Society 5.0で実現する社会は、IoTで全ての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報が共有され新たな価値を生み出し、AIやロボット、自動走行車などの技術により、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服される社会です。
先端技術を駆使した地域活性化事業「舞鶴版Society5.0」を標榜する京都府舞鶴市。精鋭を集めた推進本部を設けて、各産業のスマート化を推進。目指すのは「ITを活用した心が通う便利で豊かな田舎暮らし」である。その先駆けとして、2020年3月には、KDDIと連携して京都の伝統野菜として「京のブランド産品」第一号に認証されている「万願寺甘とう」の栽培データをIoTセンサーで収集する仕組みを構築。その取り組みについて、舞鶴市役所、KDDIの担当者に話を聞いた。
近年、DX (デジタルトランスフォーメーション) の波は、製造、物流、小売りといった業界のみならず、農業にまで及んでいる。
農林水産省では、ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用した農業を「スマート農業」と定義。これらの技術とICTを駆使して自動化・省力化を図ることで、各地の生産者が課題とする人手不足を補うとともに、栽培技術の継承や新規就農者の確保、さらには品質向上や高度な農業経営の実現にもつながると期待が高まっている。
同省では「作業の自動化」「情報共有の簡易化」「データの活用」をスマート農業の三本柱としており、その具体例として自動走行トラクターを使った耕運整地や、センサーによる圃場の給水管理システムなどを挙げる。
京都府の北東部に位置する舞鶴市は2019年、先端技術を積極的に取り入れた新たな価値創造と、それによりまちの持続可能性を高めることを目指す地域活性化事業を打ち出した。その名も「舞鶴版Society5.0」。
この事業の立ち上げに伴い、全庁横断組織である「舞鶴市Society5.0推進本部」を設置し、部門の垣根を超えた取り組みを推進してきた。その後、内閣府のSDGs未来都市に選定された舞鶴市は、計画から実装に移行する2021年度から「舞鶴市Society5.0推進本部」を「舞鶴市SDGs未来都市推進本部 」へと再編成し、現在では50名以上の職員で取り組んでいる。
同本部が目標の一つに掲げるのが、他でもないスマート農業の確立だ。
その先に思い描く未来を、舞鶴市長の多々見 良三市長はこう話す。
「舞鶴市は自然が豊かで長い歴史を持つまちです。近年は『ITを活用した心が通う便利で豊かな田舎暮らし』をテーマに、先端技術と昔ながらの文化が共存するまちづくりを進めています」
一般的に、省人化や効率化といった効果が取り沙汰されがちのDXだが、多々見市長はその効果が地域にもたらす本質を見定めている。
「DXはあくまでも手段にすぎません。先端技術を活用して、人と人とのつながりや助け合いの仕組みを構築することが肝要です」
多々見 良三 氏
2018年12月、KDDIは舞鶴市、舞鶴工業高等専門学校 (舞鶴高専)と地域活性化を目的とした連携協定を締結。KDDIがこれまで培ってきたDXのノウハウが、舞鶴市SDGs未来都市推進本部の事業にも生かされている。
東山 直 氏
「もともとKDDIと舞鶴高専さんの間に縁があり、我々市の方でも何か一緒に事業ができないかと思い、合流させていただきました。KDDIは地方創生事業に長く携わってきた経験があるため、パートナーとして非常に心強かったです」
そう話すのは、舞鶴市SDGs未来都市推進本部 の副本部長を務める東山 直氏。建設部次長兼土木課長も兼任しており、2019年にはKDDI、舞鶴高専と連携してIoTを活用したスマート防災事業も開始した。
「舞鶴市は長年にわたり台風や集中豪雨による浸水被害に悩まされてきました。その被害規模は、2013年から2018年にかけて災害救助法が3度も適用されるほどです。スマート防災事業では、IoT水位計やドローンなどで小規模河川の流出解析を行いました。これらのデータは今後、浸水による避難発令を出す際の判断材料になります」(東山氏)
そして、目下力を注いでいるのが「万願寺甘とう」栽培のスマート化だ。
万願寺甘とうは大正末期から昭和初期にかけて舞鶴市で誕生したとされる。原種の万願寺とうがらしに改良を加え、肉厚で種が少なく甘みが強い、大型のとうがらしとしてブランド化を図り、1989年に京都府が設ける「京のブランド産品」の第一号に認定された。
「舞鶴を代表する万願寺甘とうについては、地元のJA京都にのくにが徹底した品質管理と出荷管理を行っています。栽培することができるのは「万願寺甘とう部会」に所属する生産者のみで、サイズや形状のほか、土壌づくりや農薬の量なども厳正にチェックし、基準を満たしたものだけが『万願寺甘とう』として出荷できます」(東山氏)
万願寺甘とう部会の会員となっている市内の生産者はおよそ100戸。東山氏いわく“団体戦方式”が特徴で、部会が共同で選荷・出荷・販売を行っている。しかし、圃場の立地条件や栽培環境管理技術の違いが収量の差として現れてしまい、場合によっては農地10aあたりの収量に3倍以上の差がつくこともあるという。
「万願寺甘とう部会は出荷量の平準化に取り組んできましたが、思うような成果を得られない状態が続いていました。収量のばらつきを解消して安定供給できるようになれば、価格も安定して、万願寺甘とうをより広く普及させることができるのではないかと考えています」(東山氏)
収量の底上げ策として考えたのが、熟練生産者のノウハウを部会員間で共有することであった。しかし、そのノウハウは過去の経験や勘に基づく部分も多く、マニュアル化は一筋縄にはいかない。
そこで、再びKDDIをパートナーとすることを決断。KDDI ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室 マネージャーの野田 昌宏は、センサーとクラウドを活用した栽培環境データの可視化を提案した。
「各生産者の方々の栽培管理にばらつきがあると伺っていたので、そのばらつきが根本課題ではないかと推測しました。熟練生産者の栽培環境をデータで見える化し、収量に相関していると考えられるデータを分析すれば、安定生産のヒントが得られるのではないかと考えたのです」(野田)
2020年3月、苗の植えつけを控えた5人の生産者に協力を得て、ビニールハウス内にIoTセンサーを設置。10分ごとに取得される「温度」「湿度」「日照」「土壌温度」「土壌水分量」「土壌pH(酸性度)」「CO2」(2020年9月より) などのデータは、4G LTEを用いたデータ送信器によってクラウドへリアルタイムで送られる。
蓄積したデータは、パソコンやスマートフォンのアプリから閲覧が可能であり、データが設定値を超えた場合は、アラート通知する機能も搭載した。
野田 昌宏
また、流量計センサーで「散水量」も計測し、データはオフラインで蓄積され、定期的に京都府および舞鶴市職員がアプリで取得している。
「自分の栽培方法を明かすことに抵抗を持つ生産者もいるのではないか――そんな懸念もありましたが、私の杞憂に過ぎませんでした。生産者の方々は熱意があって協力的で、すでにIoTを導入している方もおり、ITリテラシーの高さが伺えました。導入がスムーズに進んだのは、東山様をはじめ市職員の皆様の存在も大きかったです。当社と生産者の間を取り持っていただいたことに感謝しています」(野田)
事業がスタートして間もない頃、東山氏をはじめ推進本部は多機能なセンシングを希望したが、野田の進言によって現状のシステムに落ち着いた。そのことについて東山氏はこう話す。
「実装にあたり、維持管理上の課題やランニングコストなどを正直に教えていただけて大変助かりました。例えば、定点の動画撮影を盛り込むと、予算的に事業の継続が難しくなります。それならば、動画ではなく画像撮影でいかがでしょうか?といったように、我々の思いつきにブレーキをかけていただき、実現可能なプランを提案いただきました」(東山氏)
スマート農業の第一歩を踏み出してから一年あまり。「予期せぬ植物の力に翻弄されることもありました」と野田は振り返る。
「生産者によってビニールハウスの環境はバラバラですので、Aさんのハウスに設置したセンシング機能をBさんのハウスにそのまま適用できるとは限りません。当初は、苗の成長スピードや葉のつき方も予測しきれていなかったため、旺盛に茂った葉にセンシングで用いる通信の電波が遮断されたこともありました。そのたびに現場へと赴き、一つ一つのセンサーをこまめに調整して、取得データの精度を上げていきました」
万願寺甘とう栽培の歴史において、ノウハウの可視化という前例のない試みに、野田は早くも手応えを感じている。
「1年分のデータではまだまだ不十分なため、解析するのは少し先の話になります。しかし、収量の多い生産者と平均レベルの生産者では、データ上にも大きな差が表れることがすでに分かっています。仮説に過ぎませんが、室内温度が関係している可能性が高いようです。こうして差分を見出していけば、やがて収量の底上げにつながるはずです」
収集したデータは生産者にも新たな発見をもたらした。東山氏によると「『うちは水をやりすぎていたかもしれない』とか『よそのハウスは日照時間がこんなに長いのか』といった声も挙がっています。データが共有されたことが、いい刺激になっているのではないでしょうか」とのことだ。
2021年は、センシングする生産者を8戸に増やした。
東山氏はさらに情報共有の範囲を拡大して、生産者全体のレベルアップを目標に掲げる。
「定量的な結果は、2021年の収量として見えてくると思うので、今からワクワクしています。いずれは市外の生産者にもデータを提供して、万願寺甘とうのさらなる躍進を目指します」
それを受けて野田は「手探りでのスタートでしたが、当面の方向性も固まってきました。推進本部や生産者、ベンダー、当社……とお互いの顔も見えてきています。2021年度は、さらに率直な意見を交わせる環境を整えて、事業に弾みをつけたいです」と話す。
今回の事業を契機に、舞鶴市は農業のみならず漁業や有害鳥獣対策のスマート化も視野に入れる。
東山氏も「IoTなくして、『ITを活用した心が通う便利な豊かな田舎暮らし』は実現しません」と、事業の水平展開に意気込みを見せる。
先端技術の積極的な導入で、伝統野菜の未来を切り開く。
舞鶴で親しまれる郷土の味覚に新境地がもたらされる日も、そう遠くはなさそうだ。