日本企業のデジタル変革が、突き当たる「壁」をどう越えるか

急速に進展するデジタル社会に対応するため、企業は今、自らも変わる「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」に迫られている。そのためには、デジタルを活用した新事業の創造をはじめ、既存ビジネスのデジタル化や、アナログとデジタルの融合による生産性の向上が必要だ。さらにはそれらを実現するための組織・社内ルールの改革、人材育成なども行なっていかなければならない。こうした中、日本企業は今、どのような壁に突き当たっているのか、その壁を乗り越えるために何が必要なのかを考えてみたい。

ITR 会長/エグゼクティブ・アナリスト
内山 悟志 氏
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。

経営者は強い危機感を抱いている

ダイヤモンド・オンラインの連載第65回で『デジタル変革への経営者の意識は2年前とどう変わったのか』と題し、2016年4月に実施した「デジタルイノベーション動向調査」の結果を紹介した。この調査から約1年半経ったが、その後、デジタル変革に対する経営者の関心はよりいっそう高まっているようだ。実際、私への「デジタルトランスフォーメーション」に関する講演、勉強会の講師依頼も格段に増えている。

フィンテックの影響もあって金融業の取り組みは比較的早かったが、こうした流れは最近、流通業やサービス業、製造業、建設業まで、あらゆる業種に広がっている。手探り状態の企業もまだあるが、デジタル推進室や専任担当者の設置、チーフデジタルオフィサーの採用、プロジェクトの立ち上げといった動きが目立つ。

日本の経営者は大きな変革を避けたがる傾向があるが、それでも強い危機感を持っているのは事実だ。経営者やそれに近い役職の人ほど、自分の会社、あるいは自分たちの事業が10年後、15年後に、今と同じ規模や成長を維持できるかどうか、疑念を抱いている。こうした思いが変革の原動力となる。座して死を待つよりも、何かしら布石を打っておきたいと強く思っているはずだ。

国際競争力という観点からも、デジタル化で欧米先進国に遅れをとり、新興国には追い上げられ、いまや追い越されようとしている日本。さらに、世界に先駆けて人口減少・超高齢社会を迎えることを考えれば、労働人口は減り、人材の確保さえ難しくなるのは明らかだ。だからこそ、デジタルの活用なしで成長は期待できない。

変革しようとするとき、必ず突き当たる「ROIの壁」

デジタルトランスフォーメーションに関心を抱き、それを理解するプロセスで必ず突き当たるのが、費用対効果の問題だ。私はそれを「ROI(投資収益率)の壁」と呼んでいる。イノベーションの投資効率は未知数のため、これまでの社内ルールでは投資判断ができない。だから、経営者は悩むことになる。

ビジネス環境は目まぐるしく変化し、デジタル技術もどんどん進展するから、綿密な計画を立ててから事業を始めるのでは追いつかない。10に1つ、100に1つしか成功しないという覚悟ありきで投資しなければならないのだ。この高い壁を乗り越えるには何よりもまず、経営者がデジタルトランスフォーメーションに強い決意で取り組むという意思表示が不可欠だ。

匠の技による「すり合わせ技術」は、もう通用しないのか

今後も成長を続けるには、デジタルを活用した生産性の向上や効率化はもちろん、新たな事業の創造が不可欠となる。

日本企業の強みは、匠の技を用いた「すり合わせ技術」だ。例えば、新幹線の自動改札機は進化を続け、ものすごく速くさばけるようになった。だが、韓国では特急電車の改札がない。根本からイノベートし、改札機自体をなくしてしまったわけだ。どちらが革新的かは言うまでもないだろう。

また、ハイブリッドカーには複雑で高度なエンジンとモーターの連携技術が使われており、当初は世間を驚かせたものだが、EV(電気自動車)になればそれさえ不要になる。英仏両政府は2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を禁止すると発表しているが、EVへのシフトが加速すれば、いらなくなるものに多額の開発費用をかけてきたということになりかねない。

デジタル時代になれば、このようにすり合わせ技術とは無縁の新たな製品やサービスが次々と登場する。いずれ日本企業も、これまでとは次元の違う新たな戦場を見つけなければならないときが訪れるだろう。

脈々と受け継いでいるDNAから、イノベーションが起こることも

では、デジタルトランスフォーメーションを進めるにはどうすればよいのか。

第一に変えるべきは「意識」だ。機械ができるような仕事を人間がやっていること自体が間違いだということに早く気づかなければいけない。

考えてみてほしい。駅の改札で切符を切っている人や電話の交換手はもういない。仕事のツールが進化するたびに、人間から機械へ仕事がシフトしてきたことは歴史が証明している。今の半分くらいは機械で用が済む仕事だと思うが、機械に任せて浮いた時間を、デジタルを活用した新しい事業に向けることが必要だ。

講演や研修でこうした話をすると、30代、40代の人たちは目を輝かせる。彼らも今の事業だけではこの先危ないぞ、ということを理解しているのだ。だから、「意識」もあっという間に変わる。ところが、すべてとは言わないが、得てして年齢が高い人はそうはいかない。企業の場合も、役員会が50歳以上の男性、しかも生え抜きで占められ、ダイバーシティが最もない大企業と、40歳代の人が社長を務める企業とでは明らかに行動様式が違う。前者は改革が遅くなりがちだ。

ただ、日本企業の寿命は世界一長いといわれている。これは決して悪いことではなく、むしろ誇りに思うべきだ。とはいえ、中身は新陳代謝していかなければならない。ダーウィンの種の起源のように、環境の変化に適応できるものだけが生き残れる。規模が大きいだけでは死に絶えていくことを肝に銘じておくべきだ。

長く生き残ってきた歴史のある企業には、脈々と受け継がれているDNAがあり、それがイノベーションを生み出すこともあると思う。実際、環境の変化に適応し、業態を変えたりヒット商品を生み出したりしながら成長を続けてきた企業がある。富士フイルムやカシオ計算機などがいい例だ。最近では、ソニーやパナソニックなどにもそうしたDNAが受け継がれているように見える。

デジタル活用で浮いた時間を、何に振り向けるか

自分たちが本当にやりたいことを実現するために、今の仕事をデジタルに肩代わりさせるという発想も大切だ。

とくに大企業のマネジャー以上の会議にとられる時間は非常に長い。私の知人の大企業の経営者や役員も、自分のワーク時間の4分の3くらいを会議に使っている。これではクリエイティブな仕事ができるはずもない。

私が講演や執筆、コンサル、リサーチなどいろんな仕事をしているのを知って「よく時間がありますね」と言う人も多いが、それは会議にとられる時間が少ないからだ。私は、月2回の自社の会議、役員会とスタッフ会議で合計4時間しか費やしていない。それ以外の時間を好きに使えるから、考えたりアイデアを出したりもできるわけだ。

ただし、デジタルを活用して浮いた時間を何に振り向けるかを決めておかなければ、効率化する意味がない。それには、ITの知識を持つ社内の人材をデジタル部門に移し、新事業・サービス開発にあたらせることが必要だ。

人は機械に仕事を任せていくと、自分の存在価値を見失いがちになる。それを防ぐためには、デジタル活用で仕事がなくなった人たちに、次はこういう付加価値の高い仕事ができるんだという目標を与えてあげなければならない。だからこそ、新事業・サービス開発が必要なのだ。そうすれば、社員のモチベーションが上がり、企業の成長にもつながる。

既存のルールが適用されない、「特区」を作る

一方、経営者には、デジタルトランスフォーメーションを推進しやすくするために社内のルールを変えることが求められる。これまでのROIの基準や予算の使い方、人材活用などのルールが適用されない「特区」を作り、そこで存分にデジタル活用にチャレンジできる環境を整える。

それがなければ、小規模なPOC(実証実験)を繰り返すばかりで、本当のイノベーションは生み出せない。山ほど積み残しのPOC案件が残っている企業はいくらでもある。

また、環境作りができていないと、どんなに優秀な人材を採用してもイノベーションは起こらない。孤軍奮闘して周囲に潰されてしまうのが関の山だろう。

こうしたゼロベースの改革と並行し、現在の強みを生かすことも考えるのが重要だ。例えば、工場の生産ラインが合理的に構築されているのなら、それを捨てて新たにデジタルを活用した工場を造る必要はない。

日本企業の場合は、「挟み撃ち方式」が最も適していると私は思う。生産部門についていうなら、従来の方法を徹底的に追求する部門と、3Dプリンタを利用するなど全く別次元から追求する部門を、トンネルのあちらとこちらから同時に走らせる。そうすると、いずれ両者はどこかで出会うことになる。そのとき、欧米企業には真似できない存在価値が生まれているはずだ。

日本企業は、欧米企業のようにベンチャー投資やファンド活用ができないし、社員のリストラも難しいため、この方法でしかイノベーションは起こせないだろう。

経営者が難しければ、ミドルアップで変革を

最後に、デジタルトランスフォーメーションは必ずしも経営者が率先しなければ起こせないわけではない、と言っておこう。

私が支援している関西のある企業では、IT部門の部長が自身の裁量で、デジタル推進マネジャーに500万円の予算を与えている。その範囲内で変革に向けた研究を進めてきたが、ようやくその成果が役員会でも取り上げられるようになってきた。これが全社的な活動になれば、もっとスピードも上がっていくだろう。このようにミドルアップ的な活動でも、デジタルトランスフォーメーションが不可能なわけではない。

もしあなたの会社の経営者がデジタルトランスフォーメーションに興味がなく、何も行動を起こさないのなら、誰かが手を上げる必要がある。10年後、15年後も生き残るために…。

(取材・文/河合起季 撮影/有光浩治)
『ダイヤモンド・オンライン』で2017年11月30日に公開

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