日本企業のデジタル化・事業創造を後押しするための研究開発拠点として、複数の有名企業と世界有数の大学の連携により2016年に設立された、デジタルビジネスイノベーションセンター (DBIC)。DXという言葉の登場以前から、その重要性を啓蒙し続けてきた。DBICが昨年発表した提言によると、DX推進のためには「信頼にもとづく」「フラットな組織」が重要であるという。その詳細や、いま組織に求められる変革の方向性について、DBIC代表の 横塚 裕志 様に話を伺った。
――DBICでは、挑戦しやすいオープンな組織を生み出すうえで「フラットな組織づくり」の重要性を謳われています。そもそも組織でフラットな関係とは、どのような状態でしょうか。
横塚様 ここでいう「フラットな組織」とは、組織図を描いたときに「上下階層がないこと」を意味するわけではありません。上司と部下が対等な関係を築き、心理的安全性が保たれた環境でディスカッションできる、という状態を意味します。そのうえで、現場担当者が意思決定権を持ち、リーダーや経営層は企業の進むべき方向性を示す。そんな企業文化の醸成こそが重要です。
VUCA (注1) といわれる先の見えない現代において、従来のやり方が通用しないことも増えてきています。あらかじめ用意した戦略が的外れになりがちな時代、とも言えるでしょう。このような状況で求められるのは、まず行動を起こしてお客さまからの反応を確認し、それに応じて軌道修正していく「アジャイル型の企業経営」です。
横塚 裕志 様
そのためには、顧客の吐息や鼓動を間近で感じられる現場担当者こそが、意思決定をする必要があります。リーダーや経営層は、現場に意思決定を委ね、自らは企業としてのミッションやビジョンを発信し、企業の進むべき方向性を示すことが大切です。
――フラットな組織であることは、多くの企業が抱える「DXにまつわる課題」の解決に寄与するのでしょうか。
横塚様 DXを推進するうえで、組織がフラットな状況であることは欠かせません。加えて、現代の経営全般においても必須条件といえます。私が所属するDBICでは、DXの必要性が叫ばれる以前から企業におけるデジタル活用の重要性に注目し、そのための調査研究を行ってきました。
参考にしている指標の一つに「世界競争力ランキング (注2) 」があります。これは、スイスのビジネススクール「IMD」が毎年発表している調査結果で、64の国と地域を対象に、「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の4視点で評価を行い、これらを総合した順位が出されています。
2021年6月に公表されたデータにおいて、日本は31位と低迷しており、上位にはスイス、スウェーデン、デンマーク、シンガポールといった国々がランクインしています。例えば、3位のデンマークでは、5週間もの長期休暇があり、毎日16時には仕事が終わるにもかかわらず、年収平均が日本の1.5倍にも上るのです。
――労働時間が格段に短いにも関わらず、生産性が高いのですね。
横塚様 そうなのです。日本企業の生産性向上のためのエッセンスを学びたい、という課題意識のもと、この上位4カ国の大使館員や企業に話を伺いました。すると、4カ国の大使館員や企業担当者の話から、重要なキーワードが浮かび上がったのです。その一つが「フラットな組織であること」でした。
――なぜ、フラットな組織が重要なのでしょうか。
横塚様 持続可能な企業経営のために必要だからです。これら4カ国では、もともと人口が少なく人的資源が貴重でした。
そのため、限られた人手のなかで事業を継続しつつ、「いかに生産性を向上させるか」といった課題に長年取り組んできています。その取り組みの中で「信頼にもとづくフラットな組織」にたどり着いたのではないでしょうか。結果として、現状の生産性の高さを誇っているのです。
DXでは、「デジタルを活用すること」と「VUCAの時代にフィットした組織に変革していくこと」の両面が求められます。
そのため、事業運営の一部をデジタルに置き換えれば済む、というだけでは問題解決には至りません。先の4カ国が長年課題に取り組んできたように、10年、20年という長期的な視点で、企業の文化・組織を変えていく意識が必要なのです。
――フラットな組織を形成するために必要な要素を教えてください。
横塚様 フラットな組織を成立させるためには、まず「信頼」が大切です。4つの国の方々も、まず「信頼」と語ります。上司と部下、経営者と従業員、また企業と市民など、さまざまな関係のなかに「信頼」を築く必要があります。その「信頼」を築くために重要なことは「従業員や市民の人間性を尊重すること」です。そのうえで、個々人の長所をよくみて、深い対話をしながら仕事を任せていくのです。また、信頼関係を築くためには、従業員一人ひとりの自立も必要です。個々人が自立して物事を判断できれば、権限を現場に移譲しても、混乱は少ないでしょう。しかし、残念ながら日本の多くの企業の従業員は、あまり自立しているとは言えません。
そこで、従業員に自分自身と向き合ってもらい、「どんな人生を送りたいか」「仕事とどう付き合っていくか」などを考えることで、個々人が主体性を取り戻していく、という体験と一定の時間が必要になってきます。それにより、社会課題への関心や企業活動への積極性も高まり、新しい価値創造が現場から生まれるなど、企業活動にもよい影響を与えてくれるようになるでしょう。
――フラットな組織を目指すうえでのリーダーの心得について教えてください。
横塚様 まずは、リーダーや経営層が「従来のピラミッド型の文化では今後、世界に太刀打ちできない」という危機感を持つこと。それがDXを進めるうえでも、フラットな組織づくりのためにも、重要だと思います。
仮に、デンマークのように年収を1.5倍にするのであれば、1.5倍の生産性向上が求められます。今のやり方では、それは実現できませんよね。安定した長期休暇を設けたり、残業をなくしたり、従業員が働きやすい環境をつくりたいと思うこと。今のままではまずいという危機意識が必要です。その危機感が企業を変革したという想いになります。そして、そのための変革のキーが「フラットな組織づくり」だと思うのです。
――最後に、経営者や部門のリーダーがいま最優先で取り組むべきことを教えてください。
横塚様 やはり、従業員一人ひとりの自立を促す取り組みです。自社という洞窟の中にいるだけでは、社会の課題など目に入ってきません。社外に出て自己変容のためのトレーニングに取り組んだり、スタートアップに出向したり、自分の人生を考えてみる時間が有効です。
加えて、社内文化の変革も重要です。リーダーや経営層が情報を自分の中に溜めこむのではなく、誰もが見ることのできるオープンな環境に情報を出していくこと。それが変革のきっかけづくりになります。上司も部下も同じ情報を見て対等に対話してみると、世界が大きく広がると思います。会社には「会議の時間」はあるのですが「対話の時間」がないのです。
このように経営者が意識を変えて変革を進めることで、日本でも組織の風土が変わり、不透明な時代も乗り越える創造性が発揮されていくはず。それこそがDXを推し進める突破口になっていきます。