個人の保有資格やスキルなどをオンラインで掲示・共有する「デジタルバッジ」。海外では普及が進む中、日本ではまだ認知度が高くない。そこに注目し、バッジを活用した新規事業の可能性を検討しているのが金融情報サービス会社のQUICKだ。KDDI DIGITAL GATEでの取り組み内容と現在までの成果を、QUICK、KDDI両社のキーパーソンに聞いた。
※ 記事内の部署名、役職は取材当時のものです。
──初めに、「デジタルバッジ」とそれに着目した背景について教えてください。
渡辺氏 バッジとは、一般的に襟や胸の部分につける記章のことで、企業の社証や弁護士がつける身分証などが代表例です。端的に言うと、そのデジタル版がデジタルバッジで、個々のスキルや資格をデジタルで示すものです。自身の資格やスキルをオンラインで掲示・共有できるため、他者からの評価を得られやすくなり、スタンプラリーのように収集することで自己啓発にもつながる性質を持っています。米国では既に就職・転職活動に生かしたり、SNS (会員制交流サイト) に投稿したりすることも一般的になりつつあります。
一方、人財の流動性が低い日本では、まだ十分な認知度があるとはいえません。しかし、今後の企業には少子高齢化という社会課題を乗り越え、多種多様なニーズにこたえていくことが求められるでしょう。そこで当社は、デジタルバッジの認知度向上と活用促進を図って「人財の流動性」を活性化することが、社会課題の解決、さらにはさまざまな新規ビジネスの創出といったことにつながると考えました。
──金融情報の領域に強みを持つ貴社ですが、今回の事例とどう関係するのでしょうか。
渡辺氏 当社が創業した1970年代、投資家が株価情報やその関連ニュースをリアルタイムに入手することは困難でした。証券会社の店頭や新聞・テレビ・ラジオといったメディアを介して情報を入手する必要があり、刻々と情報が変化する株式市場では、取引を担う市場関係者や個人投資家、そして実際の株式保有者の間で「情報の非対称性」が存在していたのです。
渡辺 徳生 氏
当社の事業の本質は、この「情報の非対称性」を最新の技術によって解消することにあります。もちろん、既存領域のサービスは今後も継続していきますが、これからの時代、既存領域だけに閉じていては、市場競争を勝ち抜くことが難しくなるでしょう。本質からはずれることなく、新たなビジネスの軸をどう確立するか。そう考えたとき、人が持つスキルセットに着目し、そこに内在する情報の非対称性を解消することで新たなビジネスを創出できないかと考えました。そして、デジタルバッジはその手段の一つといえます。
──プロジェクト立ち上げに際し、KDDI DIGITAL GATE ( 以下、GATE ) を採用した理由を教えてください。
渡辺氏 事業の本質が同じといっても、金融とデジタルバッジでは、実際のサービスの構築や提供に際して必要になる考え方やテクノロジーが大きく異なります。そのため、多様な知見を持つ外部企業との「共創」で進めることが不可欠だと考えました。
KDDIは、日本の通信インフラを担う大企業でありながら、他社との協業や新規事業開発を積極的に進めるイノベーティブな側面も持っています。またGATEには、技術とオープンイノベーションの両方に精通したチームがあり、ここなら当社の取り組みも最短経路で成果につなげることができると考えました。
──現在までの取り組み内容を教えてください。
山根 隆行
山根 「デザインスプリント」という手法を用いています。これは、5日間という短い期間で得られる価値の仮説を立て、プロトタイプを作って検証を行うもので、米国の Google Ventures が開発したデザインシンキングをベースにしたフレームワークです。
GATEのプロセスはデザインスプリントを少しアレンジしたものとなります。GATEでは、デザインスプリントのプロセスに加え、お客さま企業の既存の事業ポートフォリオも考慮しながら、そこに新たな軸をどう立てるかにもフォーカスしたものとなります。
渡辺氏 そのために今回は、「どのようなビジョンを持つべきか」というところから考え始めました。われわれのサービス提供イメージに対し、KDDIから問いを投げかけてもらい、これに回答しながら仮説を立てていったのです。次に、その仮説に基づくプロトタイプを作成し、第三者に使ってもらいながら検証を進めました。
──その過程で、印象に残っているシーンはありますか。
渡辺氏 最初に立てた仮説が、大きく的をはずしてしまったことです。
現在のデジタルバッジは各企業が個々に発行していますが、この発行主体を一元化/共通化することで活用を促進できるのでは、という仮説を立てました。仮説を検証するため、複数のデジタルバッジを登録・表示するウェブサイトのプロトタイプを作成し、ユーザーへのヒアリングを行ったのですが、ほとんどのユーザーがウェブサイトを使ってくれなかったのです。
──何がいけなかったのでしょうか。
渡辺氏 検証プロセスで見えたのは、そもそもデジタルバッジを知らない人が相手ならば、「ウェブサイトを」「使っていただく」という手法が適切でなかった可能性がある、ということでした。そこで2回目のスプリントでは、デジタルバッジを説明する紙のパンフレットをまず作製したのです。そうしたところ、今度はスムーズに活用シーンを想像していただくことができました。
山根 われわれは、GATEでの取り組みには大きく2つポイントがあると考えています。
1つ目は、「正しく失敗すること」です。正しく失敗するためには、やみくもに取り組むのではなく、事前に仮説を立てることが大切です。仮説を立てていれば、検証によってその仮説が正しかったのか間違っていたのかが明確に判断できますし、もし間違っていた場合でも迷子にならずに戻るべきポイントを正確に把握することができます。そうなれば、たとえ失敗してもそれは無駄ではなく、気づきを得てゴールに近づくための財産になります。正しい失敗と改良を小さく素早く繰り返すことで、企業の貴重なリソースをより有効に使うことができるでしょう。
そして2つ目は、「常に目的を意識すること」です。ここをおろそかにすると、答えるべき正しい問いを導き出すことは難しいでしょう。
今回のケースでいえば、目的は「デジタルバッジの認知度を上げ、活用していただく」ことであり、それを実現する手段としてはウェブサイトよりも紙の方が適していたというわけですね。
──GATEを利用してみて、特に魅力を感じるところはどこですか。
渡辺氏 GATEのファシリテーターのスキルが非常に高いことです。問いかけが秀逸なので、こちらも仮説を立てるための「正しいアイデア」が次々と生まれてきます。デザインスプリントの手法は公開されているため、同じことを自社で行うことも不可能ではありません。ただ、同じレベルのことを成し遂げるのは、おそらく困難だったでしょう。
山根 KDDI自身も、約5年をかけて同様の手法による新規ビジネスの開発などを経験し、試行錯誤を繰り返しながらアプローチを確立しました。そうした経験やノウハウを、GATEを通じて提供していければと考えています。
渡辺氏 また、生まれたアイデアを形にするためのアセットも充実していますね。アジャイル開発が行える技術者や、IoT、データ分析といった領域ごとのパートナー企業が集結しており、通信や開発基盤などのインフラも一通りそろっています。自社にリソースがない場合も、迅速にプロトタイピングを行える点は心強く感じました。
山根 ありがとうございます。まさしく、そうした“ヒト”と“インフラ”の両面を備えた“場”であることがGATEの最大の強みです。その効果を実感していただければ、こんなにうれしいことはありません。
──プロジェクトは今後どのように進んでいくのでしょうか。
渡辺氏 当社の金融領域での強みを生かし、「金融分野におけるデータサイエンティスト」のデジタルバッジを2019年度中には発行したいと考えています。あわせて、デジタルバッジの社会的普及に向け、今後もKDDIを含めさまざまな企業と共創してまいります。やるべきことは山積みですが、KDDIには、これからも伴走してくれることを期待しています。
山根 こちらこそ、ぜひよろしくお願いします。