2018 9/26

イベントセミナーレポート

日本企業が取り組むべき、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の進め方、組織のつくり方

デジタル技術を武器に、既存業種を次々とのみ込もうとする米大手IT企業を中心とした『デジタル・ディスラプター(破壊的イノベーター)』の脅威。そこに立ち向かい、イノベーションを生み出して生き残るために企業はどうあるべきか──。今年が2回目となるJBpress主催、KDDI特別協賛のセミナー『Digital Innovation Leadership』では、この課題に挑むため『デジタル変革で飛躍する組織戦略』をタイトルに掲げ、日本企業が取り組むべき、DXの進め方、組織のつくり方が示された。

『Digital Innovation Leadership』会場

大企業で手に入るスクラムの『強力な効果』

「年間170億ドルもの費用をかけ、週3台の軍用車両の修理しかできなかった米陸軍倉庫が、作業のやり方を変えただけで、破壊された車両を1日40台も新車に再生できるようになったのです」──。アジャイル開発の標準的な手法『スクラム』を提唱し、そのコーチをおこなっているScrum Inc.(スクラム・インク)CEOのJJ・サザーランド氏は、変革事例を紹介し、スクラムの強力な効果を強調した。ジャーナリストでもあったサザーランド氏は、2011年のエジプト革命の際、NPR(米公共ラジオ局)の取材チームでもスクラムを実践、さまざまな問題から機能不全に陥っていたチームを改善することに成功した。

Scrum Inc. CEO

JJ・サザーランド

スクラムは、効率的なアジャイルチームを組織するためのフレームワークだ。小さなチームをつくりプライオリティ(優先事項)を決め、短い『スプリント』期間内に処理することを繰り返す。頻繁に顧客からフィードバックを得たり、進捗の確認やプロセスの見直しをすることで、状況変化に対応し、より高い価値を顧客に提供。完成後に、ニーズに合わないことが判明するといったリスクを減らし、より正確な仕事を実現する。従業員も、チーム内の知識共有でスキルが向上し、自律的な意思決定ができるので高いモチベーションにつながる。

サザーランド氏は、電力会社がハリケーンで送電設備に大きな被害を受けた際に、組織の縦割りを越えて結束、迅速な復旧を果たした例をあげ「平時においても緊急時のように対処するのがスクラム」と説明する。

しかし、大企業では大きな変化を伴う組織変革は難しく、その電力会社も嵐が収まると、元のサイロ化された組織に戻ってしまった。では大企業がサイロ化の罠を抜け出すには、どうしたらいいのか。サザーランド氏は、社内にスクラムの手法を導入して、生産性を大幅に向上させたトラクターメーカーの例に言及し、アジャイル開発なら従来のウォーターフォール型に比べて「2分の1の時間で2倍の成果をあげる」と有効性を訴える。

スクラムを効果的に進めるにあたって重要なポイントは【明確化・透明化】【集中】【少人数】だ。スクラムでは、機能横断的な組織でチームを構成し、メンバーが協力して作業を進められるよう、チーム内の仕事を明確化、透明化し、方向性を統一することが重要になる。また、優先事項を絞り込んで集中する。さらにチーム内のコミュニケーションコスト増大による効率の低下を避けるため、チームの人員は4~6人程度に抑える、といった留意点があげられる。最後に、サザーランド氏は「大事なことは待たないこと。優先事項を決めて、すぐに動くこと。デジタル・ディスラプターはそうしています。これはどんな大企業でも明日からできることです」と呼びかけた。

イノベーションを起こすのは『あなた』です

続いて、デジタル・ディスラプターが日本企業を席巻することへの深刻な危機感から『デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)』を立ち上げた、元東京海上日動火災保険CIOの横塚 裕志氏が『あなたが主役』と題して講演した。将棋界の知名度を飛躍的に高めた藤井 聡太七段らの活躍に触れ「個人の力は大きい。あなたがイノベーションを起こす気になることが大事」と語り始めた。

デジタルビジネス・イノベーションセンター 代表

横塚 裕志

第四次産業革命の到来で、本業が脅威にさらされている自動車メーカーが、移動サービス・プラットフォーム事業に乗り出すなど、企業はビジネスモデルの変革を迫られている。しかし、大企業は、スタートアップのようなイノベーションを起こすのが難しい。その理由を横塚氏は「現状は安泰と思っている大企業社員と、預金残高とにらめっこするスタートアップでは生きる覚悟が違う。さらに、上から目線の大企業のメンタルでは、イノベーションに不可欠な他社とのエコシステムを構築できない」と指摘する。

そこで、横塚氏はイノベーションを進める4つのカギを提示する。一つ目は、DXの推進。技術が予想を超えて進化する今、3年計画の短期視点の限界を指摘した。横塚氏は講演の中でケネディ元大統領の「10年以内に人類を月に送り込む」という言葉を例に出し、『長期ビジョンを持ち、一部の仕事のデジタル化にとどまらず、会社全体をデジタル変革すること』の重要性を訴えた。

二つ目は、デザイン・シンキング。企業の論理では顧客起点のイノベーションは生まれない。シンガポールによる『デザイン思考を基軸とした国家成長戦略』を例にあげ、企業活動の全領域にデザイン・シンキングを組み込み、企業戦略・文化を顧客起点に変えていく必要性を説いた。三つ目は、『ディスカバーマイセルフ』という言葉をあげた。上から目線の大企業社員の立場を離れ、『私はこう思う』と自らの考えを述べる自律的な人だけがイノベーションを起こせるとした。また、デジタル時代のリーダーシップ要素として、謙虚に『誰からでも学ぶ姿勢』、計画や予算に縛られない『朝令暮改』、10年スパンで実現するような『夢を持つこと』、熱く深い仲間を作る『エンゲージメント』の重要性をあげた。

四つ目は『ダイビングプログラム』。『実践につぐ実践により人との絆、エコシステムも生まれる』として「CHANGEはCHANCEであり、皆さんがイノベ―ションを起こして日本企業の競争力を高めることを期待しています。一人で戦って疲れたら、同じ志を持つ仲間がいるDBICに来てほしい」とチャレンジを促した。

KDDIの5年に渡るアジャイル開発の知見を活用して新規ビジネスを共創する
『KDDI DIGITAL GATE』

KDDIでアジャイル開発に取り組んできた、ソリューション事業企画本部長の藤井 彰人は、5年前に同社に入社した際、以前に勤務した米IT企業とのギャップに驚き、ベンダー任せを脱し「グローバルに通用するアジリティ(迅速さ)のある開発にしなければ」と、変革に乗り出した。

KDDI株式会社 理事
ソリューション事業企画本部長

藤井 彰人

プロスポーツチームさながらに人を入れ替える米IT企業のような組織運営は、日本企業では難しい。組織階層が深く、上司の方針を着実に実行することに慣れた日本企業のカルチャーでは、上司とも積極的に議論しながら進めていくシリコンバレー流のフラットな組織運営は難しい。「トップダウン、合意形成型の日本文化の中で、いかに社内プロセスをアジャイルに変革するか、が課題でした。ただ、アジャイルにしなければ、優れたエンジニアを採用することもできないと、社内を説得しつづけました。」と振り返る。

アジャイル開発の手法にはスクラムを採用。チームの自律的な管理に任せ、管理側はファシリテートする立場に徹した。また、すべてを内製で進めようとすると、社内に大量のリソースが必要となり、非効率でリスクも高まることから、従量型クラウドサービスを使い、『ベンダーではなくパートナー』として外部企業との共創体制を構築。

当初3人でスタートし、今やアジャイル開発センターとして200人以上の規模になった。また藤井は、重要な視点として「企画側が開発側に対して、上から目線でアジャイル開発させるのではなく、『アジャイル企画開発』ととらえ、企画側自らが開発チームのメンバーになることが大切です」と強調した。

さらに、KDDIでは、社内で取り組んできたアジャイル開発の知見を活用して、お客さまと新規ビジネスを共創するための新たな施設『KDDI DIGITAL GATE』を東京 港区虎ノ門に2018年夏、設立する。同施設責任者のIoT事業推進室グループリーダー、山根 隆行は「最近はさまざまなラボが設立されていますが、『KDDI DIGITAL GATE』にはKDDIならではの強みがあります」と〝違い〟を強調する。最大の強みは、KDDIの変革をリードしてきた人材との共創だ。山根は、「『KDDI DIGITAL GATE』は単なるショールームやワークショップ会場ではない」と述べた。KDDIはこれまで、スクラム手法や、デザイン・シンキングなどに5年取り組んだ経験があり、現在も変革にチャレンジし続けている。そのようなKDDIのアジャイルチームに加え、新たにKDDIグループに加わったソラコムやアイレットなど、国内有数のエンジニアリング部隊と連携できる。

KDDI株式会社
IoT事業推進室 グループリーダー

山根 隆行

さらにはKDDIが事業共創プラットフォーム『KDDI ∞ Labo(KDDIムゲンラボ)』を通じて支援するスタートアップ企業が同じ場所に集う。こうしたエンジニアリング集団が必要に応じて参画し、お客さまと共に新たな気づきを得ながら、事業アイデアの創造と具現化を支援することができる。もちろん、通信会社ならではの次世代5G通信の実験環境も体験できる施設になっている。

こうしたKDDIのパートナーおよびグループ会社、さらにはスタートアップ企業の人材やテクノロジーとのコラボレーションが、新しい事業やサービスの実現に大いに役立つはずだ。

山根は「イノベーションは発注できませんが、『KDDI DIGITAL GATE』は、お客さまご自身がKDDIや他のさまざまな企業と共に新しいサービスを生み出せる場になるはずです。私たちと一緒にイノベーションを起こしましょう」と呼びかけた。

『DXを担う組織』の作り方

成迫 剛志氏はIoT、AI、ロボティクスといった技術革新を踏まえ、「今、ITは劇的に多様化する『カンブリア大爆発期』を迎えている」と説いた。その大変革の波は、「自動車業界に『CASE(Connected(ネットワークに接続)・Autonomous(自動運転)・Shared(シェア)・Electric(電化))』や『MaaS(Mobility as a Service、車をモノではなく移動手段のサービスとして提供)』として押し寄せる」と述べた。IT業界から自動車部品メーカー、デンソーに転じた成迫氏は「自動運転、ライドシェアなどのイノベーションを高速に生み、既存の自動車業界と競合するIT企業と渡り合うには、彼らと同じツール、スピード、文化を持った組織が必要」と感じ、デジタルイノベーション室を開設した。

株式会社デンソー
MaaS開発部 部長 兼
デジタルイノベーション室 室長

成迫 剛志

同室は、①クラウド等のテクノロジー、②潜在ニーズを探るデザイン思考を使った事業の構想・設計、③ニーズとテクノロジーを融合するアジャイル開発──の3つのアプローチを駆使して、新しいビジネスのアイデアの創出、開発を支援する役割を担う。

2017年4月の発足時のメンバーは、成迫氏を含めて2人だけだったが、頭数をそろえるのではなく「社内、社外の協力会社から、どうしてもここで働きたいという熱意を持った希望者だけに集まってもらう」という形をとった。そうすることで、メンバーからも「スタートアップの働きやすさと厳しさがある」と言われるような魅力的な職場になり、この1年で5チーム40名が稼働する規模に育った。「開発段階での支援が成功した事例をきっかけに、社内から、企画・構想段階で声がかかるようになった」と手応えを口にする。

同室では『イノベーションは、今までの延長にある進化ではなく、0から1をつくり出す』というイノベーション観をチームで共有する。つまり従来の、課題解決をめざす『仮説検証・分析型アプローチ』ではなく、『デザイン思考アプローチ』を実践しているのだ。そのためには、仮説検証のためのインタビューや市場アンケートではなく、生活者の行動を観察し、行動の理由、潜在ニーズを考察するエスノグラフィーを基にした『仮説の探索』が重要と強調した。

本記事は2018年6月20日に開催された『Digital Innovation Leadership』セミナーの採録記事です。

パネルディスカッションレポートと講演資料
(サザーランド氏/横塚氏/藤井・山根/成迫氏)を公開中!

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