐵道(こみなとてつどう)とKDDIがタッグを組み、通信技術によって路線バスの危険運転を防止するための実証実験が行われた。
バス運行の安全対策は今どのように変化しているのか、通信技術がバス運行の現場でどう活かされているか、小湊鐡道バス事業部の小杉直次長に話を伺った。

路線バスはハイテク化が現在進行中

訪れたのは小湊鐵道バス部。県民からは「小湊バス」の愛称で知られ、千葉駅周辺エリアを皮切りに、内房、外房にまたがる広いエリアで路線バスを運行するほか、房総から都心を結ぶ高速バスなど都市間交通としても機能する県民の足となっている。

「全国的に知名度が高いのは里山トロッコ列車で知られる鉄道事業の方ですが、バス事業も会社の大きなウエイトを占めているんです」(小杉氏)

少し赤みがかったクリームに、オレンジとグレーの3トーン。一見すると昭和レトロな風情を醸し出しているカラーリングの「小湊バス」だが、実はどれも最先端の安全対策を施された車両ばかりである。

小湊鐵道株式会社 バス事業部 次長 小杉 直氏
小湊鐵道株式会社 バス事業部 次長

小杉 直氏

「2016年、当社ドライバーが業務中に体調を崩し、意識がもうろうとした事象が起きました。幸い、乗客にもドライバーにもケガはなかったのですが、改めて一から安全対策をハード面、ソフト面から徹底しているところです」(小杉氏)

例えば、バスの走行時間・走行速度を記録するデジタルタコグラフや、夜間撮影にも対応した高感度・高画質のドライブレコーダーを搭載しているほか、これらの機材により取得された各車両からの画像や位置情報などのデータをLTE回線を通じてリアルタイムで運行管理者に送信するシステムも一部導入を進めているという。

さらに、高速バスや観光バスには最新のレーダーを備えた衝突軽減ブレーキ付きの車両も導入されるなど、バスのハイテク化が進んでいる。

欲しいデータは『ヒヤリ・ハット予備群』

「ただ、ドライブレコーダーも、デジタルタコグラフも、いわば事故が起こったあとで検証するためのデータの集積装置。病気で例えれば、こうした装置は対症療法の領域なんですね。我々が欲しかったのは、そもそも事故を未然に防ぐための『ワクチン』の部分。これがなかなか見つけられなかったんです」(小杉氏)

その「ワクチン」の開発こそ、今回KDDIと共に取り組んだ、ITを活用した「危険防止システム」の実証実験の目的だったという。

「急ブレーキを踏む可能性がある状況の分析はすでにできていて、そもそもドライバーが急ブレーキを使うことはほとんどありません。でももしかすると急ブレーキを踏まなかっただけで、実はヒヤリとした場面があるかもしれない。これを『ヒヤリハット予備群』と私たちは呼んでいるのですが、こうした状況の把握こそが、実は重要ではないか?それが今回、KDDIさんとのトライアルのスタートラインになったのです」(小杉氏)

安全対策を何よりも重視する小湊鐡道にとって、目線を合わせて共に安全対策に取り組めるパートナーの存在は心強かったと小杉氏はいう。

膨大なデータをITの力で“ふるい”にかける 業界の定説を覆す発見も

実証実験は、実際に乗客を乗せた路線バスを使って13日間行われた。

ドライバーを捉えたカメラが撮影した画像データと、デジタルタコグラフが取得した走行データを外部サーバに送信、ドライバーの表情の変化や挙動を計測することで、どんな場所やタイミングでわき見や感情変化があったかを特定するという仕組みだ。

システムで分析された結果は、運行管理者のPCに「乗務員に感情の急激な変化がありました」といったアラートを表示できる。

実験当初、システムが「ヒヤリハット」以外の事象を検知してしまうなど、ヒヤリハットの「定義づけ」にはひと苦労したという。
「ヒヤリハットが起こるときに、一体どんな表情になるのか?」システムの分析結果を見ながら、KDDI担当者と何度も打ち合わせを重ねていった。

「たとえば、顔全体の表情から検知する方法だと、乗務員が風邪をひいてマスクをしていると口元の変化がわからない。それなら目元を中心に表情の変化を分析していきましょう、と。ほかにも、乗務員の気が緩んで姿勢が崩れる状況のパターンを割り出し、挙動を検知できるようにしました。なかなか根気のいる作業でしたが、こうしたデータの分類を1つ1つ重ねていくことで、納得のいくヒヤリハットの検知ができるようになりました」(小杉氏)

その結果、今回の実験でいくつかの「ヒヤリハット事例」を抽出し、運転手への共有、注意喚起を通じて、安全運転の促進につなげたという。

また今回、新発見とも言える興味深い結果も得られた。
「我々の業界では『夕暮れ時の事故がいちばん多い』と言われているんですが、今回の実験結果を検証すると、夕刻に『ヒヤリハット』は検出されなかったんです。いちばん多かったのがお昼過ぎ。つまり今回の実験で、これまでのバス業界の定説が覆ったんです」(小杉氏)

収集される約3週間分の画像データは膨大。小湊鐵道のバスの総数は実に300台あり、人がチェックして「ヒヤリハット」のパターンを抽出することは不可能に近かった。
「データは膨大に蓄積できるようになっていても、それを解析することが難しかった。つまり患者がいても診察ができない状態だったんです。今回、KDDIさんのご協力のもと、『ヒヤリハット予備群』をITによって検出する“ふるい”ができたことは大きな収穫でした。KDDIさんが私たちと同じ課題感を持って根気よく共に取り組めたからこその結果だと思います。バス業界にとっても大きな一歩になると思います」(小杉氏)

こうしてデータが蓄積されるようになった「危険運転防止システム」は今後、商用化も検討されるという。
これまで顕在化されることのなかった、事故を引き起こす一歩手前の要因「ヒヤリハット」情報が、「通信」技術によって日本全国に広まっていく日もそう遠くないかもしれない。