新型コロナウイルスの影響で一気に冷え込んだ世界経済に、徐々に攻めに転じる動きが見え始めてきた。
二度とコロナ禍以前には戻らないといわれる中、生き抜く企業へと生まれ変わるためには、どんなことが必要となるのか。
IDC Japan リサーチバイスプレジデント 寄藤 幸治氏に話を聞いた。
新型コロナウイルスの感染拡大により、世界は大きく変化した。働き方や人とのつながりにもデジタルネットワークが多用され、あらゆるモノのデリバリーがたちまち刷新されていく。
企業やサプライチェーンがさまざまな試練に見舞われる一方で、世界中の消費者は新しい観点で商品やブランドを捉えるようになった。これら新しい行動様式や意識変化の多くは、コロナ禍以降もそのまま継続すると予想されている。
「IDCでは2021年に景気の回復とともにIT支出額が回復すると予想しています。しかしそれは、市場がコロナ禍以前の状態に戻るという意味ではありません。一度変わってしまった経済活動や生活様式は、今後もこのような変化、進化が常態化していくと考えています。2008年に米リーマン・ブラザーズが破綻した後、新たな常識・常態を意味する『New Normal』という言葉が広がりました。我々は、今回のコロナ禍後もそれに匹敵する変化が起こると考え、この動きを『The Next Normal』という言葉で捉えています」と、IDC Japan リサーチバイスプレジデントの寄藤 幸治氏は指摘する。
寄藤氏は新型コロナウイルスの感染拡大期からThe Next Normalへ向けた企業の行動様式は、3つのフェーズで進化していくと説明する。
最初は「Responseフェーズ」。
これは、新型コロナウイルスの感染拡大で一気に変化した環境にどう対処するかの時期を指す。在宅勤務への対応やBCPの見直し、業務フローの改善など、主に個々の従業員レベルでの対応が行われた。
現在はまだ感染が終息していないが、次の「Recoveryフェーズ」に入りつつあるという。
「ここではリモート/デジタル化の仕組み化や業務プロセス変革、レジリエントなサプライチェーンの構築、業界再編への対応など、組織としての抜本的な対応を進め、落ち込んだ売り上げや利益をリカバリーしていくフェーズとなります」(寄藤氏)
そしてワクチンなどが開発されて新型コロナウイルスを克服できた状況で進められていくのが3つ目の「Transformationフェーズ」だ。
これはリアルとデジタルの新たな関係性を模索し、新しい産業の創出や社会変革に向けて進んでいく段階で、これがいわゆるThe Next Normalの世界となるのである。
The Next Normalでは、業務プロセスや社会インフラの見直し、さらには仕事の概念の変革や組織文化の刷新など、表層的な変化が根本的な変化へと発展していく。企業では働き方の多様化が進み、ビジネスもデジタルを前提とした在り方へと進化していく。
全てがコロナ禍以前に戻ることはなく、消費者の意識や行動も大きく変わり、しかもそれが連続して続いていく――つまりThe Next Normalとは、外部環境が「常に」「短期間で」変化し続ける世界となるのである。
「変化が間断なく起こるThe Next Normalの世界を生き抜く企業を、我々はFuture Enterpriseと定義しています。Future Enterpriseの要件は『顧客/市場中心』かつ『データドリブン』であることです。顧客や市場など外部環境の変化を行動の中心に置きながら、データを積極的に活用し、その変化に柔軟に対応していける企業です」と寄藤氏は話す。
そのための前提となるのが、業務プロセスのデジタル化を中心としたデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みだ。しかし、実際にはDXが進んでいない企業も少なくない。DXでは、データ活用を組織文化として根付かせることが重要となるが、言葉で言うほど簡単には進まないからだ。
「最近、現場で成功しているハイパフォーマーの意識や行動を分析することで、勘や経験に頼りがちだったビジネス判断やノウハウをデータで定量化しようという試みが行われています。しかし、肝心のハイパフォーマーやベテラン勢が、自身の立場を脅かすのではないかと、データ活用を拒む抵抗勢力になってしまっているという話もよく聞きます。テクノロジーだけでなく、組織や文化も一体化した変革を起こしていかなければ、デジタル化やDXは進みません。
その意味ではトップダウンで『さあ、やるぞ』と引っ張ることも重要ですが、それだけでは不十分だと考えます。経営層の方針を具現化させるのは現場に近い人たちであり、彼らがデータを活用して活躍できるような下地をつくる必要があります。だからこそ、現場で業務を把握しているミドルマネジメント層が部門を越えてつながり、データ活用に向けた組織変革を下支えしていくことが重要だと思います」(寄藤氏)
寄藤 幸治氏
それではFuture Enterpriseへと進化するため、企業の経営者が考えるべきこと、実践すべきこととは何だろうか。
「外部環境が今後も変化し続けるという真実をきちんと認めることから始めなければなりません。経営層にその確信、覚悟がなければ、何のためにDXを進めなければならないのか、基軸がブレてしまうからです。そしてデータ活用の進め方でいえば、現場に丸投げするのではなく、経営層自らがDXなりデータ活用のプロジェクトに参加し、自ら失敗や成功体験を重ね、それを組織内に広めていくプロセスが必要だと思います。
DXの先進企業を数多く取材する中で分かってきたことは、成功している企業ではCEOがプレイヤーであるということです。単にプロジェクトを承認する、支援するといったスタンスではなく、自らが積極的に関わり、データを使った意思決定を行う。そのような手本を見せていくことが、DXの大きな推進力になるからです」(寄藤氏)
もう一つ、寄藤氏がFuture Enterpriseに向けた真のDX実現のカギとしてあげるのが「共創」である。
「外部環境がどんどん変わり、将来の見通しがきかない時代では、多様な視点を持つことが重要です。The Next Normalでは、自社のみの固定化された視点で物事を眺めようとしても限界があります。業種・業界を越えたさまざまな企業や組織、行政機関などと連携しながら、これからの社会はどうなっていくのか、新たな産業を創出するにはどうしたらいいのかといった、大局的な観点で物事を捉え、考え方を広げていくためには共創が欠かせません。
データドリブンを進めていく際にも、自社だけのデータでは絶対的に足りないということに気付くでしょう。さまざまな組織が集めたデータを掛け合わせれば、より多くの解が出ることは当然なので、他社と交わる中で知恵とデータを出し合いながら、複雑な社会課題やビジネスの解決策を一緒に探っていく――その姿勢は、Future Enterpriseになるための重要な要件となっていくでしょう。
パートナーとなる企業にも、求められる要件が変わってくるでしょう。社会課題やビジネスの解決に立ち向かうとなると、その取り組みは複雑かつ難解であり、一つの技術分野だけを活用すれば成し遂げられるものではありません。先ほど申し上げた共創への姿勢に加え、多種多様なケイパビリティを持つさまざまな企業に声をかけ、パートナーエコシステムを築き上げることが重要です」(寄藤氏)
そうなれば、The Next Normalにおける企業間の共創は、これまでとは全く異なる関係性へと変化していかざるを得ない。例えば、ユーザー企業とITサプライヤーの関係においても、単に顧客課題を解決する製品やサービスの提供に終わるのではなく、そこで達成した成果を両社で共有し、その先にある変化を見据えながら、さらに全社的に価値を高めていく継続的な共創にしていかなければならない。
「これまでのように個別のプロジェクトに限定された共創は、本当の共創ではなくなっていくと思います。共創先の企業がDXを組織全体に広げていくため、あるいはFuture Enterpriseに進化するためには、もしかするとその組織文化や人事制度までも一緒になって変革していかなければならない可能性があります。
また、今後はあらゆる企業がSDGsやESGにも積極的に取り組み、個人からも社会からも共感されるよう、ブランド価値をさらに高めていく必要があります。そこで行われる共創は、個々のビジネス課題の解決という側面を越え、より根源的なビジョンや理念の共有、社会課題の解決でも一体となって協力し合うエコシステムとして成立していく。それこそが本当の意味での共創になっていくと思いますし、そういう視野を持ったパートナーと共創していくべきでしょう」(寄藤氏)
The Next Normalの世界を生き抜くFuture Enterpriseへの第一歩は、真の共創から始まるのである。