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新規事業の創出やイノベーションの実現には「生活者視点」と「個人の想い」が必要

新規事業の創出やイノベーションの実現には「生活者視点」と「個人の想い」が必要

2009年に日本経団連の有志企業によって設立された特定非営利活動法人CeFIL(Center for Innovation Leaders)は、社会と企業の変革を担う人材育成支援活動を展開。2016年にはDBIC(デジタルビジネス・イノベーションセンター)を設立。そうそうたる顔ぶれの大企業やベンチャーが業種や規模の枠を超えて集い、デジタル技術を駆使したビジネス・イノベーションを起こす開発拠点として活動をしている。このCeFILで理事長を務め、DBICでも代表として人材育成に携わり続けているのが、東京海上日動システムズの元社長であり、現在は社団法人情報サービス産業協会(JISA)会長も務める横塚 裕志氏だ。横塚氏は日本企業による新規事業創出やイノベーションへの挑戦を、どう捉えているのか。リアルな成果を上げるために、私たちは何を思い、どう動くべきなのか。

制作:JBpress

特定非営利活動法人CeFIL理事長
DBIC(デジタルビジネス・イノベーションセンター)代表

横塚 裕志 氏


デジタルが切り札なのは間違いない。ただし、その前にイノベーションの意味と意義を再認識すべき

─ DBICの人材育成プログラムには日本を代表するような大企業の幹部やミドルマネジメント、成長企業の気鋭人材が多数参加していることで知られていますが、2019年が始まるにあたり、新たなモデルを発表されましたね?

横塚 はい、「4D Innovation Model」というもので、4つのDで構成されています。1つ目のDは、Digital Transformationで「価値創造できる組織への変革」を目指します。2つ目は、Design Thinkingで「生活者視点のプロブレムステートメントを描く」ための手法。3つ目が、Discover Myselfで「私はこれがしたい!といえる情熱」を指します。そして4つ目が、Diving Programで「とにかくやってみる」ことを重視していく方針です。背景にあるのは、日本の大企業が重たい課題を抱えており、それを解決できないでいる実態。特に「危機感が薄く、マインドセットが古い」「顧客の視点から考える能力がない」「新規事業を起ち上げる能力がない」の3つを解決するためにも、今後はこの「4D Innovation Model」を強化していきたいと考えています。

出典:デジタルビジネス・イノベーションセンター

─ 具体的には、ワークショップやブートキャンプなど、さまざまなカリキュラムを展開するようですが、あらためてお聞きしたいのが、「イノベーションとは何なのか」です。DBICという、まさにイノベーションのための拠点ともいえるこの場で、どういう理解を共有しているのでしょう?

横塚 私としても、その点を積極的に発信しているところなんです。なぜなら、多くの日本のビジネスパーソンが「イノベーション」あるいは「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)」というものを誤って解釈していると感じているからです。大いなる誤解の代表が「デジタルを使えば新規事業の創出やイノベーションを実現できる」という安直な発想です。もちろんその実現にはデジタルをはじめとするテクノロジーの活用は不可欠なのですが、日本企業の多くはその前提となる本質的な考え方や視点のあり方をスルーしてしまっている。DBICが連携しているIMD(スイスに拠点を置く欧州トップランクのビジネススクール)のマイケル・ウェイド教授が、非常にインパクトのあるセリフを言っています。それが「DX is not about Digital」。本当に新規事業やイノベーションを実現したいのであれば、いったんデジタルというものから離れて考えなければいけません。

─ 「デジタル活用をうんぬんする前に踏まえておくべき本質」とは、いったい何なのでしょうか?

横塚 昨年、トヨタ自動車の豊田 章男社長が、模範解答ともいえるべきコメントを出しました。「われわれは100年に一度と言われる大変革の時代に直面している」と現状を語った上で、「トヨタを“自動車をつくる会社”から“モビリティ・カンパニー”にモデルチェンジすることを決断した」と表明して、大きな話題となったのです。「自動車製造販売の会社」ではなく「世界中の人々の移動に関わるあらゆるサービスを提供する会社」になるというこの宣言こそが、私はイノベーションの本質だと捉えています。

今後、自動運転技術などの進化・浸透によって自動車のシェアリングが広まり、これまでのように多くの台数は売れなくなる脅威がメーカーには迫っています。そんな中、エンドユーザーの心理もまた「新車が欲しいから購入する」というものから「クルマにこだわることなく、快適な移動サービスを提供してほしい」というものへとシフトし始めています。他方で環境問題や交通事故の問題など社会課題の解決にも責任を背負っていく必要がある。以上のような実情を踏まえ、トヨタは会社組織と事業自体を変革することを表明したわけです。私は、このような発想と課題意識と視点を経営陣やミドルマネジメントが持ち、組織ぐるみで大きな変化を起こしていくことが、真の「イノベーション」であり、新しい事業やビジネスモデルの開発につながる前提条件だと捉えています。

─ 「自らを変革する理由」というものを明確に打ち出し、共有した上で、その実現のためにIoTやAIといったデジタル技術を駆使していくことが重要だということですね?

横塚 DBICではそう捉えています。昨年の10月、DBICのシンガポール拠点で、コニカミノルタの山名 昌衛社長もこう語ってくれました。「私にとってイノベーションは価値創造を意味します。顧客価値、社会価値を創造しなければ、長期的に企業価値を増やしていくことができないからです」と。われわれDBICや加盟企業の皆さんが共有しているイノベーションについての解釈がここにあります。ですから、先ほど説明した「4D Innovation Model」のDigital Transformationについても「価値創造できる組織への変革」だと、はっきり提示しているんです。

「社会課題の解決」を「生活者視点」で捉え、強い「想い」を持った個人と組織がイノベーションの主人公になる

─ 「4D Innovation Model」のDesign Thinkingのところで「プロブレムステートメントを描く」という表現を使っていましたが、これもまた、デザインシンキングを流行の表層的なテクニックとして使う前に、本質を踏まえようという姿勢の現れですか?

横塚 その通りです。ホワイトボードに大量のポストイットを貼っていく作業のことをデザインシンキングだと思い込んでいる人は多いのですが、実は個人にとっても会社組織にとっても、このプロブレムステートメントというのが非常に重要。先ほどご紹介した豊田社長や山名社長の発言も、プロブレムステートメントです。つまり「何のために変革を目指すのか」を、経営者は明確にすべきであるし、部長・課長クラスのミドルマネジメント層や現場の個々人も「私は何のためにこの仕事を進めたいと思っているのか」を明確にするべき。そもそも、こうした前提条件がなければ、デザインシンキングなど始めようもないはずなんです。

さらに私たちが問題視しているのは、日本のビジネスパーソンの多くが、古い価値観に縛られている点です。つまり「あくなき利潤の追求」や「自分個人の昇給・昇格」といったものばかりを追いかけている人が多いのですが、欧米のみならずアジアをはじめ世界各国の変革人材たちは、「社会課題の解決」をプロブレムステートメントとして発信しています。社会課題とは何かと言えば、SDGs(Sustainable Development Goals。2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」のこと)が掲げている17の目標を思い浮かべれば分かりやすいでしょう。「貧困をなくそう」「エネルギーをクリーンに」といった国際社会や人類が直面している課題の解決。そのために、これからの企業も個人も奮闘しなければいけない、という意識が日本人の想像を大きく超えて世界中で共有されています。恥ずかしながら、私自身もDBICのプログラムをシンガポール拠点で展開するようになり、各国の人々とより多く触れ合うようになってから、思い知らされました。世界のビジネスは、単なる利潤追求というような古い価値観では動いていない。その認識を持った上で、「さて、自分は何のために働き、何を目指して変革を志すのか」「その事業は今後いかにして社会の課題解決に貢献するのか」をあらゆる立場の人が考え、ステートメントとして発信しなければ、新規事業やイノベーションは起こせないのだと思ってほしいですね。

─ きれい事の精神論とは一線を画すわけですね?

横塚 そうです。本来「今まで続けてきたことを大きく変えなければいけない」という強い想いを抱くからこそ、個人も組織もイノベーションやトランスフォーメーションに向けて真剣に動き出すはずなのに、そうなっていない部分がある。単に業績不振だから何とかしたい、という程度の「想い」では、新規事業も定着しませんし、ビジネスモデルの転換もできません。とかく「デジタルによる変革」の話題になると、UberやAirbnbを引き合いに出し、彼らの現在の華々しい成功にスポットを当てる傾向がありますけれども、この2社にしても単年度黒字を出せるようになるまで数年の歳月を要したのです。粘り強く続けて成功した裏には、明快な危機意識や社会課題解決への想いがあり、それを経営者だけではなく、ミドルマネジメントをはじめとしたすべてのメンバーが共有できていたからに違いありません。

DXという言葉がビジネスの世界を賑わしていますが、これを単に「今、世界中でそういっているからウチもやるらしい」などと捉え、一過性の流行のように思っている社員しかいない企業では、決して変革は達成できません。事実、DBICのグローバルなプログラムに参加している海外のビジネスパーソンたちからも「どうして日本人は働く意義も考えずに仕事をしているんだ」「なぜ社会が抱えている課題の解決を目指さないんだ」「日本の大企業は生活者視点もないまま利潤を追求している」といった辛辣な指摘を受けています。

─ 日本でも社会貢献を人生の目的に掲げ、その精神で起業したり、ベンチャーで働く選択をする若者が増えていますね。むしろ、こうした動きこそが世界の常識だと。

横塚 そうですね、とても頼もしい価値観の持ち主が日本でも増えてきました。彼ら彼女らが皆、デジタル領域に精通しているわけではないでしょうけれども、私としてはこういう人たちが日本企業のイノベーションを前に進めてくれるのではないかと期待してもいます。そして、このような価値観の新しい企業との連携を積極的に推進している大企業も登場しています。業種や規模によらず、社会課題解決や生活者視点を持って「強い想い」で変革を目指す動きが広がれば、きっと日本企業のイノベーションも成功する。私はそう信じています。