2019 6/12

日本企業がイノベーションを興すために必要な人財や組織とは

日本企業、特に大企業は今、生き残りを懸けた大きな転機を迎えている。「イノベーションの創出」を旗印に自社の変革を期する企業は少なくないが、成功例は多くないのが現状だ。「イノベーションは一部の天才から生まれるもの」という意見もある中で、「イノベーターを生み出す教育や組織づくりは可能」と話すのは、東京大学名誉教授でイノベーション教育プログラム「i.school」のエグゼクティブ・ディレクターを務める堀井秀之氏だ。その要諦を聞いた。

制作:JBpress

i.school エグゼクティブ・ディレクター
一般社団法人日本社会イノベーションセンター(JSIC)
代表理事 東京大学名誉教授
堀井 秀之 氏

日本の大企業からなぜイノベーションが生まれないのか

i.school」とはどのようなプログラムなのでしょうか。改めてご紹介ください。

堀井 i.schoolは2009年に東京大学で始まった、主に大学院生を対象にしたイノベーション教育プログラムです。当時私は工学系研究科の研究科長として、これから先の工学はどうあるべきか、といったことを工学部の先生方と議論していました。これまで工学は、人々の求めるものをいかに効率的に生産するかを追求してきたわけですが、今後は、何をつくったらいいのかを考えられるようにならないといけない、という結論に至りました。すなわち、生産技術などとは違う「人間中心のイノベーション」であり、これを考えるのは人です。そのため教育が重要と考え、「人間中心のイノベーション」を生み出せる人財育成のためにi.schoolを創設しました。2009年当時はリーマンショックの影響もあり、社会に閉塞(へいそく)感がありました。「これから日本はどうやって生きていくべきか」。そう考えたとき、米国や中国などの大国と同じようにやっていくとは思えない。日本人の感性に合った、世界の人々が賞賛するような優れた商品やサービスを生み出すことが大切だと考えました。
i.schoolでは、年間に7、8回のワークショップを行っています。2泊3日の合宿形式のものや、週に一度、10週間といった長期間にわたるものもあります。この10年で修了生は150名近くに上ります。大きな特長は、工学部の学生だけでなく、理学部、農学部、医学部、さらには法学部や経済学部など、いわゆる文系の学生も含めて多様なバックグラウンドを持った学生たちが共同作業をしながら、新しいアイデアを生み出すプロセスを学べるようになっていることです。

イノベーションを生み出す人財に求められる要素とは

─ 逆に、イノベーションを生み出す人財に共通するのはどんなものでしょうか。i.schoolではどのようなことを教えているのですか

堀井 イノベーションを生み出す人財に求められるのは「スキルセット・マインドセット・モチベーション」の3つと考えています。i.schoolでの「スキルセット」は、有効な新しいアイデアを生み出すために、どのようなワークショップを実施すればいいのかプロセスを設計したり、プロセスに従って作業を進めてデザインしたり、他者のよいところを引き出したりできるスキルです。「マインドセット」は、新しいことを生み出すことは楽しいという感覚を持ち、他者から反対されても最後までやり通すという心構えです。

「モチベーション」は、あなたは何のためにイノベーションを興したいのかと聞かれたら、よりよい社会にしたいとか、自分が信じるよいと思うもので世の中を変えたい、といったように、明確な答えが返せるようになることです。三つの中では、スキルセットよりもマインドセットとモチベーションの方が大事だと考えています。ただし、そこから入ると違和感を持つ方もいるので、i.schoolではスキルセットから教えるようにしています。

─ イノベーション人財と言うと、特殊な才能を持った人物を想像します。堀井先生の考える「イノベーター」とはどのような人財なのでしょうか。また、日本の大企業においてイノベーション人財を育むことは可能なのでしょうか。

堀井 イノベーターは特殊な天才ではありません。i.schoolをつくる時に「イノベーター教育をする」と言ったら、「イノベーションを興す能力は教育できない」と言う方もいましたが、それは誤りだと思っています。人間は誰しも新しいアイデアを生み出す能力を持っていますが、現状の組織でそれが発揮されていないだけなのです。教育することでその意識を刺激し、誰でもイノベーションを興せる、さらにはイノベーションを興せる組織がつくれるというのが私の持論です。もちろん、誰もがイノベーターになりたいと思っているわけではありませんが、そうなりたいと思う方がいたとき、その方を支援し、育成する仕組みが企業内に十分備わっていないだけなのです。

日本の大企業におけるイノベーションの鍵を握るのはミドルマネジメント

─ 日本の大企業の中には「イノベーション推進室」などを設置し、組織的にイノベーションに取り組もうとする企業や、若手社員を集めて社長直轄のチームを結成する例も見られます。

堀井 どのような組織にするかは重要です。私はトップダウンとボトムアップの両方の組み合わせが必要だと考えています。経営トップが「うちもイノベーションを興そう!」と叫ぶだけでは従業員は付いてきません。一方で、ボトムアップだけでもなかなか幹部の同意を得ることが難しいでしょう。重要なのはチームをまとめるミドルマネジメントの存在です。自分自身はアイデアを出さなくてもファシリテーターとしてチームのアイデアを引き出し、それを適切に評価して事業計画書に落とし込み、、経営トップに提案できるのはミドルマネジメントしかいません。そして、イノベーションとは前例がない試みです。どうやって理論構築し、関連部署のコンセンサスを得て取締役会に上申するか。もちろん簡単ではありませんが、イノベーションを興すためには、実はこのような役割が不可欠なのです。

─ ファシリテーターとしてアイデアを引き出すだけでなく、事業を実装する役割としてミドルマネジメントの存在感が欠かせないというお話しですが、それを受けて、経営トップのコミットメントが重要になるイメージでしょうか

堀井 そのとおりです。前述したように、日本企業が世界で生き残っていくためには、今後どういう立ち位置で事業を行っていくかが問われます。米国や中国の企業とは異なる戦い方をするため、日本企業の強みとなるのは、「人間中心のイノベーション」であり、それこそが社会の課題にこたえる力になると考えています。「わが社は大量生産で利益を追わない、社会課題の解決につながるイノベーションを生み出すのだ」ということを経営トップがコミットし、ミドルマネジメントからボトムまで同じ方向を向いて考え、行動することが大切です。そのために、社内横断的に多様な人財を組織するのもトップの役割です。

社会課題について言えば、例えば認知症の高齢者を介護するといったテーマは、日本に限らず世界共通の課題になりつつあります。認知症高齢者の生活の質を上げるツールやサービスの創出に率先して取り組めば、世界中の企業が学びに来るような成功事例を生み出すことができるでしょう。人を思いやる心やきめ細かな製品、サービスは、日本企業が得意とするところです。そういった強みを生かせばチャンスは多く、まだまだ世界で存在感を発揮できるはずです。

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