社会環境や顧客ニーズなど、目まぐるしい時代の変化に対応するため、あらゆる産業でデジタルトランスフォーメーションへの取り組みが進んでいる。中でも重視されているのが、データの利活用だ。今や精度の高いデータを大量に収集することはもちろん、それをいかに活用できるかが企業の命運を分ける時代だ。ただデータを蓄積していくだけでは企業の競争力を高めることはできない。真に意義あるデータ利活用の手法と、その可能性を探る。
制作:JBpress
インターネット上において圧倒的な存在感を放つGAFA ( Google、Apple、Facebook、Amazon) の基盤を支えているのは、それぞれが有する圧倒的な量のユーザーデータと、それを独占的に活用できる立場にある。2018年に発生したFacebookの個人情報流出問題などをきっかけに、これらの企業によるビッグデータ寡占を問題視する声が高まっているが、裏を返せばそれだけGAFAが世界経済に与える影響が大きいということでもある。
株式会社大和総研が2018年11月に発表したレポート「GAFAの台頭 世界でデータをめぐる競争が激化」によれば、2018年10月時点で Google は検索エンジン市場の世界シェア95.9%、およびOS市場の世界シェア37.1%。Appleは2017年におけるウェアラブルデバイス市場の世界シェア25.4%、Facebookは2018年10月時点でSNS市場の世界シェア66.8%。Amazonは2016年のEC市場 (BtoC) において米国で33.0%、日本で20.2%を占有しているという。4社がいかに強大な影響力を持っているかがよく分かる。
そして、こうした状況はインターネット上のみならず、今後リアルビジネスの場でも起こっていくと予想される。ここでは「若者の車離れ」が嘆かれるようになって久しい自動車産業を例にとろう。
潮流を捉えて現れた配車サービス「Uber」を展開するウーバー・テクノロジーズは自社サービスの利用データのみならず、日々世界中の交通データをも蓄積している。同社はこれを分析して混雑時に少しでも多くのドライバーを確保するため、需要の多い時期に割増料金を設定する「surge pricing」という仕組みを採用しているほか、2017年には都市開発の担当者などに向けて、保有する都市データの一部を「Movement」として公開している。
さらに、こうしたデータや配車サービスで培ってきたマッチングシステムは、日本でもヒットしているフードデリバリーサービス「Uber Eats」の展開にもつながっている。既存の交通インフラを補完する同社が蓄えるデータは、交通問題の解決や新たなモビリティーサービス創出の源泉となる可能性を秘めている。
成長著しい同社だが、業績的には長らく赤字が続いている。それでも上場時の時価総額は1200億ドルに達するとも報じられているのは、その先見性や成長力が高く評価されているからだ。
シェアリングエコノミーが広がり、人々の中で自動車をはじめとする多くの「モノ」の存在意義が「所有」から「利用」、そして「共有」へと変わりつつある。これまで通り「より良いモノ」を作り続けるだけでは、近いうちに顧客から見向きもされなくなってしまう危険性が高い。
自動車に関していえば、各メーカーはすでにレンタカー部門を拡大するなどといった対策を始めている。中でもトヨタ自動車株式会社は、ウーバー・テクノロジーズと協業して自動運転技術を活用したライドシェアサービスの市場投入を目指している。時流を捉えて勝ち抜いていくには、自前に固執せず、必要に応じて社外のデータや知見を活用することを視野に入れていく必要がある。
人々の消費行動が「モノ消費」から「コト消費」へと移行している以上、製品やサービスを創出する際は常に「優れた顧客体験」とは何かを追求していかなければならない。
優れた顧客体験、新たな顧客体験を提供するにあたり無視できないのもやはりデータだ。製品やサービスの利用状況や利用者に関するデータを収集・分析していけば、異なるニーズを持つ顧客に対して一人ひとり最適化した体験価値を提供できる。ECサイトやインターネット広告などのデジタル領域では早くからこの仕組みを構築し、活用している。
そして、モノ消費からコト消費へのシフトは、「手段」を売る時代から「成果」を売る時代への変化を意味する。もはや「良いものを作って安く売る」だけでは顧客から選ばれない。そこへ加えて、顧客はその製品やサービスを選ぶことで得られるであろう「成功体験」、「体験価値」を重視しているのだ。
主に顧客にとっての「成功」とは、抱えていた課題を解決することだろう。データを適切に利活用すれば、本来利用者として想定していた「正しい顧客」へと自社製品を届けることも可能となる。正しい顧客の利用データを収集・分析することで、製品のさらなるブラッシュアップを図ることもできるだろう。利用データの分析によって企業側が想定していなかった製品の使い方や利用シーンが明らかにされることも少なくない。
加えて、顧客自身では把握していなかった潜在ニーズ (課題) が炙り出せる可能性もある。すでに把握しているニーズについて、顧客の声に従い既存の製品を改善していくことも重要だが、変化の激しい時代において企業としての競争力を高めていくには、新たな顧客体験の創出機会を疎かにしてはならない。
データを収集・分析する際は、既存事業の改善点を発見するという視点だけでなく、顧客が期待する以上の価値を提案するための種を見出せないかという視点も併せて持っておきたいところだ。
「モノ」から「コト」へとはいうが、それは製品 (モノ) を売る手立てがなくなっていく、ということではない。先述の通り、正しい顧客に向けてその製品で得られる「体験」を提案する、つまりデータを活用した「コト」売りをしていけば良いのだ。特に製品開発においては、データを適切に用いれば以下の3ステップによる好循環を生み出すことができる。
①製品の使用環境や稼働状況などのデータを収集
②データを分析して潜在的な顧客ニーズや製品の不具合を把握
③分析結果を新機能の追加や新製品の開発に活用
例えば、検索履歴やニュースの閲覧履歴といったビッグデータを活用する実証実験に参加していた江崎グリコ株式会社は、実際にデータを活用しながら新商品の開発を進めている。具体的には、20~50代の女性が「ダイエット」と併せて、ある栄養素の名称を検索していたことを発見。その栄養素を検索していたユーザーの他の検索ワードを洗い出すことで、消費者のニーズや人物像を考察できたという。
他にも株式会社Tポイント・ジャパンは、多くの会員を抱える同社の「Tカード」から得られた購買データなどを基に新商品を開発するプロジェクトを行っており、多くの企業が製品 (モノ) を売るためにビッグデータの利活用を試みていることがうかがえる。
ここまで主にデジタル領域を例に挙げ、データの重要性を説いてきたが、肝心のデータの量が少なかったり、質が悪くては分析しようがない。アナログ領域でも同様の課題を抱えており、質の良いデータを大量に収集するにあたり欠かせないのが、IoT (Internet of Things) の技術である。最近ではLPWA (Low Power Wide Area) をはじめとする省電力で長距離通信を可能とする通信方式が登場するなどといった技術発展によって、これまで以上に多様なデータを収集できるようになってきている。
例えば、フィットネス事業を展開するRIZAPグループ株式会社を見てみよう。もともとグループ全体で徹底的なデータ利活用の仕組みを構築していることで知られる同社だが、2018年4月からはソニー株式会社との協業によってIoTを取り入れたゴルフレッスン事業を展開している。ゴルフクラブに取り付けたIoT機器 (小型センサー) で、顧客のスイングの加速度や角速度といったデータを計測。専用アプリで解析を行い、トレーナーはこれらの情報を顧客とともに確認しながら改善点を指南する。適切なデータ収集・活用によって効果的なレッスンを実現しているのだ。
また、昨年4月にはLVMHグループが、同社の中核ブランドであるルイ・ヴィトンの旅行鞄「ホライゾン」シリーズに装着できるトラッカー (追跡デバイス) 「エコー」を発売したことも話題を呼んだ。鞄の現在位置や開閉履歴などのデータを顧客のスマートフォンに通知する仕組みで、航空機の着陸後、荷物が目的の空港に無事届いたことを通知する機能も用意している。しばしば空港で発生するロストバゲージ (荷物の紛失) に対する不安を和らげ、「ホライゾン」シリーズの所有者に「安心」を提供するためのサービスだ。
紛失防止のためのトラッカー自体はそう目新しいものではないが、高価な製品を取り扱う同社による取り組みであることを踏まえると、非常に意義のあるものといえるだろう。製品 (モノ) を売り切って終わりではなく、IoT機器によるデータ収集とその活用によって所有者に「安心して利用できる」という新たな体験 (コト) を提供する取り組みだ。
これまでIoTは製造現場などを中心に導入されてきたが、通信技術の発達によって収集できるデータの量や質が向上し、さまざまな場面で用いられるようになってきている。2020年は次世代通信規格「5G (第5世代移動通信システム) 」の実用化が始まる年であるため、IoTの普及もさらに加速していくだろう。IoTやデータの利活用はますます身近なものになっていくと予測できる。
どういったデータをどのような機器を利用して集めるか、得られたデータをどのように事業へ活かしていくかを決めるのは人間だ。迷う際は、データの利活用やIoTに関する知見を持つ他企業をパートナーに選ぶのも良いだろう。特に、ネットワークに関する技術や知見を有する総合通信事業者とともにデジタルトランスフォーメーションに取り組めば、データを効果的に生かして新たな顧客体験を創出する手掛かりが見つかるのではないだろうか。