さまざまな人材サービスを手がけるパーソルキャリアは、2020年夏ごろに、「中途・新卒人材の定着支援」という領域の新サービス「HR Spanner(エイチアールスパナ―)」を提供する予定だ。過去に経験がない、新たな領域のサービスにもかかわらず、3週間という期間で企画段階からプロトタイプの開発までこぎつけた。同社が、PoC地獄に陥らず、プロジェクトを成功に導くことができた理由とは。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の実践に向け、多くの日本企業が新規ビジネスの創出に力を入れている。しかし現実には、PoC(概念実証)の段階でプロジェクト自体が頓挫してしまうケースも少なくない。
当然ながら、PoCはビジネス成長になんの影響ももたらさないうえに、コストも発生する。しかし、新たな技術が登場するたびに、社内でPoC実施の指示があり、目的も不確かなまま取り組みを開始してしまう――。この「PoC地獄」はなぜ起こるのか。大きな理由は、既存事業とは異なる、新規事情ならではのプロジェクトのノウハウを企業が体得していないことにある。
「PoCで終わらせずに新たなビジネス領域の取り組みを成功させるには、初期段階でぶれないコンセプトを固め、プロジェクトのオーナーがそれを最後まで貫き通すことが肝心です。今回、新サービスの開発につなげられたのは、データなどのファクトをそろえて社内を説得したのはもちろんですが、最後はプロジェクトのオーナーである私自身の意志と覚悟があったからだと思っています」。そう話すのは、KDDIとの共創によって新サービスを開発したパーソルキャリアの大澤 侑子氏だ。
大澤氏は、KDDI DIGITAL GATE(以下、DIGITAL GATE)におけるPoC開発プロジェクトで、最終成果物に責任を持つ「プロダクトオーナー」を務めた。その経験から、大澤氏自身が学んだことだという。
GATEでの取り組みは、新サービスのコンセプトを固めるワークショップと、コンセプトに基づいて実際にシステムを開発するPoCの2段階構成となっている。「ワークショップ~ユーザーインタビューという一連の取り組みを通じてよいコンセプトを固められれば、商用開発に入った後にどんな困難に直面しても、新サービスの立ち上げと、その先にあるグロースにつながっていくと考えていました」と大澤氏。
大澤 侑子氏
その見通しは正しく、新サービスを立ち上げるために強い意志を持って社内を説得できた。結果、PoC止まりとならず、2020年夏ごろにはサービスインができる状態まで進んでいる。
佐野 友則
GATEでともに取り組んだKDDIのエンジニア、佐野 友則は、大澤氏について次のように語る。「PoC開発の際に不明点を大澤さんに尋ねると、ほとんどの場合その場で即断即決してくれました」
多くの場合、PoCにかけられる時間は限られている。プロダクトオーナーが決裁権を持っていなかったり、確認が必要な部署との協力体制が不十分だったりすると、大きな時間のロスが発生し、プロジェクトが頓挫しやすくなるだろう。
「プロジェクトの中では、何度も『どうしたいの?』『どっちにしますか?』とGATEの皆さんに問われ続けました。最初はスピード感に戸惑うこともありましたが、求められているスピードを落とさないために、私が判断できることは極力その場で判断し、確認が必要なことはすぐに電話やチャットで社内に確認しました」と大澤氏は振り返る。
パーソルキャリアの成功例から見えてくるのは、組織におけるミドルマネジメントの役割の重要性である。大澤氏がそうであるように、決裁権を持つミドルマネジメント自身がプロジェクトメンバーとなって主体的に関わることが欠かせない。これにより、プロジェクトの進行スピードや、問題にぶつかった際にそれを乗り越える推進力が高まり、結果、新サービスのリリースまでこぎつけられる可能性が高まるわけだ。
「最新技術に関する知見が少なかったり、システム開発プロジェクトの経験がなく、尻込みする人は多いと思います。事実、私もそうでした。ですが、GATEでの取り組みで、エンジニアチームと役割分担を行ったり、KDDIのファシリテーションの下、物事を考えたりしていく中で、今求められる新規ビジネス/プロダクト開発の取り組み方やノウハウを吸収することができました。また、何度もぶつけられる問いに答え続ける中で、このサービスに対する私自身の覚悟も固まっていったように思います。私個人にとっても、非常に素晴らしい経験になりました」と大澤氏は語る。
今後もパーソルキャリアは、新たなビジネスアイデアを具現化するため、KDDIとの共創に取り組んでいく。同社の、そして大澤氏の挑戦は、まだ始まったばかりだ。