既存金融機関、スタートアップ、政府をも巻き込んでFinTechの流れが活発化している。AI (人工知能) をはじめとした先端技術で金融業界はどのように変わるのか。激変する社会環境の中で、どのような新しいビジネスモデルを創出すべきか。そのヒントを探るべく開催されたのがKDDI金融ビジネスセミナー「DX時代における KDDIが紡ぎだす新たなビジネス共創の物語」だ。本イベントではユーザー企業やパートナー企業のキーパーソンが登壇。KDDIとの共創によるさまざまな実例や取り組みが紹介された。
※ 記事内の部署名、役職は取材当時のものです。
近年、日本の金融業界のあり⽅を変える動きが加速している。ただし、世界と差はまだまだ大きい。アクセンチュアの調査によれば、2017年のFinTech投資額を対GDP (国内総生産) 比でみると、日本は米国や英国、インドの30分の1程度にとどまっている。世界で巻き起こるFinTechの波に追い付くには、規制緩和の流れや最先端のテクノロジーを活用はもちろん、金融とは関わりのなかった他業種の企業やスタートアップとのパートナーシップや共創がますます重要になるだろう。
新規参入企業に刺激を受けた既存金融機関との相乗効果により、革新的な金融商品・サービスが次々と生み出されていく。それが金融市場の活性化を促し、産業全体の発展につながっていくわけだ。ただし、多くのアイデアの種をビジネスの芽として育てていくことは言葉で言うほど簡単なことではない。現場の課題を明確化し、それを基に仮説を立て、仮説に基づいてプロトタイプを作成し、検証を繰り返し、改善に向けてフィードバックする。このループを迅速に回していく必要がある。同時に、さまざまなステークホルダーとの利害調整も必要となるが、全ての役割を担える人財を自社内だけで集められるとは限らない。だからこそ、外部の知見や技術を活用する「共創」が必要となってくる。
そこでKDDIでは、外部のスタートアップとのパートナーシップにも積極的に取り組むことで、顧客企業のビジネスを共に推進する体制を整えている。
林 良太氏
その1社が、Finatext Holdings (フィナテキストホールディングス) である。同社は「金融を“サービス”として再発明する」というビジョンを掲げ、金融フロントサービス開発、ビッグデータ解析、証券プラットフォームサービスの3つの事業を融合させた次世代金融ビジネスを展開するFinTechベンチャーである。「リテール金融に特化したUI/UXとアルゴリズムを提供するFinatextを中心に、機関投資家向けにAI/ビッグデータ解析サービスを提供するナウキャスト、次世代証券ビジネスプラットフォームを提供するスマートプラスを擁しており、日本以外に英国をはじめ、世界5カ国で事業を展開しています」と、Finatext HoldingsのCo-Founder & CEO 林 良太氏は語る。
グローバルにビジネスを展開する同社は、既にさまざまな企業との協業を進めている。例えば、三菱UFJ銀行には2015年から投資信託選びをサポートするスマートフォンアプリ「FUNDECT」を提供。ユーザーが簡単な質問に答えていくと、自分のリスク性向を確認しながら最適な投資信託をリスト形式で閲覧できる「適性チェック」機能のほか、「投資信託の口コミ」機能、初心者向けの教科書コンテンツ「投資信託のスクール」を搭載。最新版ではリアル店舗への「来店予約」機能も付加され、ネットからリアルへの誘導を促進するO2O (Online to Offline) ツールとしても重要な役割を果たしている。
もう一つの代表的な協業が、大和証券グループ本社との協業でもあるスマートプラスだ。これは全く新しい形態の証券会社で、有価証券の売買執行機能と堅牢な証券システムインフラをパッケージ化したBaaS (Brokerage as a Service) と呼ばれる証券プラットフォームをAPIとして提供する。「BaaSを活用することで、膨大な証券システム構築への初期投資の極小化が実現するため、これから証券サービスに参入しようと考えているお客さま企業は、フロントサービス開発に専念できるようになり、今までにない斬新な証券サービスを生み出すことができます。BaaSで提供するモバイルアプリの第1弾として開発した“STREAM”は、株取引の手数料を無料化し、ユーザー同士がコミュニケーションできるサービスとしてご好評をいただいています」 (林氏) 。
社外だけでなく、KDDIグループ内でも、お客さまと共にビジネスを共創していくための体制・ノウハウ・技術を要している。専門領域を持つグループ企業の一翼を担うのが、2017年2月にKDDIとアクセンチュアの合弁企業として誕生したARISE analytics (アライズ アナリティクス) だ。
同社は、KDDIが保有する国内最大規模のユーザーデータと、アクセンチュアの持つ先進的なアナリティクス技術を融合し、FinTechに代表される革新的なデータ利活用の取り組みを顧客企業と共創することをコンセプトとしている。
一般的に、データ分析を担うデータサイエンティストには3つのスキルが求められる。情報処理やAI、統計学などに基づく「データサイエンス力」、データサイエンスの成果をシステムに実装・運用していく「データエンジニアリング力」、そして現実のビジネス課題の解決につなげる「ビジネス力」だ。この3つのスキルを兼ね備えたデータサイエンティストを数多く擁していることが、ARISE analyticsならではの特長となっている。
長谷川 匠氏
そのアドバンテージを生かして取り組んでいる共創のユースケースを、同社チーフストラテジーディレクター 長谷川 匠氏は、次のように説明する。
「今、最も注目されているアナリティクス領域の一つにダイナミック・プライシングがあります。今後MaaS (Mobility as a Service) の流れから、電車やバス、タクシー、駐車場といったサービス連携が進む中で、現状の固定価格によるサービス提供は一段と難しくなり、Uberのようなダイナミック・プライシングの仕組みが必須になってくるでしょう。そこで、交通業界のお客さまデータとKDDIの位置情報データを掛け合わせた分析を行うことで、需要予測に応じて近隣の駐車場や交通チケットなどの価格変更を自動的に行い、需給を最適化するソリューションの検討を進めています」 (長谷川氏)
IoTやAIを活用したモビリティサービスが広がりつつある中、移動手段や駐車場などのサービス提供ではダイナミック・プライシングを活用した需給の最適化が重要となる。ARISE analyticsではそのプラットフォームを企画検討中だ。
このほかにも、ウェアラブル端末や健康診断などで収集した住民の健康データを分析し、医療SNSなどを活用した「保健指導コミュニケーション」のプラットフォーム開発や宅配車両の運転席に取り付けたカメラ画像からドライバーの挙動を分析し、適切なアドバイスや注意喚起を行う「安全運転ソリューション」などの企画もPoC (Proof of Concept:概念実証) として進めているという。
外部企業やグループ企業との連携のみならず、KDDI自身も15年以上前からデータを利活用したビジネスに積極的に取り組んでいる。ARISE analyticsが設立されたのもこうしたKDDI独自のデータ分析ノウハウを蓄積してきたからにほかならない。
「具体的には、データ分析による自社サービスの高度化と、企業や自治体のお客さま向けにデータ分析結果をレポートなどで提供する2つの枠組みを相互に連携させながら進めています。データ活用にあたってはお客さまのプライバシー保護の重要性を認識し、関連法令および当社プライバシーポリシーを遵守いたします。特に、位置情報については、スマートフォンをご利用のお客様から個別に同意を得て取得した上で、十分に個人を特定できない形式に加工しています。そのほか、情報セキュリティ基準の制定や管理、子会社への監査も含めたセキュリティ確保にも徹底的に取り組んでいます」と説明するのは、KDDI ライフデザイン事業企画本部 新規事業推進部長 宮本 美佐だ。
KDDIのデータ利活用における強みの一つが、通信キャリアならではの膨大で正確な位置情報ソリューションである。スマートフォンのGPSをベースとした位置情報は、現実空間におけるヒトやモノの動きをリアルタイムに可視化するだけでなく、組み合わせる情報により、多様な付加価値を創出する。
宮本 美佐
KDDIが提供している位置情報ソリューションの一つが2019年6月頃までにリリース予定の「商圏分析システム:”KDDI Location Analyzer”」である。これはKDDIの持つGPSデータと性年代などの属性データ (ファクトデータ) を活用し、商圏および推定来店者の鮮度の高い分析を可能にするセルフGIS分析ツールである。
KDDIの提供する精緻な位置情報ビッグデータ (性年代付き) と統計データ、競合店舗データなどを掛け合わせ、特定エリア来訪者に関する分析結果をWEB上にレポート形式で提供。商圏や推定来店者の精度の高い分析が可能となる。
「この商圏分析システムを金融業界でご活用いただくと、富裕度の高いエリアなどを狙った店舗戦略の立案や販促エリアの最適化、窓販商品の最適化やカード加盟店のリテールサポートなどに幅広くお役立ていただけます。ビジネスモデルの変革が迫られている金融業界のお客さまにとって、こうしたデータの利活用はデジタルトランスフォーメーションの一つとなるのではないかと考えています」 (宮本)
こうしたグループ企業内外との連携が進む中、KDDIとの共創によって新しいビジネスモデルの構築に乗り出す企業も出始めた。その1社が、金融情報サービス会社のQUICKだ。QUICKは日本経済新聞社グループの金融情報サービス会社として、世界中から株式、債券、為替、企業情報などのデータやニュースを集め、独自の分析・評価を行い、リアルタイムで配信している。
渡辺 徳生氏
新たなビジネスシーズの一つとして同社が注目したのが、個人の認定資格などのスキルセットをオンラインで掲示・共有する「デジタルバッジ」である。デジタルバッジは2007年に米国で提唱された仕組みで、スーツの襟に付けるバッジや身分証のように、スキルセットをLinkedInやFacebookなどのSNSや、さまざまなオンラインプラットフォームで共有することができる。
「デジタルバッジは、オンライン経由で他者からの評価を得られやすく、スタンプラリーのように収集することで自己啓発にもつながる性質を持っています。人財の流動性が高い米国では、SNSを通じて既に就職・転職活動などに生かされていますが、日本ではまだ認知度が高くありません。しかし今後は日本企業でも、少子高齢化という課題が立ちはだかる中で、多種多様な人財活用によって市場ニーズに機敏にこたえていくことが必要です。そこで当社では、デジタルバッジの社会的普及と活用促進によって、人財の流動性を活性化することが新しいビジネスの創出や社会的課題の解決につながるのではないかと考えたのです」と話すのは、QUICK イノベーション本部 R&Dセンター部長の渡辺 徳生氏だ。
QUICKがデジタルバッジのプロジェクト立ち上げに際し、共創の場として選択したのがKDDI DIGITAL GATE (以下、GATE) だった。その理由を渡辺氏は次のように語る。
「KDDIは大企業でありながら、他社との協業や新規事業開発を積極的に進めるイノベーティブな側面も持っています。またGATEには、アジャイル開発やデザインシンキングを行えるスタッフや、IoT、AI、データ分析といった先進技術に精通したパートナー企業が常駐しています。ここなら当社のアイデアをオープンイノベーションというかたちで迅速に具現化してくれるのではないかと考えました」
一方、KDDI DIGITAL GATEセンター長の山根 隆行は、新ビジネスの共創における2つのポイントを説明する。
山根 隆行
「一つは『正しく失敗すること』です。そのためにはやみくもに取り組むのではなく、事前に仮説を立て、素早く検証し、失敗したらすぐに改善していくことが大切です。仮説を立てていれば、たとえ失敗しても、どこに原因があったのかを明確に判断できるので、気づきを得てゴールに近づくための貴重な財産になります。その判断のために、技術、ビジネスの両面に精通している人財が常にチームとしてGATEにいることが大きな強みとなります。もう一つが『常に目的を意識すること』です。ここをおろそかにすると、答えるべき正しい問いを導き出すことは難しいでしょう。KDDI内で長年試行錯誤して確立したアプローチの経験やノウハウを、今回もQUICK様にはGATEを通じて提供することができたのではないかと思います」
GATEでの共創を通じ、QUICKはデジタルバッジのビジネスモデルとシステムプロトタイプを、わずか2.5カ月で構築することに成功。今後は同社の強みを生かし、金融分野のデータ分析が行える人財育成を目的に「フィナンシャル・データサイエンティスト」のデジタルバッジを2019年度中に発行していくとともに、デジタルバッジの社会的普及に向け、KDDIをはじめとするさまざまな企業やコミュニティとの共創に取り組んでいくという。
「実際にGATEを利用して感じたのは、アイデアを形にするためのスタッフと技術アセットが非常に充実しているということでした。例えば、デザインスプリント (デザイン的な観点からビジネス上の問題に答えを出すためプロセス、米 Google Ventures が開発) におけるファシリテーターの力量の高さはその一つです。より豊かなアイデアや方向性を導き出す問い掛けが本当に素晴らしく、硬直化していたわれわれの考え方や行動様式が大きく変わりました。また専門領域を持つパートナー企業が常駐していることに加え、通信や開発基盤などのインフラも一通りそろっており、自社にリソースがなくても迅速にプロトタイピングが行える点も心強いと思います」 (渡辺氏)
顧客のデジタルトランスフォーメーションを推進する、5G/IoT時代のビジネス開発拠点であるKDDI DIGITAL GATE。高度なスキルを持つKDDIの専門チームに加え、専門領域を持つパートナー企業で構成されるプロフェッショナル集団との共創が可能だ。
KDDIにはGATEを中心に、自社のデータ活用ノウハウ、グループ企業、さらには外部企業との提携も含めた多くのアセットがある。同社は今後もこうしたケイパビリティに磨きをかけ、新たなビジネス共創の物語を紡いでいく考えだ。
──参加した来場者の声
どの講演も興味深く話の内容が濃かった。また、KDDI DIGITAL GATEの先進性を感じられたことが、何よりの収穫でした。
いろいろと新しい発見もあり、とても有意義なセミナーでした。自社のビジネスプロセスを変えていく必要性を強く感じました。
新規パブリックサービスを作るにあたり、自社ではない視点や新しいアイデアを議論するなど、推進の仕組みづくりについて相談したいと考えています。