2018 8/22

IoTソリューション

坂村健氏に聞くIoTの過去・現在・未来:“魔法みたいな大学“の学部長はIoTとTRONの父だった

「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という、SF作家アーサー・C・クラークの法則を実証するような"魔法みたいな大学"が東京都北区赤羽にある。東洋大学情報連携学部INIADだ。2017年に開校したばかりのINIADにはビル全体に最先端のIoT設備がこれでもかというくらい組み込まれ、床や壁面に行き先が矢印で投影されたり、自分のロッカーが自動的に開いたり、誰がどこにいるのか分かったり、ホグワーツ魔法学校のようなことが実現されている。これらは学生がプログラミングで制御可能で、INIADでの授業や研究に生かされている。このINIADの学部長が、「IoTの父」、坂村健氏である。

フロアの階数をiPadで写すと地図がオーバーレイされる

行き先を示す矢印が壁面と床に浮かび上がる

最近よく耳にする「IoT」という言葉。「Internet of Things」の略称で、「モノのインターネット」として説明されることが多い。IoT化が進むにつれ、これまでは製品単体で操作を制御していた家電や自動車などがインターネットを経由して相互接続され、さまざまな用途が生まれている。その基本的なコンセプトを30年以上前に公開していたのが坂村健氏。最初はHFDS(超機能分散システム)、次に「どこでもコンピュータ」、「ユビキタスコンピューティング」、そして現在の「IoT」と呼び方は変わっても、コンピュータが組み込まれたモノが通信によってつながるオープンな社会を目指すというところは共通している。その実現のために坂村氏が提唱したのがTRON(トロン)プロジェクトだ。

「TRON」と言っても、ITにあまり馴染みのない人にとっては初めて聞く名前かもしれない。「最近続編がでたSF映画?」「BTRON」「超漢字」「リアルタイムOS」などのキーワードを思い浮かべる人もいるだろう。

 TRONは今では全世界で40%、アジアにおいては60%のシェアを誇る、IoTの核となる組み込みOSなのだ。そんなTRONプロジェクトのリーダーである坂村健氏に、IoTのこれまでとこれから、そして坂村氏が学部長を務める東洋大学INIAD情報連携学部についてお話を伺った。3回に分けて掲載する第1回では、坂村氏が進めてきた「TRONプロジェクト」とは何なのかについて紹介しよう。

トロンフォーラム会長の坂村健氏。現在、東洋大学INIAD情報連携学部学部長。YRPユビキタスネットワーキング研究所長。東京大学名誉教授。工学博士。IEEE Life Fellow。紫綬褒章、日本学士院賞、ITU150年記念賞など受賞

1980年代に誕生したTRON

 TRONとは「The Real-time Operating system Nucleus」の頭文字を取ったもので、坂村氏がリーダーとなって1984年から進められているプロジェクトだ。IoTという言葉が使われる30年以上前にスタートした長い歴史を持つ。

「TRONプロジェクトでは、30年以上前から組み込みコンピュータの研究をやっています。わかりやすいところで言えば、自動車のエンジンの制御やデジタルカメラのファインダー制御部分、携帯電話の電波コントロールなどに使われていますね。小惑星探査機の『はやぶさ2』の制御システムにもTRONは組み込まれています」と坂村氏は話す。

「TRONを使っているのは日本メーカーだけ」という誤解を目にすることがある。しかし、その答えは「No」だ。名前は明かせないが、世界的に有名なカメラメーカーでもTRON系OSは採用されているのである。TRON採用を公表するか否かはメーカー側に委ねられているため、カシオやリコー、トヨタなどのTRON採用を公開している日本企業の印象が強くなっているのだ。

大学や民間企業と育てるオープンOSとしてのTRON

 TRONは80年代から“オープンOS”という形を一貫して取り続けている。「国家プロジェクトではなく、UNIXやLinuxといったOSと同じ立場です。デファクトスタンダード、つまり“結果として事実上標準化した基準“となるように、興味を持った大学や民間企業と育てていったので、自然とエコシステムが出来上がりました。技術書を公開して、無料で使えるというのは、Linuxよりも早くに始めたくらいです」と坂村氏は説明する。

 TRONプロジェクトは開始当初からオープンOSとして提供されている。従来の垂直統合型開発モデルから、水平連携型開発モデルへの移行を推進することになるからという考えが根底にある。

TRONのライセンスは、坂村氏曰く「かなり緩く」作られているらしく、変更点を公開する必要がない。オープンソースの一部ライセンスには、自由に使っていいものの、変更点を公開しなければならないものがあり、そのあたりがメーカーにとってはネックになることが多かった。そういう意味でも、TRONはメーカーにとって好都合で、だからこそ世界的な普及が進んでいるといえるだろう。

IEEEのリアルタイムOS世界標準規格「P2050」へ

 IoTという言葉が生まれる以前から、「どこでもコンピュータ=ユビキタスコンピューティング環境」として誕生したTRON。そんなTRONは、今年ついに米電気電子学会(IEEE・アイトリプルイー)で世界標準規格となる。これこそが、TRONが世界的にも認められたOSであることを実証できる要素となると坂村氏は胸を張る。

 対象となるのはTRON系OSのうち、ワンチップマイコン向けの「μT-Kernel 2.0」。IEEEではこれまで、IoTのエッジノード(クラウドに接続する端末機器)向けの小規模組み込みシステム用リアルタイムOSの標準化を進めており、プログラムが小さく移植がしやすいうえ、組み込み分野で60%という高いシェアを持つことを理由に、TRONが選ばれたという。

 IEEEが世界標準規格としているのは、無線LANプロトコルとして広く普及する「IEEE 802.11」や、「POSIX」と呼ばれるUNIX系OSの互換性維持のための標準仕様「IEEE 1003」など、ビッグネームばかり。坂村氏にとっても、「いままでやってきたことのなかで一番大きな出来事」だという。

 TRONはIEEE標準委員会により「P2050」の名称で標準化作業が進められており、一連のプロセスを経た上で正式に世界標準規格となる見通しだ。世界標準規格となることで、今後はTRON、IEEE P2050の全世界への普及が加速しそうだ。

本記事はITmedia NEWSに掲載された記事を転載したものです。
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