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イノベーションの源泉“知の探索”を加速させる真のDXとは

イノベーションの源泉“知の探索”を加速させる真のDXとは

ビジネスに変革をもたらすのに必要と言われているDX(デジタルトランスフォーメーション)。新型コロナウイルスの危機によってその需要はより一層加速し、さらに重要性が高まっている。そのような状況の中、DXが思うように進まない企業や、成果が出ずに形骸化してしまっている企業は少なくない。

なぜ日本の企業は「真のDX」を実現できないのか。阻害する要因を探り、課題解決のヒントを得るため、日本経済新聞社 デジタル事業 メディアビジネスユニットはKDDIの協賛の下、2020年11月10日にオンラインセミナーを開催。登壇者に迎えられた早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山 章栄氏とKDDI株式会社 経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE センター長 山根隆行が、DXの本質をひもとき、ニューノーマル時代における企業のあるべき姿を提言した。


コロナ危機の逆境に置かれた今こそ、DX実践のチャンス

オンラインセミナーは「デジタルのチカラでビジネスを加速させる~真のDXに本気で挑むには?~」と題し、東京・虎ノ門にある5Gビジネスの開発拠点「KDDI  DIGITAL GATE」から配信された。

第一部は、早稲田大学ビジネススクール・入山 章栄教授による基調講演が行われた。講演タイトルは「世界の経営学からみた日本企業DXへの視座」。冒頭、入山教授は国内企業を取り巻いている環境を俯瞰した。

「不確実性が高まり、正解のない時代に不安を覚える経営者は少なくないでしょう。AI、IoT、ブロックチェーンといった新技術もどんどん生まれ、ビジネス環境は目まぐるしく変化しています。コロナ禍でオンラインコミュニケーションツールの効果も実証され、今後数年の間に精度の高い自動翻訳機が開発されるでしょう。そうなると、日本の企業もいやが応でもグローバル競争下に放り出されます。現状維持ではなく、イノベーションを生み出さなくては淘汰されてしまうでしょう」

入山教授は国内におけるDXの実践を「欧米より2~3周遅れている」と指摘する。その一因にあげるのが、国内企業に根付く「経路依存性」だ。経路依存性とは、過去から積み重ねてきたさまざまな要素が合理的にかみ合っているため、一部の要素を変えようとすると他の要素が拮抗してしまうこと。いくつもの歯車が絡み合う時計仕掛けから、一つの歯車だけを交換するのが容易ではないことと同じ理屈である。

早稲田大学大学院
早稲田大学ビジネススクール
教授

入山 章栄氏

「例えば、企業でダイバーシティを導入しようとすると、人材に多様性をもたせるだけではなく採用制度や評価制度、働き方など幅広い領域を改める必要があります。DXでも同様で、デジタルだけを取り込んでも上手くいきません。経営共創基盤の富山和彦氏の言葉を借りるなら、DXにはCX(コーポレートトランスフォーメーション)が不可欠。会社全体を変革する必要があります」

さらに「今、DX実践のタイミングを逃すと、次はない」とも指摘。リモートワークの普及によって働き方が見直され、成果主義へ移行する企業の増加も考えられる。雇用形態も従来のメンバーシップ雇用から専門性が求められるジョブ型雇用に変わってくる。また、従業員の副業を解禁する企業も増えている。このように、旧態依然とした体質が見直されようとしている今こそ、DXを実践する千載一遇のチャンスと捉えているのだ。

イノベーションの創出サイクルを築く三大理論とは

入山教授によるとDXの方向性は大きく2つに分けられる。一つはDXにより業務効率を改善して「ソリューションの土台を築く」こと。もう一つはDXそのもので「ソリューションを生み出す」こと。いずれも“知の探索”と“知の深化”がキーワードになる。

「イノベーションの本質は“知”と“知”の組み合わせです。しかし、人間は認知できることに限界があるので、目の前の情報に頼りがちになります。なるべく自分の事業領域から遠くにある情報から“知“を生み出す“知の探索”が必要になります。そこからキャッチした要素をさらに深掘りしたり、改善したりするのが“知の深化”です。探索と深化を高い次元で両立させた“両利きの経営”からイノベーションが生まれるのです」

とはいえ、“知の探索”は、手探り状態で新たな“知”を模索するようなもの。深化するまでには至らず失敗に終わることも少なくない。その不確実性もあって、企業は一度獲得した既存知の深化に偏ってしまう。しかし、探索をなおざりにすると中長期的なイノベーションはやがて枯渇することに。入山教授はこういった「深化偏重からの解放こそ、DXの真骨頂」だと話す。

「同じことを繰り返して効率を上げていく“知の深化”は、AIやRPA(Robotic Process Automation)が得意としていることです。だから、20年後にAIに奪われる仕事の多くが“知の深化”に関わるものと考えています。一方、失敗を恐れずに突き進む“知の探索”は人間にしかできません。深化が機械に任せられるようになれば、探索にリソースを割けるようにもなります」

DXがお題目になってしまっているケースも珍しくない。経営者のビジョンが不明瞭では、従業員も腹落ちせず本腰を入れたアクションは起こらない。入山教授は問題解決の方法として「センスメイキング理論」をあげ、ビジョンを正確に伝えることよりも従業員の納得性の重要さを説いた。

また、チームやプロジェクトの意識をすり合わせて腹落ち感を高めるには、「暗黙知の形式知化が重要」と話す。これは経営学者・野中 郁次郎氏が提唱した「知識創造理論(SECIモデル)」に基づいたもの。

「SECIモデルとは、暗黙知と形式知が往復することで新たな“知”が生まれるとする理論。人間というのは形式知よりも暗黙知のほうが豊かなのです。そういった潜在している人の思いやモヤモヤを形に表してあげることが重要。この頃、デザインシンキング(デザイン思考)が流行っているのもそのためです」

形式化することに特殊なツールは必要ない。走り書きした「ポンチ絵」でも構わないという。その好例といえるのが、コマツの「スマートコンストラクション」(通称:スマコン)。建設業の生産性向上を実現するソリューションサービスで、現場のDX化を加速させる。 

「DX事業に成功した企業の筆頭といえばコマツです。スマコンは前例のない事業だったため上層部を納得させるのが難しい。そこで開発関係者はまずスマコンの概念を一枚の絵にして、『私たちがつくりたいのはこんなソリューション』と提案。見事に決裁が下りたそうです。さらに、ユーザーの理解を広げるためにスマコンの動画を作成し、自分たちの世界観を腹落ちしてもらうための仕掛けをつくりました」

両利きの経営、センスメイキング理論、知識創造理論。これこそイノベーションを起こす三大理論。入山教授は次の言葉で基調講演を結んだ。

「これら3つの理論は人間にしか実践できません。それぞれが相互に支え合うサイクルを築くことが肝心です」

社内のデジタルリテラシー向上がDX推進のカギ

第二部は入山教授とKDDI DIGITAL GATE センター長・山根 隆行によるパネルディスカッション。「DXの現場の困りごと」や「DXを一歩前に進めるために」をテーマに意見を交わした。

まず話題にあがったのは、企業内にあるDXへの風当たりの強さだ。これまでに多くの企業のDX支援に取り組んできた山根は次のように分析する。

「DXに限らず、新規ビジネスの探索は成果が目に見えにくいのです。はたから見ると、担当者がまるで遊んでいるように思われたりして。既存ビジネスにおけるマネジメントと同じやり方では正しい評価を下しにくいのが、DX実践を妨げる一因です。例えば、KDDIで導入している開発手法『アジャイル企画開発』は経営陣と現場担当者が信頼関係で結ばれていないと成り立ちません。つまり、トランスペアレンシー(透明性)が重要で、これはDXにも当てはまります。現場が今どのような仮説を持って何をしているのか、何に悩んでいるのか。経営陣としっかり共有できていれば、DXへの不安も解消されるでしょう」

さらに「DXが手段ではなく目的になっている企業が少なくない」とも指摘する。山根が考えるDXの理想像とは?

「DXはあくまで手段です。本来目指すべきは、現場の業務改善や新規事業の立ち上げであって、そのときに最初からデジタルを溶け込ませることができる環境が整っている状態にすること、つまりはデジタルを前提とした事業基盤が整備されていることではないでしょうか」

KDDI株式会社
経営戦略本部
KDDI DIGITAL GATE
センター長

山根 隆行

大手企業とスタートアップを結び、ビジネス共創を推進するKDDI DIGITAL GATEを、入山教授はどう捉えているのか。

「オープンイノベーションは“知の探索”にうってつけです。さまざまなプレイヤーと組むことで、新たな発見が生まれます。私も企業研修の講演依頼があったときは、飲料、インフラ、小売りといった異業種を交えた四社研修などを提案します。知らない世界のカルチャーは参加者の刺激になるし、世間の常識とのギャップを知ることもできます」

山根によると、企業のなかにはDXを進めるものの社内実証止まりでなかなか実装に至らないケースも見受けられるという。

「小さな規模でもステップアップできればいいのですけど、同じような失敗を何度も繰り返して前に進めない企業もあります。そういった企業のなかには、現場に権限移譲していないことが少なくありません。プロジェクトチームや現場チームに裁量があれば、もっと実力を発揮できるはずです。入山教授がおっしゃっていたジョブ型雇用も積極的に取り入れるべきですね。DXの実現には誰でもいいから人を投入すればよいわけではありません。デジタルを深く理解し、情熱をもって自律的にプロジェクトを進められるような適切な人に適切な権限を与えることが不可欠です」

それを受けて、入山教授はDX推進のカギは従業員のデジタルリテラシーを底上げすることにあると説く。

「会社全体でデジタルの許容度を高めれば、導入は加速するはずです。例えば、本体とは別にデジタル部門を新設するとか、若い世代にプログラミングを学ばせてデジタルの感覚を身につけさせるとか。難しいことをする必要はなくて、まずは従業員間の連絡にSlackを使うとか、ちょっとしたことでも十分に効果は出てくると思います」

 

本質的な目的を見失わずに、「人間ありき」のDXを

対談はそのまま質疑応答コーナーへ。セミナー参加者から寄せられたDXにまつわる質問に2人が答えた。その一部を紹介する。

――過去の成功体験に基づく思い込みが上層部に残っているため、トライ&エラーに至るまでのハードルが非常に高い

山根 実は成功体験から学ぶべきことはたくさんあります。そのまま当時のやり方をまねるのは危険ですが、当時なぜ成功したのかを本気で考えてみることが大切だと思います。そこから現在の環境でも適用できそうな部分を抽出して、新しいものと組み合わせることで、上層部の知見も活用しつつ変革を進められる可能性が高まるのではないでしょうか。

入山教授 上層部が過去の成功体験に固執しているのはとても厄介です。ボトムアップで上層部に影響を与えるか、外から役員を引っ張ってきて起爆剤にするか、いずれにせよ変革のための大きな推進力が必要です。一方で、今後はどこも人材不足になるので、今の会社に固執せず働きやすそうな企業に転職するという手もありますね。

――デジタルビジネスを考える上で、獲得できるデータから考察するのか。それとも顧客の困りごとを起点にするべきなのか

入山教授 私は後者が大事だと思っています。あくまでもデジタルは問題解決のための道具にすぎません。暗黙知に隠れている課題を見出すことを優先しましょう。

山根 私も入山教授の意見に同感です。サービスは人のためにあるもの。誰のために何を届けるのか。目標が明確でないと、いつまでたってもゴールにたどり着けません。

セミナーの最後は、2人から参加者へのメッセージで締めくくられた。入山教授は「DXがうまくいくかどうかは、結局デジタルを使う人間次第。目的を見据えてDXと向き合いましょう」と話し、山根は「DXとは、デジタルの恩恵を当たり前に享受できる状態のこと。経営陣も従業員もその意識を忘れないことが大切です」と思いを込めた。

オンライン配信で開催された今回のセミナー

<登壇者>

入山 章栄氏
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より現職。国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社) ほか。

山根 隆行
KDDI株式会社 経営戦略本部 KDDI DIGITAL GATE センター

国内製造業でITエンジニアの経験を経て、2009年入社。B2Bサービスの企画業務に従事し、新サービス立ち上げや、ベンチャー企業への出資・シナジー創出を実施。その後、社内アジャイルチームの立ち上げに参画。Scrumプロダクトオーナー(PO)として活動、およびPO育成に従事。2018年9月より現職。