DX時代のマネタイズ手法として注目を集める継続利用型のサービスモデル「サブスクリプション」。
そのモデルを2001年から運用し始め、今もなお成長中のサービスがある。創業70年のコンタクトレンズ総合メーカー メニコンが提供する月額定額制の「メルスプラン」だ。サブスクの先駆けとも言える同社が考える“ビジネスモデル変革のカギ”について、ブランド戦略部 吉村良祐様に話を聞いた。
(聞き手はノンフィクションライター 酒井 真弓 さん)
メルスプランの発想は、一人の眼科医から生まれた。今から約20年前、バブル崩壊のあおりを受け、コンタクトレンズ市場に価格破壊が起きた。販売店では価格競争が繰り広げられ、メーカーの利益も減少。性能のよい新製品の開発に難航した。
何よりしわ寄せを受けたのは、コンタクトレンズのユーザーだった。採算の合わない値下げが繰り返されたことで、販売店のサービスレベルは低下し、医療機器としての正しい装用やケアの啓発がおざなりにされるケースが増えた。結果、少し違和感があっても「もったいないから使い続ける」という状況が生まれ、角膜障害が多発してしまったのだ。
いち早く解決に乗り出したのが、当時眼科医として患者と向き合っていた田中英成様 (現メニコン社長) だった。従来の流通構造を根本から見直さなければ、問題は解決しない。そうした中で見出した答えが、「月々定額で視力や目の状態に合った最適なコンタクトレンズを使用できる」という、それまで誰も思いつかなかったユーザー中心のシステムだった。
メルスプランの根底にあるのは、健全な経済サイクルの再構築と、ユーザーにとって安心・安全なコンタクトレンズの追求だ。
結果として、それが新たなビジネスモデルを創造し、2021年12月時点で、約134万人に利用されるサービスへと成長する原動力となった。
2020年12月にスタートしたポータルサイト「Club Menicon」を皮切りに、メニコンはデジタルを活用した新サービスを次々とスタートした。狙いはメルスプランに並ぶユーザーとの長期リレーションの構築だ。
「Club Menicon」は、メニコンユーザー以外も登録可能なポータルサイトだ。YouTuberならぬEYEtuberによる動画コンテンツや、会員向けポイント「MENICOiN」がもらえるキャンペーンなども展開している。メルスプランに入会しているか否かにかかわらず、一人のユーザーに対してさまざまなアプローチが可能になったのである。
「これまでは主に、販売店が顧客接点の役割を果たしてきました。逆に言えば、来店していただかない限りコミュニケーションを始めるきっかけがなかったのです。メルスプラン会員の場合は直接情報を届ける仕組みがありますが、通常購入のお客さま、他社製品をお使いのお客さまには、従来のマス広告でしかメッセージを届けられない、という課題がありました」(吉村様)
顧客データもうまく活用できておらず、例えば、メルスプランを退会したユーザーとは、そこでコミュニケーションが途切れてしまっていた。退会の理由はさまざまだが、「コロナ禍で外出が減り、コンタクトレンズの利用頻度が減った」というケースでは、毎日使うようになれば再入会していただける可能性が高い。
「Club Menicon」に登録しているユーザー向けのポイントサービス「MENICOiN」は、メニコンの商品だけでなく、LINEポイントやWAONポイント、ANAのマイルなど、他社のポイントにも交換できる。この柔軟さはどのような発想で生まれたのだろうか。
「MENICOiN開始前のキャンペーンは画一的でした。お客さまは、コンタクトを使い始めたばかりの方などさまざまであるにもかかわらず、特典は20年間ずっと同じだったのです。そこで、より多くのお客さまのご希望に応えられるよう、特典を変えるべきだと考えました。実は、お客さまが使いやすいポイントに交換できるほうが、キャンペーンを外部告知したときの反応もよいのです。『LINEポイントに交換できるのであれば』と、若いお客さまが選んでくださった、という実績も出ています」(吉村様)
ユーザーとの長期リレーションを構築する上で欠かせないことが、購買後の体験づくりだ。手厚いサポートに加え、さまざまなコミュケーションを通して顧客満足度を高め、口コミの創出にもつなげていきたいという。
また、直接ユーザー接点を持ったことで、メニコンから「ドラッグストアで買い物をするとMENICOiNが付与される」といったキャンペーンを仕掛けることも可能となった。これまで販売店に大きく依存していた集客の流れを、双方向に変えることができる。メルスプランに次ぐ、二度目の流通構造改革だ。
「医療機器を提供しているという性質上、どんな時代になってもリアル店舗の重要度は変わりません。DXの名のもとにただデジタル施策を拡大していくのではなく、顧客のニーズに合わせてリアルとデジタル相互で補完していくようなUXをデザインしていきたいです」(吉村様)
2020年、メニコンは、米国のスタートアップ企業「Mojo Vision」とスマートコンタクトレンズ分野で共同開発していくことを発表した。スマートコンタクトレンズはユーザーの自然な視野の中にAR (拡張現実) を実現する技術。既に実用化されているスマートグラス (眼鏡) を小型化し、人体に装着する夢のデバイスである。
「コンタクトレンズでどこまでできるのか、技術的なハードルは高いと思います。しかし、テクノロジーはものすごいスピードで進化し、私たちの日常も変わっていきます。電車の乗り方一つとってもICカードからスマートフォンへ、スマートフォンからApple Watchへ進化し、好きな場所へ行ける世界が訪れたように、今の私たちには想像もつかないようなことが起こり得るのではないかと。だからこそ、私たちには飛躍した発想が必要だと思っています」(吉村様)
筆者は、アニメ「美少女戦士セーラームーン」を観て育った。水野亜美ちゃんことセーラーマーキュリーは、ARゴーグル (ドラゴンボールでいえばスカウター) のようなアイテムを装着し、敵の弱点を見抜いたり、目標への移動経路などを瞬時に割り出したりする。その姿に憧れを抱いていた。夢見がちな少女はいい大人になり、ゴーグルはスマートコンタクトレンズになった。2社の共同開発によって、筆者もついにセーラーマーキュリーになれるのかと想像すると、ワクワクして仕方がない。
「デジタルを通じてお客さまと直接つながり、メニコンを好きになってもらう努力をしていきたい」、そう吉村様は語る。
インタビュー中、吉村様は何度も「好きになってもらう努力」という言葉を口にした。「新たな価値の創出」でもなく、「顧客エンゲージメントの向上」でもない、その真っ直ぐな言い方が新鮮で、DXの本質を突いているように思えた。