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「何だ、アンドンじゃないか」── ITの世界に戻ってきたアジャイル・スクラムという“日本の製造現場の強み”
「デンソー、ITはじめるってよ。 #DENSOHACK」レポート:

「何だ、アンドンじゃないか」── ITの世界に戻ってきたアジャイル・スクラムという“日本の製造現場の強み”

デジタルトランスフォーメーション進展し、製造業をはじめ多くの企業がITの力を使った価値創造に取り組み始めている。だが一方で、ITを「コスト」と捉え、ソフトウェアの戦いにうまく踏み出せずにいる企業が多いのも現実だ。では今、日本企業エンジニア必要スタンスとは何か?──2018年2月、都内実施されたデンソー主催トークショーデンソー、ITはじめるってよ。 #DENSOHACK」に探る。

[斎藤公二/構成:編集部/@IT]

デンソーは2018年2月9日、Microsoftや Goole でソフトウェアエンジニアとして活躍した及川卓也氏技術顧問契約締結すると発表した。同社は、自動車業界が100年に一度パラダイムシフトを迎えているとし、「DENSO MaaS Technology」というコンセプトの下、電動化自動運転・コネクティッドなどの事業を猛スピード推進している。それをさらに加速させる取り組みの1つが、及川氏技術顧問就任だという。

自動車部品メーカーとしての枠にとらわれず、自らオープンビジネス開発を行うことで、社会期待される新しい価値を生み出していく」──デンソー発表文には、自動車業界ディスラプターらに変革されようとしている中で、自身が “ディスラプター”になる道を選んだ決意が述べられている。

では、デンソーはMaaS Technologyというビジョンの下、何をハックしようとしているのか。及川氏技術顧問就任することで、どのような化学反応が引き起こされようとしているのか──そんな疑問にざっくばらんに答える場として、デンソー同日都内レストランを貸し切って、及川氏を囲むトークショーデンソー、ITはじめるってよ。 #DENSOHACK」を開催した。

デンソーと技術顧問契約を締結した及川卓也氏を囲んで、デンソー 技術開発センター デジタルイノベーション室長の成迫剛志氏と、ネットコマース 代表取締役 斎藤昌義氏が、ITに対する日本企業とエンジニアのスタンスについてざっくばらんに語り合った
デンソーと技術顧問契約を締結した及川卓也氏を囲んで、
デンソー 技術開発センター デジタルイノベーション室長の成迫剛志氏と、
ネットコマース 代表取締役 斎藤昌義氏が、
ITに対する日本企業とエンジニアのスタンスについてざっくばらんに語り合った

トークショーには、及川氏と、デンソーデジタルイノベーションの取り組みをリードしているデンソー 技術開発センター デジタルイノベーション室長成迫剛志氏ネットコマース 代表取締役 斎藤昌義氏の3氏が登壇。40名ほどの参加者を前に、デンソーの狙いや及川氏就任舞台裏、IT業界現状展望などについて議論展開された。

とはいえ堅苦しいものではなく、イベント冒頭及川氏が「技術顧問最初仕事として、#DENSOHACKというハッシュタグを考えたのは私です」とユーモア混じりに切り出すなど、会場終始リラックスした雰囲気に。グラスを傾けながら話に聴き入っていた参加者が飛び入りで議論参加するなど、脱線を交えながら進行する楽しいトークショーとなった。本稿ではその模様をお届けする。

競合/協業の相手はAmazon、Google、シリコンバレーのスタートアップ

まず成迫氏解説したのが、デンソーがMaaSとして行っている取り組みだ。MaaSは「移動 (モビリティ) のサービス化」が進むことで生まれる未来モビリティ社会像を指す。ここでいう「移動」の対象クルマだけに限らない。鉄道航空機船舶も含む他、駐車場工場道路ヒトなども対象となる。それらからさまざまなデータ収集分析され、新しい価値が作られる。

「DENSO MaaS Technology」というコンセプト
「DENSO MaaS Technology」というコンセプト
成迫 剛志氏の写真
デンソー
技術開発センター
デジタルイノベーション室長

成迫 剛志氏

ただ従来は、センサーから得られたデータクラウド上で分析され、移動するクルマヒトなどに戻るといった具合に、フィジカルサイバー世界明確に分かれていた。だが近年は「デジタルツイン」といった言葉が示すように、サイバー世界上フィジカル世界とそっくりなものを作ってシミュレーションできるようになるなど、両世界融合が進みつつある。こうした状況を受けて、成迫氏は「“クラウド上に全てのデータが上がっているという前提”で物事を考える必要が出てきました」と指摘した。

クラウド上には、もともとそこで戦っていた Google やAmazonといったプレイヤーがいます。その彼らがモノヒト移動というフィジカル世界市場参入してきました。われわれにとっては、“ITでビジネスをしてきた企業”が競合に、あるいは協業相手になってきたのです」

デンソーデジタルイノベーション室が取り組んでいるのも、Google やAmazon、あるいはシリコンバレースタートアップが採っている戦略戦術だ。具体的には、デザイン思考サービスデザインで「ゼロからイチを創る」、クラウドネイティブオープンソースソフトウェアで「早く、安く作る」、内製化アジャイル開発で「作りながら考える、顧客と共に創る」という3つを実践している。

「今やITが価値であり本質です」

デンソーに限らず、そうした取り組みに乗りだす、あるいは関心を寄せる企業着実に増えつつある。だが「関心はあるが足を踏みだせない」ケース大半を占めているのが現実だ。これを受けて、3氏によるトークセッションは「日本企業はどうITに取り組むか」というテーマからスタートした。

昨今企業の IT戦略としては「収益・ブランド向上直結する攻めのIT」と「コスト削減安定運用重視する守りのIT」の2つに分けて議論に入るケースが増えている。これに対して斎藤氏は、「『Uberのような新しいビジネスモデルを作らなければならない』と考えること自体間違いの元なのではないか」と問題提起した。

「すでにデジタルビジネス現場に入り込んでいる。ビジネス変化ジャストインタイムサービスを届けなければ企業は生き残ることができない。そうであるなら、単に (局所的な) 手段として新しいデジタルビジネスを始めるのではなく、(今ある) ビジネス仕組みそのものを変えることが求められているのではないか」 (斎藤氏)

新たな収益源の1つとしてデジタルビジネスを考えるのではなく、自社ビジネスモデル全体デジタル時代に即した形に変革する──そもそも考えるべき議論前提が違うのではないか、という指摘だ。

これに対し、及川氏自身エンジニアとしての経歴を振り返りながら、「外資系キャリアを積んだ人間として見ると、(多くの企業が“デジタルトランスフォーメーション (以下、DX) という言葉”に強い影響を受けているが) 、もっと本質的部分大事だと思うシーンが多い」と話す。例えば最近、「なぜ内製化するのですか?」と質問されて驚いたことがあるという。

最初質問意味が分からず、 (質問意図理解するために、逆に) 『なぜ内製しないという選択肢があるのか』と考えてみました。確かに Google でもMicrosoftでも重要でないものは外に投げています。 (そこで質問意図気付いた) ──つまり『なぜ内製化するのか』という質問は、『実装プロセス重要ではない』という考え方から来ているのです」

プログラマーなら誰でも分かることですが、『誰がコードを書いたか』は圧倒的差別化要因です。日本はITリテラシーが低く、ITを全てコストと見てきた。ですから今ならこう答えます。今やITが価値であり本質ですと。そのことに気付く人もたくさん出てきている。そうした意識ギャップ是正する取り組みがDXだと考えています」 (及川氏)

及川 卓也氏の写真
デンソー 技術顧問

及川 卓也氏

「何だ、アンドンじゃないか」── ITの世界に戻ってきた日本の製造現場の強み

続いてテーマは「製造現場とIT」に移った。ここで成迫氏指摘したのは“ソフトウェアというものに対する日本企業認識”だ。

日本のものづくりの現場では、最初設計段階で『いかに量産化できるか』を現場一緒に考えて設計します。量産が難しければ設計考慮する。改善活動現場主導で回し、設計にまでさかのぼる。それがソフトウェアになると、いきなり『コーディングアウトソースする』という話になってしまう。内製化やDevOpsなどは、こうした問題に対する揺り戻しだと感じています」

斎藤 昌義氏の写真
ネットコマース
代表取締役

 斎藤 昌義氏

斎藤氏も「DXの本質は、ビジネスソフトウェア化、ビジネスコード化です。コードの上でビジネスが動く以上コードこそがビジネスコアになる。内製化するか否かという議論ではなく、(ビジネスコアである以上社内で取り組むしかないということです」と指摘した。

だが、「日本企業の多くはまだそうした認識には至っていない」 (斎藤氏) のが現実だ。これに対して及川氏は、「ITリテラシーについて言えば、欧米企業場合経営トップエンジニア出身であったり、エンジニアリング理解があったりする点が大きく影響しているのではないか」とコメント

ビル・ゲイツラリー・ペイジサーゲイ・ブリンは自らコードを書き、自分たちで実装する価値を知っています。ジェフ・ベゾスエンジニアではありませんが、その価値理解していると思います。コアコンピタンスを外に出すという発想最初からないのです。製造現場でも、トップの方がITやプログラミング価値を知ることが大事です」

ただITの世界では、開発現場設計経営層分断されているものの、「ものづくり」の世界においては、経営層まで含め、製造現場に対する一定理解があることも事実だ。斎藤氏はその点を受けて、「デンソーもそうですが、日本企業の多くに改善活動仕組みが染み付いています。ただソフトウェア開発にはそれが適用されず、ジェフ・サザーランドアジャイル開発宣言を待つしかなかった。アジャイル本質トヨタ生産方式ベースです。アジャイル日本企業に広く受け入れられる素地十分にあると思います」と話した。

それを実際裏付けるような経験をしたことが、成迫氏にはあるという。デンソー役員新横浜アジャイル開発センターを訪れた際、アジャイル・スクラム説明をしたところ、「それなら昔、俺たちもやってたよ。何が新しいのか分からないよ」と言われたそうだ。

「何らかの問題作業が止まってしまったら、すぐに手を上げて、ペアプログラミングしたりモブプログラミングしたりするんですよ、と説明したら、『何だ、アンドン (行灯) じゃないか』と。まさにおっしゃる通りで、日本製造業の強みが逆輸入されて戻ってきているんです」 (成迫氏)

事実設計開発実装という一連フェーズにおいて、設計以外重要ではないという考え方がある。だが狙い通りのシステムスピーディ開発改善するためには、DevOpsのように設計から実装まで一連プロセス連携させ、高速フィードバックサイクルを回すアプローチ不可欠だ。特に昨今は「差別化源泉」となるシステムほど、ニーズに答えるスピード内容が強く求められている。

エンジニアにとって大切なのは「作っている製品に愛を持つこと」

内製化アジャイル開発採用は「エンジニアマインドセット」にも大きく影響する。

エンジニア腹落ち感が違うので生産性にも関わってきます。企画設計実装テストまで含めて1つのチームです。全員で考えていくので、誰かのアイデア命令されて実装するのではなく、自分たちの製品であるという意識が生まれます。発注者受注者オーナーシップが分かれているのではなく、全員発注者であり、オーナーシップを持つ。意思決定プロセス分断されることがありません。簡単に言えば、自分たちの作っている製品に愛を持つ、ということです」 (及川氏)

「大切なのは、自分たちの作っている製品に愛を持つこと」 (及川氏)
「大切なのは、自分たちの作っている製品に愛を持つこと」 (及川氏)

製品に愛を持つと、スクラムでいう「ユーザーストーリー」という考え方も自然腹落ちする。これにより、エンジニア当事者意識を持ってビジネスコミットしていくことができるようになるという。

成迫氏も、「内製化を進めることで、エンジニアや作り手がエンドユーザーのことを考えられるようになる。マネジャー視点で言うと、エンドユーザーのことを考えられる立場エンジニアを置いてあげること、環境を整えてあげることが大切。それによって、まずエンジニア自身が変わることが大事です」と話すと、及川氏も「エンジニアが変わったら楽しいですよ。新横浜アジャイル開発センターもみんな楽しそうです」と、デンソーでは実際エンジニアが生き生きと仕事をしていることを明かした。

役員が「土日にPythonを書いてる」と言うんです。あ、この会社面白いなと (及川氏)

ここで、会場で話を聞いていた及川氏のDEC時代先輩でもある"伝説エンジニア"、吉岡弘隆氏 (楽天 技術理事) が手を挙げて議論参入

現場エンジニアエンパワーするより、経営陣から変わらないと、会社方向として (ディスラプターに) やられちゃうということだと思うんですよ。そこで聞きたいのは、『デンソー役員の中に、どのくらいソフトウェア専門の人がいるのか』ということです。自動車会社入社する人は自動車が好きで入っているから、現場を離れて役員になっても設計図面を見れば勘が働くし、アジャイル開発の話からアンドン想起するセンスもある。ただソフトウェアについては、肌感覚として理解することは難しいのではないか」 (吉岡氏)

成迫氏は「僕の取り組みがうまくいかないと言われているようです (笑) 」と、たじたじになりつつも、「デンソーは、エンジン部品熱関係電気関係マイコンファームウェアなど、クルマの中に入っているさまざまな部品制御ソフトウェアを扱っています。そうした部門担当してきた役員は、ソフトウェアに対する理解がすごくあります。あるいは、昔からカーナビゲーション分野担当していたり、画像認識信号処理各種マネジメントシステム研究する部門があったりするため、応援してくれる方はたくさんいます」と回答

一方及川氏は、「吉岡さんの質問に対する端的な答えは、私みたいな人間に『技術顧問になってください』という役員がいる会社だということです」と答えた。

吉岡 弘隆氏の写真
"伝説のエンジニア"

吉岡 弘隆氏

「私のように法人格でもないフリーランス依頼すること自体が、すでに“普通会社”ではない。全員ソフトウェアに対する理解を持っているわけではありませんが、変わらなきゃいけないという思いを持っている人がたくさんいます」とした上で、こんなエピソードも明かした。

「ある役員と話していたら、『土日にPythonを書いている。TensorFlowでこんなことをやったよ』と言うんです。もちろん私より年配ですよ。『何だこの人は!?』と正直驚きました。そんな人が何人もいるんです。あ、この会社面白いなと思いました」 (及川氏)

トークショーの締めくくりとなったのは、「いま若者へのメッセージ」だ。成迫氏にその役を任された斎藤氏は、「今の若い人はやり方を変えればやっちゃうと思う。ちょっとチャンスを与えれば、取り組みを進めていく力は持っていると思う」として、こう訴えた。

「むしろ問題中間管理職です。過去成功体験価値となって違うことをやろうとしない。結果的に足を引っ張るのだけはやめた方がいい。IT、ソフトウェアに対する基本的社会価値観が変わっている以上、昔の価値感はもはや通用しない──それを自覚すべきです。オジサンが足を引っ張らなければ、若い人はどんどん学んでいく。大いに期待しています」 (斎藤氏)

ちなみに会場には「DECを知っている人」と問われて手を挙げるオジサン世代も多い状況であり、ある意味斎藤氏自身自戒言葉でもあったのかもしれない。

吉岡氏からの質問のシーンではデンソーアイティーラボラトリ (Denso IT Lab.) の代表取締役社長 平林裕司氏(左)も乱入。Denso IT Labのミッションは、従来の自動車の枠を超え、ITを用いて「朝起きてからの全ての生活シーン(食事・移動・活動)をトータルにサポートする、一歩先の研究開発に取り組むこと」。平林氏は「『これからはソフトウェアが重要だ』『全てがサービスに変わるぞ』ということを経営陣が強く訴えている会社。 皆、変わらなきゃいけないという危機感を持って取り組んでいます」と力説した
吉岡氏からの質問のシーンではデンソーアイティーラボラトリ (Denso IT Lab.) の
代表取締役社長 平林裕司氏 (左) も乱入。
Denso IT Labのミッションは、従来の自動車の枠を超え、
ITを用いて「朝起きてからの全ての生活シーン (食事・移動・活動) を
トータルにサポートする、一歩先の研究開発に取り組むこと」。
平林氏は「『これからはソフトウェアが重要だ』
『全てがサービスに変わるぞ』ということを経営陣が強く訴えている会社。
皆、変わらなきゃいけないという危機感を持って取り組んでいます」と力説した

ITやソフトウェアにどのくらい理解があるか、エンジニアをどう育てていくか、企業をどう変革していくか。これらのテーマはDXの文脈に限らず、恒常的課題視されてきたことでもある。社会の在り方、ビジネスの在り方がテクノロジー中心に変わりつつある今、若者から年配まで一体となって変革に取り組んでいくことが何より大事──そんなことを感じさせるトークショーとなった。

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