スマートシティと聞いて、どんな街を思い浮かべるだろうか。先進技術を駆使したサービスが至る所に実装され、自動運転のクルマが走り、ドローンが飛び交う近未来の街。さて、そこに人の姿はあるのだろうか。
「デジタル・スマートシティ構想」を掲げ、デジタルを活用した街づくりを進める浜松市のデジタル・スマートシティ推進事業本部 専門監 瀧本 陽一 様に話を聞いた。
(聞き手はノンフィクションライター 酒井 真弓 さん)
浜松市
デジタル・スマートシティ推進事業本部
専門監
瀧本 陽一 様
ノンフィクションライター
酒井 真弓 さん
静岡県浜松市。徳川家康が青壮年期を過ごした「出世の街」であり、スズキやヤマハ、ホンダといったグローバル企業の創業地として知られる日本有数の「ものづくりの街」でもある。
その浜松市が、2021年3月、「デジタル・スマートシティ構想」を掲げた。人口減少や少子高齢化といった地域課題の深刻化を背景に、デジタル技術を活用した持続可能な街づくり、市民サービスの向上に取り組むという。
デジタル・スマートシティ構想では「市民QOLの向上」と「都市の最適化」を目指す
“国土縮図型都市 (注1)・浜松”が抱える課題は、そのまま今の日本が直面する課題だ。特に中山間地域の一部では、公共交通や医療、小売りなど暮らしに欠かせないサービスの維持が喫緊の課題となっている。運転免許証の返納によって、通院や日常の買い物さえ困難にするケースも存在する。浜松市でスマートシティの成功モデルを確立できれば、同じ課題を持つ全国の都市に展開できるのだ。
瀧本様は、スマートシティ構想を通じて「健康的で質の高い、幸せを感じられる街を実現したい」と語る。
スマートシティの本質は、都市機能のデジタル化でも、無人化でもない。市民QOL (生活の質) の向上だ。先進技術の活用はそのための手段であり、市民を起点としたサービスデザイン思考が鍵となる。
例えば、高齢者が抱える移動の問題を解決するために、浜松市ではボランティアの住民が同じ地域の高齢者らを自家用車で病院やスーパーなどに送迎する「共助型交通」の導入を検討している。
浜松版MaaS構想として、自家用車の乗り合い促進など、さまざまな方法が検討されている
「移動手段がないことで高齢者が家に閉じこもってしまうと、健康を損なうだけでなく、人とのつながりが希薄になり、地域自体が衰退してしまう恐れがあります。共助型交通のよいところは、助け合いによって顔の見える関係が生まれ、地域コミュニティが活性化することです。地域としてのウェルビーング (幸福・健康) が高まると期待しています」(瀧本様)
浜松市では、官民共創を掲げ、スマートシティの推進体制を強化している。
「浜松ウエルネスプロジェクト」は、2010年・2013年・2016年と健康寿命3期連続日本一を獲得した浜松市において「予防・健幸都市」の実現を目指す官民連携プロジェクトだ。2021年には、スズキと浜松医科大学が認知症の早期発見を目指し、日常の運転と認知機能の関係性を調査する実証事業をスタートした。取得されたデータは、ウエルネス・ラボ内のデータプラットフォームに蓄積され、市の健康施策や、民間各社のビジネス展開に生かされる。
2021年、日常の運転と認知機能の関係性を調査する実証事業を開始
ただ一つ懸念がある。人口の少ない地域から課題は顕在化していき、高いコストを掛け続けることは持続可能な街づくりと相反する。民間企業にとって、最先端技術やハイスペックな機器を試したくても、コストに見合わない。理想と現実にギャップが生じることは多々あるという。
「民間企業の皆さまには、浜松市デジタル・スマートシティ構想の考えを深く共有させていただきながら進めることが非常に大事だと思っています。技術はあくまでも手段です。場合によって人による支援で解決を目指すこともあります」(瀧本様)
瀧本様は、スマートシティ構想を機に、市民自身がテクノロジーを活用して社会課題の解決を目指す「Civic Tech」 が活性化したり、若者が街づくりに参加しやすくなってきたりしていると語る。街づくりに関わることで、浜松市への愛着や住み心地のよさを感じ始めたという声もあるという。
瀧本様は、市民や民間企業が積極的に街づくりに参加することで、行政の役割も変わると語る。
「これからの行政は、従来の役割から、地域のプラットフォーマー、コーディネーターとしての役割に比重が変わってくると思っています。行政が提供できるサービスの多様性には限界があります。民間企業や市民の皆さんとの関わりによって、さまざまなサービスが生まれ、結果、多様なニーズに応えられるようになる。それを促すアプローチが重要だと思っています」
浜松市は、「アジャイル型の街づくり」を掲げ、まずスモールスタートでチャレンジし、トライ&エラーを繰り返すことで変化に強い街づくりを進めている。
瀧本様は、「スマートシティのサービスにおいても、まずはベータ版を作ってPoC (概念実証) を回し、市民の皆さんの反応を見て改善していきたい」と語る。
デジタルの力を最大限に活用し、さまざまなトライアルを共創していく
筆者は、行政とアジャイル開発に相容れないイメージを持っていた。「税金を使っているのに失敗してもいいのか」といった声は上がっていないのだろうか。
「コロナ禍で、行政においても『変化に柔軟に対応しなければならない』という共通認識が生まれています。先が読めない中でプロジェクトを進めるには、大きな投資をして作り込んでダメだったとなるよりは、スモールスタートで検証と改善を重ね、『やっぱりやめよう』と身軽な判断ができることが大事だと思います」(瀧本様)
2021年9月のデジタル庁発足によって、国には自治体のシステムに対する一定の権限が与えられることになった。デジタル庁がスマートシティに及ぼす影響はあるのだろうか。
瀧本様によれば、デジタル庁と自治体との間ではスマートシティに関して活発な情報交換がなされているという。
「実は、デジタル庁の職員と各自治体の職員が共創するためのSlackチャンネルが立ち上がっていて、日々意見交換をしています。デジタル庁の皆さまは、『現場の声を聞かないと本当に使われるサービスは作れない』とお考えくださっています。お互いまだチャレンジ段階ではありますが、とてもいい関係が築けていると思います」
街は少しずつ変わろうとしている。私たち市民はどうか。人とコミュニティがスマートシティの核である以上、サービスを享受するだけではなく、参加しようとする姿勢が欠けてはならない気がした。