少子高齢化による人口減少社会が加速し、空き家の増加が全国的にも大きな課題となっている。そうした中で鹿児島県長島町は、町の空き家バンクに登録された物件や周辺情報を高解像度のVRコンテンツとすることで、あたかも現地にいるようなリアルな内見を遠隔から可能とする移住定住施策をスタートさせた。KDDIの技術を活用したこの取り組みは、他の地域や自治体の課題解決にもつながる可能性を秘めている。
鹿児島県長島町は、県北西部に位置する島々を中心とした人口約1万人の町である。出荷高日本一を誇るブリの養殖や、赤土じゃがいもの生産で知られ、本州とは黒之瀬戸大橋で道続きになっている。しかし、多くの地方自治体と同様、人口流出に伴う少子高齢化や働き手不足、過疎化といった課題を抱えているという。
「人口減少を抑えるため、町では10年ほど前から定住促進や空き家バンク制度の活用など、数々の施策を講じてきました。特に2018年以降は、自治体が空き家改修費の補助対象を拡充したことに加え、県内で管理物件数随一の不動産会社である川商ハウスさんと連携協定を結びました。その一環として川商ハウス長島支店を開設していただき、空き家改修や相談会窓口としてご協力いただいております。貸し手と借り手の双方に利用しやすい環境が整備され、県内外から移住に関する問い合わせが着実に増加してきています」と語るのは、長島町の町口 真浩氏である。
だが明るい兆しの一方で、新たな課題も浮上してきたと、物件仲介を担う川商ハウスの今田 正仁氏は説明する。
「ご紹介する住宅は、陸路で案内できる所だけではなくフェリーのみでの移動となる獅子島もあるため、移住を希望されるお客さまへの案内には非常に手間と時間がかかります。役場にも空き家担当の地域おこし協力隊がいますが、他の業務で留守の場合、当社の長島支店担当者がお客さまを案内することもあります。このため空き家バンクの登録数や問い合わせが増えるにつれ、内見などの案内が物理的にも限界に近づいていたのです」 (今田氏 )
町口 真浩 氏
そこで川商ハウスが着目したのが、現地に赴くことなく部屋内部の画像を閲覧できるVR ( 仮想現実 ) 技術の活用だった。
「既に不動産業界ではウェブサイトを利用した物件紹介でVRを活用したサービスが出始めていました。当社も市販のシステムで試してみましたが、どうしても解像度が低く、部屋の細部までクリアに確認することができませんでした。お客さまが“やはり現地で見ないと分からない”と感じられることが多く、本格活用に踏み切れなかったのです」と今田氏は説明する。
今田 正仁 氏
こうしたタイミングで、高解像度の全天球画像とVRゴーグル、クラウドを組み合わせたソリューションを提案したのがKDDIだった。このシステムは4K解像度で記録した360度見渡せるVRを複数人で共有できることに加え、案内人となるオペレーターが、スマートフォンから体験者の視点を確認しながら、双方でコミュニケーションできる機能も備えている。
部屋内部だけでなく、窓から見える風景や周辺の景色までも高解像度VRで見せることが可能だ。このため移住希望者は、離れた場所にある不動産業者の窓口や役場にいながら、あたかも現地に赴いて内見しているかのような体験ができる。VRコンテンツの制作は、長島町の地域おこし協力隊が中心となって設立した長島未来企画の執行役員も務める土井 隆氏が担当。長島未来企画は、町のIT活用について、KDDIの技術を活用した複数の提案を行ってきた。
「都会での物件探しとは違い、地方に居住しようと考える方たちが注目するのは、家そのものだけではなく、町での生活イメージです。海から俯瞰した眺めや近隣の様子など、ドローンで空撮した映像も含めて、お客さまにまとめて伝えることができるのは、この高解像度VRならではの大きな魅力だと思います。KDDIが町の課題に寄り添った提案をしてくださったのが、パートナーとしては非常に嬉しかったですね」 ( 土井氏 )
不動産業界向けの既存VRとの大きな違いは、球体型カメラで撮影した360度の高解像度画像の中に利用者が入り込むことで、非常にリアルな現場体験ができること。
土井 隆 氏
提案を行ったKDDIの福嶋 正義は、「高解像度VRで内見した後に現地へ行かれたお客さまがおられたのですが、当日は天気が悪かったのです。しかし“今日はあいにくの雨でしたが、天気がいい時のきれいな景色はVRで見ているのでイメージしやすいですね”との嬉しいお言葉をいただきました」と笑顔を見せる。
福嶋 正義
システムの導入サポートを担当したKDDIの星野 隆之は、他のVRシステムにはないユニークな「ガイド機能」を、次のように説明する。
「例えばご夫婦でVRゴーグルを装着して部屋をご覧いただくと、オペレーターのスマートフォンには、それぞれの視点がどこに集中しているかが分かります。それを確認しながら、興味を持ったポイントを詳しく説明したり、次の場所へ誘導したりと、適切なフォローができるのが大きな特長です」
実際に顧客を案内する今田氏も、「ここまで高精細な映像ですと、現地に行かなくてもどのような物件なのかをしっかり理解していただけます。さらに操作も簡単で、店舗スタッフは誰でもVR内見の対応ができます。内見の回数も絞れ、遠方から来られるお客さまにとっても、私たちにとっても非常に効率的なツールだと思います」と語る。
KDDIの通信ネットワークとクラウドを介して実現しているこのシステムは、当然ながら長島町内だけではなく、全国どこからでも運用可能だ。実際に2019年11月と12月には、KDDIの直営ショップである「au SHINJUKU」と「au NAGOYA」において、長島町とコラボレーションした「ふるさと納税相談会」と「長島町体験イベント」の場で、このシステムが来場者に披露された。
星野 隆之
高解像度VRの画面例
ゴーグルを装着した人物の視点がオレンジマークで表示されるため、
どこに注目しているかが分かる。矢印のマークを表示させて、
オペレーターが視点を誘導することも可能
現在、高解像度VRシステムは、長島町役場と川商ハウスの長島支店、鹿児島本店の3カ所に常設されており、移住を検討するお客さまが自由に閲覧することが可能だ。高解像度VRコンテンツの登録物件は、まだ8件だが、内見数は着実に増えており、これまで2件が成約したという。
長島町、川商ハウス、長島未来企画では、より多くの物件を高解像度VRで紹介できるよう、オーナーの許諾がとれた物件から、順次コンテンツを拡大していく予定だという。 「5Gの時代になれば、いまは静止画で見せている高解像度VRを動画で配信することも可能になるでしょう。さらにライブ通信で、お客さまがリアルタイムにカメラを動かして内見できるサービスが実現すれば、空き家対策だけでなく、不動産仲介業のあり方そのものも大きく変わることが予想されます」と今田氏は今後のイノベーションに期待を寄せる。
土井氏も、「空き家問題は長島町に限らず、全国的な課題でもあります。今後、表現力豊かなVRコンテンツの活用が、観光などの用途にも広がり、さらに鹿児島県全体や他の市町村、自治体などにどんどん広がっていけば、地域課題の解決にも大きな役割を果たしていくでしょう」と語る。今後も長島町とKDDIは相互連携と協働による活動を推進し、川商ハウス、長島未来企画とのパートナーシップにより、長島町のさらなる地域活性化を図っていく。