デジタル・トランスフォーメーション (デジタル変革) に向けて多くの企業が取り組みを始める一方、減点主義や最初から完璧を求める風潮など、日本企業独特の文化がその遂行を妨げているようにも見受けられる。KDDIはこうした壁を乗り越え、アジャイルという方法でみずからの変革に邁進している。同社の変革の軌跡と合わせて、デジタル変革成功のカギとなるオープンイノベーションのポイントについて話を聞いた。
─ 日本におけるデジタル・トランスフォーメーション (デジタル変革) の現状を、どうご覧になっていますか。
専門の部署を設けて組織的に取り組む企業が増えてきているように思います。社内の各部署から人材を集め、社長室直轄にしているところもありますが、まだ試行錯誤状況の企業が多いようです。
従来型の新規事業開発とデジタル変革によるイノベーションとでは、成果が出るまでの時間軸が異なります。現在のビジネスを取り巻く環境は極めて複雑で、かつ変化も急激です。このような答えがない時代にイノベーションを起こすには、小さくかつ素早く、構築、検証、改良のサイクルを回すことが重要です。そういったプロセスを加速させるために、外部の力もうまく組み合わせてチャレンジしている企業が増えていると感じています。
当社では、5年前からアジャイル開発という手法を取り入れることで、変革を加速してきました。より顧客価値の高いサービスの開発や、サービスリリースまでの期間短縮など、さまざまなところで効果が上がっています。
─ アジャイルというと、ソフトウェア開発の方法論であって、ビジネスには直接関係ないと考える経営者が多いのではないでしょうか。
従来はソフトウェア開発の用語でしたが、現在はテクノロジーとビジネスの境界線がなくなってきており、ビジネスの領域まで含めてアジャイルと言うことが多いと感じます。
アジャイルとは、市場が変わり続けることを前提に、顧客価値の高い商品やサービスを小さく素早くつくって、市場に合わせてよりよいものに磨き続ける企画開発のあり方です。従来型の日本企業では、企画、開発、運用が縦割りに組織されてベルトコンベア式に開発が進められてきました。しかし、変化の激しい時代には、柔軟なやり方でなければスピードについていけない、そこでビジネスまで含めたアジャイルが求められていると思います。
─ アジャイルを成功させるコツは、どんなところにあるのでしょうか。
まず、チームメンバー全員が専任となり、プロジェクトの成功という同じ目標に全力で向かえる環境を整えることが重要です。また、アジャイル開発 (KDDIではスクラムという手法を採用) では、イテレーションという、1、2週間の単位で小さくつくってユーザー検証を行い、素早く改善するというサイクルを繰り返します。変化が前提となるので、意思決定のスピードをいかに上げられるか、といったことが成功の要因となります。そのためには、上層部が勇気を持って現場のプロダクトオーナーへ権限委譲を行い、自律的なアジャイルチームにしていくことが重要です。逆にプロダクトオーナーは上層部に対して、常にプロジェクトの現在の状態が見える環境を整えておくことが必要です。
山根 隆行
─ 5年前からアジャイルによってデジタル変革を推進してきたということでしたが、障壁などはなかったのでしょうか。
もちろん障壁はいろいろありました。当社の場合、最も大きかったのは運用サイドとの軋轢です。4000万を超えるauユーザーと、20万を超える基地局、国内外をカバーする通信基盤を守る通信会社として、システムの高い信頼性を担保することは命綱です。それだけに開発や運用におけるガイドラインは厳密で、運用の視点から開発をチェックするのが当然でした。
しかし、当初のガイドラインは従来型の開発手法に合わせて作成されていたので、アジャイル開発のような変化を前提とした開発には適合しませんでした。仕様が常に変化するためドキュメントの内容も変化し続ける、そのような状態で不具合や障害が起きた時にどう対応するのか。そういった点が運用サイドにとっては戸惑いだったはずです。ほかにも、複数の業務を抱えている企画担当者をアジャイルチームに専念させるための組織の調整など、アジャイル開発が必要だとわかっていても、やれない理由は山ほどあったのです。
─ それをどう乗り越えたのでしょうか。
アジャイルチームを率いるトップがみずから先頭に立って、運用部門や開発部門、営業部門を粘り強く説得しました。運用部門とは、「ガイドラインはそもそも何のためにあるのか」といった議論ができるほどまでマインドが変わり、企画、開発、運用の部門が一体となり、アジャイル開発にも適用できるガイドラインをつくり上げました。
一方で問題となるのは、開発した成果物を、継続的にインテグレートして、継続的に「サービス」としてデリバリーしていく仕組みです。この仕組みがなければ、市場やお客様の反応を取り入れてシステムを柔軟に変更しても、ビジネスで活用することはできません。デジタル変革の取り組みの多くが、PoC (Proof of Concept:概念実証) で止まってしまう原因の一つは、運用部門との連携にあると考えています。当社はそこをクリアできたことで、アジャイル開発を全社に広げ、デジタル変革を推進することができました。
─ そこで得た知見をもとに、「KDDI DIGITAL GATE」を開設されたと聞きました。
KDDI DIGITAL GATEは、オープンイノベーションでビジネスを共創し、お客様のデジタル変革を実現する場として開設しました。KDDI DIGITAL GATEでは、モノやサービスをつくる前に、人を中心に課題を発見して、それを解決するソリューションを探索する、いわゆるデザインシンキングの考え方を採用しています。技術的実現性やビジネスとしての継続性は、その後に検証していきます。
最終的に目指すゴールを設定するためには、いまどこに課題があるのか、なぜイノベーションが必要なのか、それができていない背景は何なのかといった原因を明らかにする必要があります。まず、使う人に共感して、サービスの価値を考え、そこからテクノロジーのフェーズに入っていくわけです。イノベーションに正しい答えはありません。正解を求めることよりも、何が課題なのかを問いかける力が求められているのです。
─ KDDI DIGITAL GATEではどのようなステップでイノベーションを進めていくのですか。
3段階の具体的なステップを用意しています (図表「KDDI DIGITAL GATEでベースとなる3つのステップ」を参照) 。ステップ1は「気づく・体感する」段階です。1、2時間かけて、KDDI DIGITAL GATEでつくられたプロトタイプや、VR (仮想現実) や5G、映像解析など最新のテクノロジーを体験することで発想の幅を広げ、同時に当社が歩んできたアジャイル開発のプロセスを体感いただきます。
ステップ2は「ユーザー体験のデザイン」です。Google Ventures が開発したデザインスプリントという、デザインシンキングをベースに、よりスタートアップ向けにカスタマイズしたフレームワークを活用したワークショップを行います。当社のワークスペースで、合計5日間のプログラムを5回に分けて、約1、2カ月間かけて取り組みます。ワークショップでは、個人作業とチーム作業を繰り返しながら、ユーザーが潜在的に抱える課題を洗い出して、答えるべき問いや、それを解決するソリューションを発見していきます。その後、顧客体験を体感できるプロトタイプをつくり、実際のユーザーに検証を行い、学習することで、サービスのMVP (Minimum Viable Product) を決定していきます。
「構築し検証する」ステップ3では、実際に動作するプロトタイプをアジャイルで開発していきます。お客様と当社のメンバーのスクラムチームで開発したものをエンドユーザーにご使用いただき、フィードバックをもらい、改良を加えていきます。実際に動作するものを開発するので技術的な実現性も検証できます。また、短期スパンでのリリースを実現する環境も構築します。最大で3カ月くらいかかりますが、このステップを踏むことで、ユーザーにとって価値があり、技術的実現性があり、ビジネス的にも継続する価値のあるサービスの方向性が見えてきて、アジャイルなサービス開発のノウハウも体得していただけるはずです。
─ そこではオープンイノベーションも支援してもらえるのでしょうか。
はい、KDDI DIGITAL GATEには、当社の変革をリードしてきたメンバーに加え、KDDI∞ (無限) Laboに集まるスタートアップ企業や法人のお客様などさまざまな人々でビジネス共創を目指します。プロフェッショナル集団によるセミナーや交流会も積極的に開催していきます。オープンイノベーション実行に際しては、ある程度、戦略や技術、ノウハウなどをさらけ出す気持ちを持っていただきたいと思います。オープンにする部分としない部分をはっきり決めることが、経営者の役割でもあるかと思います。
オープンソースというと、日本では、“タダで使える”ということが重視されがちですが、オープンにしてさまざまなフィードバックを得ることで、自分たちだけでは成しえない進化を遂げることに本来の価値があります。アジャイルによるデジタル変革を推進するエンジンとして、KDDI DIGITAL GATEをぜひ活用していただきたいです。