エッジとは“モバイルのすぐそば”という意味になります。5Gの電波を送受信する場所にクラウドを用意し実現します。
電力事業を手掛ける株式会社エナリス (KDDIグループ会社。以下、エナリス) はいま、社会における「再生可能エネルギーの主力電源化」という課題を解決すべく「仮想発電所 (Virtual Power Plant:VPP)」と呼ばれる仕組みの変革に取り組んでいる。
そのための1つのステップとして2021年10月にはau 5GとAmazon Web Services (以下、AWS) のMEC (Multi-access Edge Computing) サービスである「AWS Wavelength」を使った新たなVPPの実証実験をKDDIとともに実施し成果を上げた。
このVPPの取り組みによって何が実現され、電力供給がどう変化するのか。
本プロジェクトのリーダーであるエナリスみらい研究所所長の小林 輝夫 様に話を聞く。
エナリスは2004年の創業以来、発電から電力小売りに至るまで電気のサプライチェーンに関わるサービスを幅広く展開してきた企業だ。KDDIとは2016年に資本・業務提携、2018年にはKDDIが59%、電源開発株式会社が41%を出資してKDDIの子会社となった。また、KDDIがエネルギー事業の強化を目的として2022年4月に設立したauエネルギーホールディングス株式会社へ2022年7月に移管される予定となっている。
エナリスでは「電力小売」「電力需給管理」「電源卸」という3つのコア・コンピタンス (得意分野) とICTとを掛け合わせたプラットフォームを形成し、それを通じて、法人・自治体向けの「エネルギーエージェントサービス」や新電力事業者向けの「電力需給管理サービス/電力卸取引サービス」を展開している。こうしたエナリスのサービスの根底にあるのが、「人とエネルギーの新しい関係を創造し、豊かな未来社会を実現する」というビジョンである。
そのビジョンに則って、いま同社が力を注いでいるのが「あらゆる電力資源を有機的に結びつけてICT技術を有効活用し、効率的で無駄のない再生可能エネルギー主力電源化社会を実現すること」。その中心的な取り組みの一つであるVPPを大きく前進させる一手としてエナリスみらい研究所が注目したのが、au 5GとAWS Wavelengthだ。従来のVPPアーキテクチャを一新し、2022年4月時点で国内初の分散型電源リアルタイム制御に成功している。
VPPとはVirtual Power Plantの略で、太陽光発電や家庭用蓄電池、EV (バッテリー式電気自動車) など、電力ユーザー側が保有する電源 (分散型電源) を体系的に一括制御し、発電量と電力需要量のバランスを適切に保ちながら、安定的な電気供給へとつなげる仕組みである。需要側をコントロールすることによって、発電所を稼働させることと同じ効果を生み出すことから「仮想発電所 (VPP)」と呼ばれている。
「風力発電・太陽光発電といった再生可能エネルギーは発電量が季節・天候に左右されやすく、それを使った電力の安定供給には数多くの分散型電源をVPPで制御して需給の調整をとることが不可欠となります。言い換えれば、VPPの発展と普及が社会における再生可能エネルギーの利用拡大、ひいては主力電源化のカギを握っているということです。その観点から、当社ではかねてからVPPの構築に取り組み、商用化を図ってきました」と、エナリスみらい研究所所長の小林 輝夫 様は説明する。
小林 輝夫 様
エナリスではVPPの実用化に意欲的に取り組み、2016年から2020年まで経済産業省 (以下、経産省) のVPP構築実証事業に参画し、技術開発を推し進めてきた。その中で、2018年には分散型電源制御 (マネジメント) システム「DERMS (Distributed Energy Resources Management System)」を完成させ、2021年4月にはDERMSをSaaSとして提供する「VPPプラットフォームサービス」を始動させている。さらに2021年6月には経産省の「令和3年度 分散型エネルギーリソースの更なる活用に向けた実証事業」でコンソーシアムリーダーとして中心的な役割を担い、KDDIなど16社とともに同事業を推進する体制を築いている。
AWS Wavelengthを使ったVPP (以下、新VPP) 実証実験は、上述した一連の取り組みの延長線上にあるものだ。
同年10月からの2カ月間にわたる実証実験において、従来のVPPを大幅に上回る性能と経済性を発揮した。
新VPPが分散型電源のリアルタイム制御を実現できた最大の理由はau 5GとAWSのMECサービスであるAWS Wavelengthの採用にある。
AWS Wavelengthは、従来のクラウドとは異なり、通信事業者のモバイルネットワーク設備内にあるAWSを利用できるものだ。つまり、5Gネットワーク内に存在するAWSを利用することでインターネットの影響を受けず、低遅延性を実現できる。
そして、使い勝手は従来のAWSと同様で、AWSのマネジメントコンソールを用いてすぐに始めることが可能な上、AWSのクラウド (東京リージョン) ともシームレスに連携できる。つまり、低遅延が必要な機能はAWS Wavelengthにて、その他の機能は東京リージョンにて、というアーキテクチャを取ることが可能だ。
海江田 毅
本サービスのプロダクトマーケティングを担当しているKDDI 5G・IoTサービス企画部の海江田 毅は、AWS Wavelengthの主な用途として、例えば高解像度ビデオのライブ配信や映像のリアルタイム解析、産業機械の自動制御や遠隔制御、自動車の運転支援などに着眼していたが、「VPPの制御に使う」との着想に際し「5Gの新しいユースケースは常に現場から生まれてくる」と振り返った。
ではなぜ、小林様はAWS Wavelengthの採用に踏み切ったのか──
一つは周囲と同じことをせず、革新的な新技術を次々に取り入れてチャレンジすることが小林様のモットーであり、みらい研究所の文化でもあるからだ。加えて、エナリスは「“当たり前”を変革する」というイノベーションを自社の存在意義 (アイデンティティ) として掲げる会社でもある。
「R&D(研究開発組織)が保守的であってはなりません。常に3年先、あるいは5年先を見据えながら、イノベーションにつながる新しい何かを探し続ける必要があります」(小林様)
さらに、AWS Wavelengthであればハイパフォーマンスで経済性に優れたVPPが構築できるとの確信もあった。
「VPPの実用化の段階では、数千、数万レベルの分散型電源をアグリゲートして (集めて) 、高速かつ適切に制御しなければなりません。それにはクラウドの一極集中モデルではなく、エッジコンピューティングモデルの採用が必須です。従来の制御端末側にエッジ機能を持たせる方法では、計算処理するアーキテクチャや、高機能なデバイスの台数が増えることにより運用コストが大きく膨らんでしまうからです。そこで、通信事業者などのネットワークエッジにて計算処理するプラットフォームが必要で、AWS Wavelengthはそのニーズにピタリと合致しました。多数のデバイスとの通信を低遅延で処理できるAWS Wavelengthは、VPPにとって理想的なエッジ環境になると考えたのです」(小林様)
こうした考えに基づき、エナリスではVPPの構成を図2のように改めた。
従来のVPPでは、個々の分散型電源に対して端末側は専用のエッジ (高機能IoT機器) を配備する構成を採用していた。それに対して新VPPでは、専用エッジの機能をAWS Wavelengthに移行させ、端末側は汎用の5Gルーターに変更し、高機能IoT機器で行っていた計算処理はすべてAWS Wavelength側にて行っている。また、AWS Wavelengthには、前述したDERMSに担わせてきた制御処理の一部も移行させている。
この構成の新VPPで実証実験に臨んだところ、以下のような優れた結果が得られた。
① 周波数制御の技術要件「計測周期0.1秒以下」を平均0.05秒という数字で達成できたほか、通信処理時間の揺らぎも小さく抑えられ、低遅延で安定的な応答性が実現された。
② 同一エリア内の複数の分散型電源 (家庭用蓄電池) を群制御する「エリア協調制御」の周期を従来の60秒から1秒に大幅短縮しリアルタイム制御を実現した。
これらの結果の意味について、小林様は次のような説明を加える。
「周波数制御にしても、リアルタイムのエリア協調制御についても、分散型電源による安定的な電力供給には欠かせないものです。すなわち、今回の実証実験を通じて、au 5GとAWS Wavelengthを用いて多数の分散型電源を扱う当社VPPが、電力の安定供給に貢献できることが確認できたということです」
またこの結果は、VPPの展開・運用に高機能IoT機器が不要となり、数千、数万の分散型電源をアグリゲートするためのコストが引き下げられることも意味する。
「アグリゲートのコストが引き下げられれば、VPPが供給する電力をより安価に使える可能性が広がります。今後、5Gルーターの普及が進み、製品の低価格化が進展すれば、さらなるコスト削減効果が期待できます」(小林様)
2022年4月1日、経産省による特定卸供給事業 (アグリゲーター) 制度 (注) がスタートを切り、エナリスは即座に申請、受理された。これにより同社は日本第1号の公認アグリゲーターになった。
これを1つの節目としながら、これからもVPPを通じた分散型電源のエネルギーサプライチェーンへの取り込みに力を注ぎ、再生可能エネルギーの利用拡大を促進していく構えだ。
「日本のエネルギー問題という社会課題に対して真正面から向き合い、真摯に取り組まれているエナリスは素晴らしい企業とリスペクトしています。次の世代のために、カーボンニュートラルな社会づくりに向けて共にチャレンジしていけるよう、KDDIは通信プラットフォームの側面から全力でご支援していきたいです」(海江田)
この言葉を受け、小林様はこう話を締めくくる。
「仮想発電所 (VPP) から供給される電力は、当面の間、既存の供給電力の不足を補完するものとして使われると思います。ただし、技術的には多数の分散型電源を束ねて大きな発電所を仮想的に作り上げ、リアルな発電所と同じように安定した電力供給を行っていくことは可能です。VPPの働きによって、いずれは再生可能エネルギーが社会の主力電源になることを望んでいます」