5G時代の到来が企業や社会にもたらすインパクト「誤解と真実」

IoT(Internet of Things)をはじめとするデジタル技術が社会にもたらす新たな可能性を追い求め、その道の第一人者として企業からの信頼も厚い森川 博之教授。直近は、5G(第5世代移動通信システム)に関わる問い合わせや相談を受けることが増えているという。2010年代後半においてモバイル通信の主流であり続けた4Gが、次世代の5Gにシフトする日は目前だが、デジタルトランスフォーメーション(DX)へとひた走る産業界への影響も気に掛かるところだ。5G時代の到来で何が起こるのか。

制作:JBpress

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻
教授 工学博士
森川 博之 氏

5Gは地道で力強い変革の原動力に

 モバイル通信システムの主流が次世代の5Gに切り替わった時、世の中にどのような変化が訪れるのでしょうか?

森川 2010年代、4Gによって通信スピードが高速化したこととスマートフォンの普及が相まって、個人向けデバイスを起点にしたさまざまなサービスが花開いていきました。そのため、2020年に本格化すると見られている5Gへの移行に対しても、華々しい変化を期待する声も多いようですが、私はBtoC領域での進化・発展よりもBtoB領域、あるいはBtoBtoC領域での変革に大きな影響を及ぼすのが5Gだと捉えています。3Gから4Gのような派手な変化ではなく、ロングレンジで地道な変化が進行していくと見ています。

 世間が騒いでいるほど劇的な変化は起きないということでしょうか?

森川 そういうわけではありません。5Gが実現する事柄はとてつもなく大きなものです。5Gの特徴は、①大容量、②低遅延、③超多数同時接続の3つ。大容量化がワイヤレス機器の通信速度をさらに速くするだけでなく、低遅延という優れた特質によって通信のリアルタイム性が劇的に上がりますし、接続できる端末の数が4G時代とは比較にならないほど多くなります。つまり、爆発的変化の可能性を持っているのは間違いないのです。私が「派手ではなく地味。短期的というよりも長期的」と、あえて表現しているのは、「可能性が具体的なサービスや取り組みとなって世の中に現れてくるときの姿やプロセス」が4G登場の時とは違ってくる、と予測しているからです。

 その「可能性」は、どのような形でわれわれの目の前に登場するのでしょうか?

森川 リアルタイム性が問われるサービスとして典型的なのが自動運転ですね。データ通信のやりとりに遅延が発生しなくなって初めてこの技術は完成するわけですから、5Gは必須と言われてきました。この自動運転に限らず、企業側では今、先ほど挙げた5Gならではの特性を生かして「こういうことができるんじゃないか」というアイデアをまとめている段階です。私のところにもいろいろ相談が来ていますし、非常に良い意味でザワザワとしています。一方、5G回線を提供する通信事業者は、どんどん活用してほしいわけですから、積極的に企業との連携を強めていこうとしています。こうなると、画期的なサービスの登場に期待が高まるわけですが、例えば自動運転の場合、5Gの利用料をクルマの持ち主が負担するのか、それとも自動車メーカーや通信事業者が負担するのか、といった運用上の課題も解決しておく必要があります。検討次第では、サービスの全容や提供時期にも影響する重要な課題です。技術や論理レベルで画期的なサービスが可能になったとしても、こうしたビジネスの仕組みについては、しっかりとした議論が必要でしょう。

 5Gだからこそ可能になるサービスはあるけれども、過去に例のないサービスと最新の通信システムとの組み合わせならではの課題も生まれてくるというわけですね

森川 そのとおりです。今、企業や社会インフラを管理・監督する行政機関は、4Gか5Gかという議論とは別次元で、デジタル変革の可能性を追求しています。仮に4Gでも可能なサービスがあったとしても、5Gで構築できた方がサービス自体のクオリティーは高くなるでしょう。ただし、その際にポイントとなってくるのは価格です。多方面で今後展開されるサービスが全て世の中に普及するのだと分かっていれば、先行投資に踏み切れるのですが、現代のデジタル変革は先が読めません。

企業も行政機関も通信事業者も、ポジティブな姿勢を持ちながらも手探りで着地点を見いだしていくことになるでしょう。冒頭で私が「5Gの成果は長期的に表れてくる」と申し上げたのは、こうした背景もあるのです。

 工場の無線化やインフラの保全などに可能性を感じていらっしゃると聞きましたが、これらについても同じことが言えるのでしょうか?

森川 現代の工場には多様な機械が並び、それらの多くを有線通信で制御していますが、有線が介在するため、非常に煩雑な作業を強いられています。5Gのように高度なリアルタイム性を持ち、多数のデバイスに接続できるワイヤレス技術が使えるようになれば、これを一気にシンプルにすることができると考えています。また、橋や水道管といった社会インフラにセンサーを設置し、それらの状態をチェックしてデータが無線で飛ばせるようになれば、インフラの異常に起因する災害を未然に防いだり、適時適切なメンテナンスを行ってコストを削減できたりします。現在の4G技術では、さまざまな障害物があるなどして電波を飛ばしにくいケースも多いものの、5Gが普及すればかなりの場面で改善が進むはずです。「5Gは派手な変化は少ないかもしれないけれど、実は大きな変化をもたらすことができる」というのは、こうした活用が想定できるからです。ただ、ここで「一定の時間を要するだろう」と予測しているのは、先ほどお話をした価格面などの事柄とは別の理由が存在します。むしろ、付随する技術の開発に要する時間と、人間の意識や組織の発想を転換するための時間が影響してくるだろうとの考えがあるからです。

「カタリスト=つなぐ存在」になれる社内人材と通信事業者の存在が鍵を握る

 「人間の意識や組織の発想を転換するための時間」というのは、具体的にどういうことなのでしょうか。

森川 難しい話ではありません。例えば、コンピューターがオフィス内に浸透していった時代、計算機と手書きの帳簿で仕事をしていた人は、上司から「これからはExcelを使ってくれ」と頼まれて、抵抗感を覚えたはずです。BtoBのフィールドで、しかも既存のやり方が固まっていた場面に、新しいツールや仕組みが導入されても、人はなかなか前向きにそれを取り入れようとはしません。どんなに「こういう理由で、こんなに便利になる」と説明されても、「いや、今まで通りのやり方でできる」となりがちです。同じような現象は、かつて工場が電化されていった時代にも起きています。新しい技術は使えるようになったけれども、それを使う側の意識が変わらないばかりに、オール電化が完了するまでに30~40年を要したわけです。同じように5Gという革新的テクノロジーをいち早く形にしていけるかどうかについても、組織全体の意識改革次第という側面があるのです。

 経営者やミドルマネジメントのリーダーシップが必要ですね。

森川 そのとおりです。5Gの登場によって、今後さまざまな変化が起きていきます。変化を起こす側も、起きた変化を活用する側も、重要なのは詳しい知識ではなく、新しいものを積極的に追い求めていく意識であり、それを組織に浸透させていくマネジメントの意識です。経営者やミドルマネジメントが集まるようなイベントでも、私は常々こう言っています。「5Gになったら何ができるか、デジタルで何がやれるのかを皆さん自身が考えてください」と 。情報システム部門が考えればいい、というのではなく、むしろ経営者や事業部門のミドルマネジメントが考え、社員に向けて「これからはデジタルだ。5Gだ。IoTだ」と言い続けることが大切なのです。

日本人は失敗しないように心掛ける意識が強い国民性を持っています。しかし、リーダーである人たちが「失敗してもいいから新しいものにチャレンジしよう」と発信し続けることが大切です。5GもIoTもAI(人工知能)も、そしてDXも、誰も正解を知らないのです。だからチャレンジするしかないのです。その意識さえ社内に浸透すれば、今度は日本人のポジティブな面が湧き出して追い風になるはずです。

 「日本人のポジティブな面」とは何でしょうか。

森川 日本人は「カイゼン」が得意な国民性です。大きな変化を受け入れるときにはそれなりの抵抗感があっても、受け入れた後、問題点を解決して改善していくのは好きだし、非常に得意です。5Gの特性は、実はそんな日本人には合っていると思っています。IoTやAIにしても、小さなお豆腐屋さんが自らの製造工程に導入した例もあり、ニッチな場面に最新技術を導入して劇的な進化を実現させるアプローチは、日本の「国技」と言ってもいいと思います。5Gによる企業のDXにも、私たちにしかできない新しい発見がいっぱいあると信じています。そのためにも、企業内であれば経営者やミドルマネジメントがカタリスト、つまり触媒(=つなぐ存在)となって最新技術の可能性を社内に広め、前向きな姿勢をつくっていくことが、実は最も重要なことではないかと思います。通信事業者と企業との関係性についても同じです。5Gをはじめとする新しい技術を用いて、画期的なビジネスを企業が創出していこうという場面で、通信事業者は単に回線を提供する立場ではなく、共にビジネスを創っていく姿勢を持つべきだと思います。カタリストたる通信事業者と、先進性のある企業とが共創関係を築くこと。実はこれこそが、5GによるDXを前進させるポイントだと私は考えています。

PAGE TOP