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異業種の共創で生まれる、新しいビジネスの芽
第一次産業でも加速するデジタル変革

異業種の共創で生まれる、新しいビジネスの芽

キーワードとしてだけでなく、実際の取り組みも広がりつつあるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)。ICTの活用が遅れていると考えられている第一次産業でも、DXを取り入れた変革が進んでいる。この取り組みを共有するため、2018年7月12日に東京 大手町のFINOLABで開催されたのが『FinTech×第一次産業セミナー』だ。ここではその中から、みずほフィナンシャルグループやKDDIの具体的な取り組みを紹介したい。

急速に進む『FinTech』、農業や漁業でもデジタル変革が加速

さまざまな分野で進展しつつあるDX。その本質はデジタル技術を活用することで、顧客目線の新たなサービスを迅速に提供することにある。その代表例が、金融分野で進んでいる『FinTech』だといえるだろう。

『FinTech』とは、金融を意味する『ファイナンス(Finance)』と技術を意味する『テクノロジー(Technology)』を組み合わせた造語。ICTを駆使することで、革新的あるいは破壊的な金融商品やサービスを生み出そうという取り組みを指す。以前はベンチャー企業によって推進されているというイメージが強かったが、最近ではメガバンクによる取り組みも積極的に行われている。

「例えばみずほフィナンシャルグループ傘下のみずほ銀行では、本セミナーが開催されたFINOLABにおいて、ベンチャーとの協業を目的としたインキュベーション機能(※1)『Mizuho Creation Studio』を設置しました。またOpen Bank API(※2)の評価環境(Sandbox)の提供やメンターの派遣などを通じて、異業種で協業する新規事業創出を推進しています。その他にも、イノベーション企業を支援する会員サービス『M's Salon』の提供や、オープンAPIの活用によって『クロスインダストリ分野×47都道府県』でのビジネス創出を加速する『株式会社Blue Lab』の設立なども行っています」とみずほフィナンシャルグループ デジタルイノベーション部 デジタルストラテジストの石井 翔大氏は話す。

  • ※1 インキュベーション機能:ベンチャー企業や中小企業の事業が軌道に乗るように支援するための機能。
  • ※2 Open Bank API:銀行が自行の保有する機能についてAPIを通じて提供し、社内外からセキュアに利用できるようにする仕組み。
『FinTech×第一次産業セミナー』会場
『FinTech×第一次産業セミナー』会場

具体的な事例も登場している。みずほフィナンシャルグループでは、株式会社ソラコムと共同で開発したIoT決済プラットフォームを用いて、モバイルデバイスでチケット購入から入場、物品購入、クーポン配信などを行うスマートスタジアム構想の実証実験などが行われている。

DXが加速しているのは、金融分野だけではない。これまでICT化が遅れていた第一次産業でも、DXに関するさまざまな取り組みが進んでおり、これが地方創生につながると期待されているのだ。

こうした第一次産業のDXを、さまざまな形で支えているのがKDDIだ。KDDIは東日本大震災を契機に復興支援室(※3)を発足し、社員が被災した自治体に職員として出向することでICTを活用した地域の復興支援に取り組んできた。そこで培ったノウハウを生かして、現在も地域に密着した地方創生に取り組んでいる。

  • ※3 復興支援室:2012年7月1日発足、2017年4月1日に『地方創生支援室』へ組織変更

その一例が『豊岡市スマート農業プロジェクト』だ。これはセルラーLPWA(※4)に対応した水位センサーによって、水田管理を省力化しようという取り組みである。兵庫県豊岡市では『コウノトリ育む農法』という無農薬栽培を行っている。これは雑草対策として通常よりも深く水を張る必要がある上、害虫を食べてくれるカエルやヤゴを増やすために通常よりも長い期間の水張りが求められる。これを行うには非常にこまめな水管理が必要になるため、ICTで省力化しようとしているのだ。

  • ※4 セルラーLPWA(Low Power Wide Area):省電力かつ広域なエリアカバレッジを特長とする通信方式
    詳しくはこちらをご参照ください。

そして今回の『FinTech×第一産業セミナー』では、漁業における取り組みが紹介された。小浜市で行われた「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」である。

鯖によるまちおこしを目指し養殖研究に着手

「日本の漁業者数は50年前の1/3以下になっており、漁業者一人当たりの生産高はノルウェーの1/10、アイスランドの1/22となっています」。このように語るのは、「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」を現地で取り纏める、株式会社クラウド漁業専務取締役・CTOの横山 拓也氏だ。日本全体の漁獲量は、1984年から2008年までの四半世紀で、半分以下になっている。

株式会社クラウド漁業 専務取締役・CTO 横山 拓也氏
株式会社クラウド漁業
専務取締役・CTO

横山 拓也氏

「1974年のピーク時には約12,000tの鯖を水揚げしていた小浜市も、2017年の漁獲量はわずか700kgにまで減少しました。小浜市は鯖街道の起点として知られ、知名度の高い若狭の鯖は地域外からの需要も高いのですが、天然資源だけで鯖によるまちおこしを行うのは困難な状況なのです」と横山氏は話す。

株式会社クラウド漁業は、大阪でとろさば料理専門店『SABAR』を運営する『鯖や』グループが設立した新会社だ。「『SABAR』に入荷される鯖が次第に小さくなっていったことから、その原因の調査をした結果、このような状況がわかってきたのだ」と横山氏は説明する。
「鯖で長年商売してきた身としては、ぜひ小浜市の鯖文化を復活させ、美味しい鯖を安定供給するとともに、地域活性化にもつなげていきたい」──このような想いから、このプロジェクトがスタートした。

そこでまず着手したのが、産・官・学・民の連携体制による養殖技術の研究開発だった。2016年に始まった小浜市の事業「『鯖、復活』プロジェクト」の研究開発部会には、株式会社鯖や・福井県栽培漁業センター・福井県立大学海洋生物資源学部・小浜市漁業協同組合が参画。優れた発酵食品である酒粕を利用した、低コストかつ高機能な飼料の開発が行われたのである。

「養殖では餌としてマイワシの魚粉が一般に使われていますが、マイワシの価格は年々高騰しており、餌代が経営を圧迫する要因になっています。2012年には漁労売上高の89%を餌代が占めているという状況なのです。そこで、すでにお付き合いのあった京都の酒蔵の酒粕を餌として使用し、『よっぱらい鯖』というブランド鯖が作れないかと思いつきました。実際にこれを餌として使ってみた結果、ビタミンB群や難分解性タンパク質を豊富に含んでおり、養殖魚に起こりがちなビタミンB1欠乏症による斃死リスクが低減することがわかりました。また成長率も1.2倍になり、まさに『瓢箪から駒』という結果になりました」(横山氏)

その一方で、新たな流通システムの構築も進められている。株式会社クラウド漁業が流通の要を担い、養殖された鯖を全て買い取ることで生産者のリスクを回避する『漁業版SPA(※5)』を目指しているのだ。買い取られた『よっぱらい鯖』は、『SABAR鯖街道 京都烏丸店』などの料理に使われているという。

  • ※5 SPA(Specialty store retailer of Private label Apparel):主にアパレル分野を中心として行われている製造小売のビジネス形態。企画から製造・小売までを、1社が一貫して責任を持つ。

IoTを活用したシステムで給餌の効率化も実現

さらに給餌を効率化するための研究も推進している。2017年7月に総務省の地域IoT実装推進事業として採択された「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」ではIoTによる給餌効率化システムを開発。KDDIもこのプロジェクトの一員として参画している。

「鯖に与える餌の量は海面環境に応じた調整が必要で、これまでは漁師の勘と経験が頼りでした」と語るのは、KDDI ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室の石黒 智誠である。

給餌量を決定する主なファクターとして、水温、酸素濃度、塩分濃度がある。構築したシステムでは、これらの環境測定を自動的に行い、クラウドにデータを蓄積。これに応じた給餌計画の表示と実際に与えた餌の量の記録を、専用アプリがインストールされたタブレットで行えるようにすることで、漁師の勘と経験に頼っていたノウハウを可視化できるようにしているという。

KDDI ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室 兼 KDDI総合研究所 石黒 智誠
KDDI ビジネスIoT推進本部
地方創生支援室
兼 KDDI総合研究所

石黒 智誠

「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」で構築されたシステム。自動測定された環境データと、タブレットで記録される給餌記録をクラウドに蓄積することで、漁師の勘と経験のノウハウを可視化できるようにした。
「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」で構築されたシステム。
自動測定された環境データと、タブレットで記録される給餌記録をクラウドに蓄積することで、
漁師の勘と経験のノウハウを可視化できるようにした。

この仕組みは2018年4月から運用を開始。船を出さなくても湾内に浮かぶ養殖いけすの状況を陸から把握できるようになった。また漁師の日報作業が省力化されるとともにノウハウの可視化に着手。これによって『現地が自走できるPDCAサイクル』を実現。海面の環境変化の推移を把握した上での給餌計画策定(Plan)・タブレット画面を見ながらの給餌と給餌実績登録(Do)・いけすごとの給餌管理(Check)、そして計画修正を積み重ねた飼育方法のマニュアル化(Action)まで、一気通貫で行えるようになったのである。

「最初は漁師さんから『こんなもん作っても使いこなせんわ』『大事な網や魚を傷つけたらあかんよ』といった不安の声もありましたが、現地に何度も足を運び、漁師さんへの直接ヒアリングを繰り返したことで、使いやすくて網や魚にも優しい、現場も納得の仕組みが作れたと思います。いざ始めてみると、生きている鯖が泳いでいるいけすへのセンサー設置には気を遣いましたし、自然相手の仕事のため、スケジュール通りに作業が進まないことも多々ありました。それでも完成お披露目のときに、漁師さんから『ええもん作ってくれたなぁ』と笑顔で言われて、苦労が報われました」(石黒)

この仕組みの導入で、給餌量の適正化によるコスト削減が期待されている。さらに、ノウハウも短期間で習得できることから、今後は未経験者や若い漁師の育成も行い、漁業への就労機会の拡大にもつなげていく計画だ。

「このプロジェクトではこのような最新技術を取り入れつつも、既存の仕組みを壊してしまうのではなく、自然に変化していけるように配慮しています。これによって生産者のリスクを抑制しながら、漁業の変革が可能になるのです。また流通やブランディングも責任を持って行うことで、新たな市場を創出できるようになり、消費も拡大していくはずです。これからも、関係する人々全員が笑顔になれるクラウド漁業の実現を目指していきます」と横山氏は語った。

イベントでは、みずほフィナンシャルグループやKDDIの取り組みのほか、以下のテーマでさまざまな登壇者が取り組みを紹介した。

‐ 『農業の成長産業化とスマート農業~未来投資戦略2018の考え方~』
 農林水産省 大臣官房政策課長 信夫 隆生氏

‐ 『40億人のデジタル農協』
 日本植物燃料株式会社 代表取締役 合田 真氏

‐ 『ドローン、センサー、AI( 人工知能 )を活用したスマート農業への取り組み~生産者が儲かる仕組みを作り出す~』
 株式会社オプティム インダストリー事業本部 中坂 高士氏

‐ 『アグリビジネスの取り組みと外部連携の必要性』
 株式会社北海道銀行 営業推進部 特命担当部長 佐藤 泰一氏

また講演終了後には、登壇者や聴講者が自社の取り組みや課題などを共有する場が開かれた。多くの方による意見交換で、会場は熱気に包まれていた。