2018 9/12

IoTソリューション

坂村健氏に聞くIoTの過去・現在・未来:IoTが実現した「魔法大学」の仕組み INIADが目指すIoT時代の教育とは?

その大学の中を案内してもらうと、ハリー・ポッターのホグワーツ魔法学校に迷い込んだような気分になる。ただ、その大学に組み込まれているのは魔法ではなく、「十分に発達した科学技術」、大量のIoTデバイスだ。率いるのはダンブルドア校長ではなく、「IoTの父」坂村健氏。

TRONプロジェクトのリーダーである坂村健氏は、東京大学名誉教授であるとともに、2017年4月に開設された東洋大学情報連携学部、通称「INIAD」(イニアド)の学部長も務めている。

INIADとは、「Information Networking for Innovation and Design」の略称で、東京都北区赤羽台にキャンパスを構える。建築設備や内装、建築の総合プロデュースを坂村氏自身が手掛け、世界的な建築家である隈研吾氏が建築設計に関わるなど、一見すると大学とは思えないようなキャンパスだ。

2017年4月に完成したINIADのキャンパス。真っ白な壁と濃淡のある木目が印象的な校舎は5階建てで、多くの小教室やINIADホール、メディアセンターなどがある

坂村氏が1989年に始めた、1000個以上のチップやセンサーを住宅環境に組み込む「TRON電脳住宅」が今のスマートホームの先駆けとなったように、INIADは最先端の「IoTスマートビル」と言っていい。そんなキャンパス内を坂村氏自身に案内してもらいながら、INIADが目指す教育についてお話を伺った。

“魔法みたいな大学“の学部長はIoTとTRONの父だった
「IoTの父」が考える「最大の課題」とは?

トロンフォーラム会長の坂村健氏。現在、東洋大学INIAD情報連携学部学部長。YRPユビキタスネットワーキング研究所長。東京大学名誉教授。工学博士。IEEE Life Fellow。紫綬褒章、日本学士院賞、ITU150年記念賞など受賞

世界一のオープンAPIコントロールビルが校舎に

INIADのメイン校舎となる「INIAD HUB-1」は、総床面積1万9000平方メートルの建物内にIoTデバイス5000個を備える一大施設だ。このビルは「世界一のオープンAPIコントロールビル」とも言われており、設備機器や環境制御機器等を全てIPv6ネットワークにつなぎ、ネットワーク経由での情報読み取りや制御指示が可能になっている。

天井はケーブルなどがむき出しの状態。これはカメラやセンサー、アクチュエーターなどを設置しやすくするためで、学生たちが常に新たな挑戦をできるよう坂村氏が配慮したそうだ。

天井をあえてむき出しにするという発想

SuicaやPASMOといった交通系ICカードを、入退室やロッカーの開閉時の個人認証に利用しているというのも面白い。建物内には複数のデジタルサイネージがあり、脇に設置されたカードリーダーにカードをかざすと、自分の時間割を表示することもできる。

カードをかざすと自分の時間割が表示される

最近ではマンションのカードキーとしても交通系ICカードが導入されているが、大学内で活用されるのは珍しい。交通系ICカードにはユニークな個体識別番号があり、ローコストに利用できるのがメリットだという。

生徒のなかには、このICカードを使ったプログラミングを行い、音声によるロッカーの開閉操作や、任意で設定した生徒だけがロッカーを開けて荷物を受け渡せるといった、一歩進んだ活用法を考えている。

また、筆者が一番驚いたのは、ARを活用した案内システムだ。校内の案内図にはARマーカーが組み込まれており、スマートフォンやタブレットをかざすと、現在地や目的地までのルートを案内してくれる。さらに、移動を開始すると、天井に設置されたプロジェクターが目的地までの道案内を壁と床に投射し、目的地のドアの前には赤いピンが表示されるようになっていた。

案内板の階数を示す部分にARマーカーが組み込まれている。生徒たちが授業の教室を調べるのはもちろん、来客もこの機能を活用している

天井に設置されたプロジェクターによる道案内の表示は、初めて訪れる人が迷わずに目的地にたどり着けるので便利

もちろん、技術としてこうしたことが可能なのは理解しているのだが、実際に体験すると、「魔法みたい!」と思わずにはいられなかった。INIAD HUB-1はただの大学の校舎ではなく、最先端のIoT教材として機能しているのだ。

AIが普及する時代にプログラミングは必須

校舎内を見ていると、大教室は1つも見当たらない。そう、INIADには大教室がないのだ。同校が最も重視するのは、少人数教育である。講義動画の配信や小テストなどをネットで配信し、学生は小テストを受けたうえで講義に参加する。そして、教員は学生の理解状況を把握しながらフォローアップやディスカッションを中心とした授業を行う。

小人数だからこそ、教員が1人1人の生徒の様子を気にかけながら受業が行える。また、出席カードを配って出席を取ることはなく、校舎内に設置された複数台のカメラで各生徒がどこにいるのかを認識している

1年生では、最初にJavaScriptとPythonを学ぶ。例えば照明のオン/オフをINIAD内のIoT機器を制御するためのオープンAPI「INIAD API」で操作するといった具合だ。

この段階を終えたら、次はマッシュアップを学ぶ。たとえば、Googleの人工知能APIの音声認識とINIAD APIをマッシュアップして、声で照明の操作を行う。次の段階では、スマホでどのように制御するのかを考えさせる。このように、実地経験を積み重ねながら、生徒たちはプログラミングを学んでいくのである。

スマホで教室の照明の操作を行うだけでなく、視覚障害者のために音声で現在の状態を知らせるというプログラミングも生まれている

INIADでは、一年生はプログラミングとコミュニケーション学のみを履修し、一般教養は4年生で学ぶそうだ。大教室で完全に受け身な一般教養の授業をうとうとしながら履修していた記憶のある筆者からすれば、この方針には非常に驚かされた。どうしてINIADがここまでプログラミングに重きを置いた授業を重視するのかを坂村氏に聞いてみると、納得の返答があった。

「人工知能が普及する時代ということは、“人工知能を使うのも簡単な時代”ということです。しかし、INIADではプログラマーを育てるのではなく、自分でなにかできる人を育てようとしています。自分の問題を解決するにはプログラムが必要です。AIは昔と違ってアルゴリズムを考える必要はなくなりましたが、何をやりたいのかというのはプログラミングしないといけません。問題をロジカルに解決するには、プログラミングが欠かせないのです」

課題に対してロジカルに物事を追求する姿勢こそ、東洋大学の創立者である井上円了が追い求めたものだった。

妖怪学と哲学と科学

1858年生まれの井上円了は、20歳で東京大学を卒業したエリートだ。29歳で「私立哲学館」という私塾を作り、「全ての学問の基礎は哲学である」という考えのもと、大学を作ろうとしていた。

そんな真面目な井上円了だが、実は「妖怪学」の創設者でもある。明治の日本は文明開化の影響で、妖怪や幽霊、火の玉などの怪奇現象が大ブーム。これらの怪奇現象を、科学的方法論で分析し、原理を解明することで社会不安を収めようとしたのだった。

「哲学」と「妖怪学」は相反するもののように感じるが、実は意外と近いところにある哲学は人生や世界の根本原理を考える学問で、そのためにこの世のあらゆることを論理的に明かす必要がある。この姿勢は妖怪学にも共通しており、哲学を一般的に知ってもらうためにも妖怪学が役立っていた。

そして、この研究姿勢は現代の「科学」にも通じるものがある。坂村氏は井上円了のこの考え方がINIADのある東洋大学の創立者であることに深いつながりを感じたと語る。

社会人の再教育プロジェクトの重要性

現在、INIADは1学年に400名おり、多くの大学に比べると非常に多様性のある生徒が集まっている。全体の20%が海外からの留学生で、女性の割合も全体の35%ほどを占めているそうだ。「留学生も女性も半数ぐらいになるのが理想」だと坂村氏は話すが、2017年開設でまだ就職実績のない学部でありながら、2年目の2018年には昨年の倍の受験者がいたというのだから、その日は近いだろう。

そんなINIADでは、現在「Open IoT教育」というプロジェクトを進めている。一度社会に出た人を再教育しようというもので、「再教育」というキーワードは後年の井上円了が掲げたテーマでもある。共同申請校には、東京大学、横浜国立大学、名古屋大学、名城大学が名を連ねる。これらの連携校で半年間のコースが3科目開講され、大学院レベルの講義が受講できる。

IoT時代を生き抜ける人材を育てることに余念のないINIADからは今後も目が離せない。これからのIoTが私たちの暮らしをどのように変えていくのか、IoT化に欠かせない「APIのオープン化」を企業がどう進めるのかについても、大きな課題が残されている。

本記事はITmedia NEWSに掲載された記事を転載したものです。
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