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豊岡市が掲げる「人と自然との共生」を未来へつなぐ
IoTが実現する、農業の省力化と技術伝承

豊岡市が掲げる「人と自然との共生」を未来へつなぐ

2018年より「豊岡市スマート農業プロジェクト」を推し進めてきた、兵庫県豊岡市とKDDI。IoTを活用して「コウノトリ育む農法 (無農薬栽培)」の水田管理を省力化する実証実験を行い、水管理にかかる時間を65%削減するなどの結果が出た。県、市、生産者、そして通信会社が連携して取り組む「人にも、生き物にも、安全・安心な米づくり」への挑戦。その裏側を聞いた。

「コウノトリ育む農法」の面積拡大のためには省力化が急務

山田氏 兵庫県豊岡市では2005年より、生物多様性に配慮した米づくり「コウノトリ育む農法」に取り組んでいます。これは「多様な生き物を育む」と同時に「人にとって安全・安心な食料を育む」ことを目指した農法です。

「コウノトリも住める自然環境は、私たち人間にとっても素晴らしい環境に違いない」という信念の下、“肉食で大食漢のコウノトリ”の餌場である田んぼを生き物でいっぱいにするため、農薬や化学肥料に頼らない手法に取り組んでいます。

山本氏 一度絶滅したコウノトリ復活のプロセスで、当初0.7haから始まった「コウノトリ育む農法」の取り組み面積は、現在400haを超えるまでになりましたが、高止まりの傾向にあります。その要因の一つが、慣行の栽培方法と比較して、特に、水管理と除草に労力がかかることです。除草剤を使用しない環境下でも雑草を生えにくくするために、水位を通常より深い「8cm」に保つ必要があります。

豊岡市の大規模農家の耕作地は、区画が小さい上、複数の地区にまたがっていることが多いため、移動を伴う水管理に、かなりの時間と手間がかかっていました。

兵庫県 但馬県民局 豊岡農業改良普及センター 地域課 普及主査 山田 剛士 氏
兵庫県 但馬県民局
豊岡農業改良普及センター
地域課
普及主査

山田 剛士 氏

「豊岡市スマート農業プロジェクト」成功の秘訣の一つは、「実用化」「普及」を念頭に置いた技術導入だったと振り返る。

豊岡市 コウノトリ共生部 農林水産課  課長補佐
豊岡市
コウノトリ共生部
農林水産課
課長補佐

山本 隆之 氏

持続可能で幸せを感じる社会の実現に貢献する農業のあり方「豊岡グッドローカル農業」の実現に向けて、今後もIoT活用を推し進めていきたいと話す。

青山氏 「コウノトリ育む農法」は、コウノトリも住める「安全・安心」な環境を実現しながら、おいしいお米を作る農法です。その分、生産者にとっては難題も多いのが実態です。

特に無農薬栽培は、いわば“雑草との戦い”です。水管理は、雑草を増やさないだけでなく、稲の茎の数などお米の収量にも影響するため、とても重要です。場所によって水位を保ちやすい水田、そうではない水田があるため、朝夕それぞれ足を運び、“ものさし”で水位の管理をしていました。農作業以上に、移動や確認に時間を割かなければいけないジレンマを抱えていたんです。

山本氏 取り組み面積をさらに拡大するには、この生産の手間を省力化する必要がありました。そこで豊岡市は、地域活性化を目的とした包括協定を締結していたKDDIに、IoT技術を使って課題を解決できないかと相談しました。

——「コウノトリ育む農法」が抱える水管理の課題に対し、どのようにアプローチしたのですか。

山本氏 まずはKDDIと一緒に、課題や必要な機能について農家さんへのヒアリングを行うところから始めました。ヒアリング結果に基づき、水管理の負担を軽減するには、水田に水位や水温などを計測するセンサーを設置し、スマートフォンやタブレットから水位が確認できるとよいのではとの結論に至りました。

必要な機能を備えたセンサーメーカーにKDDIと一緒に視察に行きました。実際に通信試験までしていただいたメーカーもあったのですが、機能面は十分でも、豊岡市のような中山間地域では、基地局との距離の関係で効率が悪いといった問題が出てきました。

田中 当時はセンサーも高額で通信費も高く、“普及”を考えると現実的ではありませんでした。農家さんのセンサーへの要望は、「信頼性があること」と「低価格であること」です。そこで、LPWA(注1)の中でも豊岡市のロケーションにおいて最適なLTE-M(注2)を日本の通信会社で初めて導入し、「日本初のLTE-M水田センサー」を一緒に作りましょうとご提案しました。農業は、地域ごとに異なる課題を抱えています。中山間地域で、独自の農法に取り組む豊岡市に適したセンサーを提供することが、実装、そして普及には欠かせないと考えました。

実際に豊岡市において、水田でセンサーを使うにはいくつかの問題を解決する必要がありました。例えば電源を使用できない水田で、単2電池3本で約6カ月稼働する仕組みづくりや、センサーを置く水田にうまく電波を届けるための工夫など、細かな調整を行いました。

KDDI ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室 マネージャー 田中 一也
KDDI
ビジネスIoT推進本部
地方創生支援室
マネージャー

 田中 一也

水田センサーを通じて取得・蓄積したデータの有効活用を、国、県、市と連携して進めたいと話す。

  • 注1) LPWA(Low Power Wide Area):低消費電力で長距離の通信ができる無線通信技術の総称。IoTの構成要素の一つ。
  • 注2) LTE-M(Long Term Evolution for Machine-type-communication):モバイル向けの高速通信回線「LTE」の空いた帯域で通信するのが「LTE-M」。
  • 各社専用の周波数で通信を行うため、電波干渉が起こりにくく、安定した通信環境が整えられる。


山本氏
 実証実験では、青山さんをはじめいくつかの農家さんにご協力をいただきました。青山さんは2011年に就農されたときから「コウノトリ育む農法」に取り組まれており、米・食味分析コンクールで最高位の金賞を受賞されるなど、本市を代表する農家の一人なので、ぜひにとお声かけしました。

田中 当初は、センサーの取り扱いやアプリケーションの使用方法などが、農家さんに分かりにくいなどの課題がありましたが、講習会を実施したり、定期的な報告会で状況を確認したりして、改善していきました。

また、LTE-Mサービスの活用は日本初だったこともあり、さまざまな技術的な問題が発生しましたが、関連部署の努力が実を結んで、予定通り、田植えに間に合わせることができました。

日本初のLTE-M水田センサーで、省力化と栽培技術の可視化を実現

——実際に水田センサーを導入してみて、どのような効果がありましたか。

青山氏
 「今や、水田センサーがない状態には戻れない」と思うほど、私の作業を助けてくれています。水田センサーからは1時間ごとに水位・水温・地温の各データがクラウドサーバーに送信され、パソコンだけでなくスマートフォンやタブレットから、それぞれの水田の状態を把握することができます。逐一水田をチェックしに行かなくとも、なんなら布団の中からでも、「今、何cm水が入っているのか」が確認できるのです。

役立っているのは、水位確認の面だけではありません。除草には、田植え前の水温管理なども重要です。水温・地温を逐一把握することで、高温障害(注3)の対策にも役立つのではないかと考えています。また、これらのデータが一括で確認できるようになったことで、農作業の振り返り方が変わりました。これまで「勘と経験」に基づいていた仮説や判断を、データを用いて裏付けられるようになったのが、ありがたいです。

  • 注3) 高温障害:
    水稲生育期間の登熟期に気温が高温になることが原因で、米の品質が低下すること。
ユメファーム 代表 青山 直也 氏
ユメファーム
代表

 青山 直也 氏

2011年の就農当時から「コウノトリ育む農法」に取り組んでおり、「今や、水田センサーがない状態には戻れない」と水田センサーを高く評価する。

山田氏 水田センサーから取得したデータの活用・分析は、豊岡農業改良普及センターが担当しています。2019年のデータを見ると、田植えをしてから6月末までで、青山さんが水を足しに行ったのは、たった一度だけです。水管理は「水量が減ったから足せばいい」というものではありません。生産者の感覚や手応えとデータが連携することで、客観的な検証が可能になり、因果関係を説明できます。これまで培われてきた「コウノトリ育む農法」の栽培技術の可視化や継承にも役立つはずです。

目的は省力化にあらず ビジョンの共有で強力な連携体制を構築

——これまでアナログだった農業の領域に、デジタル技術やデータが入り込むことに、抵抗はありませんでしたか。

山本氏 すべての農家さんがスマートフォンやタブレットを持っているわけではありませんが、利用者は着々と増えてきており、インフラ面でも受け入れられやすくなっていると感じています。「便利だ」と理解していただくことで活用が進むため、しっかりと実績を伝えることが必要です。

今回の実証実験の結果、水田センサー設置圃場に限ると水管理の作業時間が65%削減しました。実験に参加した農家さんからは一様に「水管理が楽になった」「作業の段取りがしやすくなった」といった声をいただいています。こうした結果をきちんと伝えることで、農家さんからの期待感が高まってきていると実感しています。

山田氏 農業でも世代交代が進んでいます。若い人たちに農業を受け入れてもらうためにも、「勘と経験」だけではなく「なぜそうなるか」「どうすればいいのか」といった理論を、データを用いながら構築していく必要があるとも感じています。

——自治体・生産者・企業が、立場を超えて連携できた秘訣はどのようなことでしょうか。

青山氏 「コウノトリ育む農法」の背景にある物語(注4)を、すべての関係者が共有できていたからではないでしょうか。兵庫県も豊岡市も、我々生産者の抱える課題をすぐに拾い上げて考えてくれますし、KDDIも技術面で全面的にバックアップしてくれています。「コウノトリ育む農法」の、単に収量を上げるのではなく、「コウノトリと共に生きる」という思いが共通しているからこそ、連携がスムーズなのではと思います。

  • 注4) 豊岡市とコウノトリの物語:
    かつては日本の至るところで見られた「コウノトリ」。明治以降の乱獲によって個体数は急減、昭和46年を最後に豊岡の空からも姿を消すことになった。豊岡の空に、もう一度コウノトリを――その思いの下、平成15年から取り組み始めたのが「コウノトリ育む農法」。「生きものを増やす」という明確な意思に基づいて設計・構築された農法であり、コウノトリも住める豊かな文化・地域・環境をつくることを、地域一体となって目指している。
水田センサーからは1時間ごとに水位・水温・地温の各データが クラウドサーバーに送信され、スマートフォンやタブレットから 水田の状態を逐次把握することができる。

水田センサーからは1時間ごとに水位・水温・地温の各データがクラウドサーバーに送信され、
スマートフォンやタブレットから水田の状態を逐次把握することができる。

実際に設置された水田センサー。 単2電池3本で約6カ月稼働する仕組みづくりや、センサーを置く水田に うまく電波を届けるための工夫など、実用化・普及を進めるための 細かな調整を行った。

実際に設置された水田センサー。単2電池3本で約6カ月稼働する仕組みづくりや、センサーを置く水田に
うまく電波を届けるための工夫など、実用化・普及を進めるための細かな調整を行った。


山本氏
 生産者の方々から挙がった課題をKDDIに相談すると、「どんな技術が役に立ちそうか」と考え、提案してくださいます。通信キャリアという立場に留まらず、豊岡市の農業振興のためにご尽力いただいており、とてもありがたいです。コウノトリの野生復帰や、「コウノトリ育む農法」の取り組みそのものに、共感くださっていると感じます。

山田氏 技術開発優先で、導入後のコストのことは後回しになってしまう企業もある中、田中さんからはまず「コストを下げる」という話をいただきました。KDDIがきちんと「実用化する」「普及のフェーズに持っていく」視点や姿勢を持ってくださっていることが大きいと思っています。

山本氏 豊岡市では、2019年度末に、10年後の豊岡の農業を守る礎を築くための「豊岡市農業ビジョン」を策定しました。持続可能で幸せを感じる社会の実現に貢献する農業のあり方を「豊岡グッドローカル農業」として推進していきます。今後も、この理念の実現に、KDDIにも一緒になって取り組んでいただければ心強いです。

田中 今回の実証実験で、「省力化」に関しては期待通りの効果が達成できました。しかし、水田センサーはゴールではなく、最初の一歩です。2020年度からは「品質向上」「収量向上」につながる「イオン水装置(フィールドマイスター)」の実証実験を開始しています。

さらに、蓄積したデータの有効活用を、国、県、市と連携して進めたいと考えています。また、GPSの技術などを用いた除草作業の省力化など、水田センサー以外の面からも「コウノトリ育む農法」の目指す未来の実現に向けて、一緒に取り組んでいきたいです。