サステナブルであることが強く求められる時代にあって、新たなスタンダードとなりつつある経営スタイルがある。自社発の強い想いを基点に社会課題の解決をはかる、「パーパス経営」だ。パーパス経営は日本企業の価値を高め、グローバル市場で大きな躍進を遂げるための原動力にもなり得る。「パーパス経営 : 30年先の視点から現在を捉える」 (東洋経済新報社) の著書をもつ経営学者 名和 高司 様に、その真髄を聞いた。
――まず初めに、パーパス経営とは何なのか、教えてください。
名和様 「企業の内側から出てくる強い思い」を基軸に置いた経営スタイルです。パーパス (Purpose) は目的や存在価値という意味ですが、ここでは「志」の意にも近いので、私はパーパス経営を「志本経営」とも呼んでいます。
――なぜ今、パーパス経営が世界的に注目されているのでしょうか。
名和様 端的にいえば、市場から求められているからです。
今や環境や社会に悪い影響を及ぼしている企業は、
お客さま、人財、金融など何れの市場からもそっぽを向かれてしまいます。
とはいえ、ただサステナビリティや社会課題の解決をうたうだけでは、なかなか選ばれる理由にはなりません。
それだけでは現代企業としての存在資格を得ただけにすぎないのです。
名和 高司 様
――なぜ、それだけでは市場から選ばれないのでしょうか。
名和様 金融市場で考えるとわかりやすいでしょう。最近は「ESG投資 (注1) 」が世界的に広まっていますね。しかし、ESGはあくまでも「これにきちんと取り組まない企業は投資先としてリスクがある」ということを示すものであり、決してESGの観点で企業価値を大きく高められるわけではないのです。
それどころかESGをうたいながらも実態が伴わないと、「ESGウォッシング」といわれてしまい、かえって企業価値を損なってしまいます。一方、もし本気でESGに取り組むとなると、どうしても投資やコストが先行することになります。したがって、ESGに本気で取り組もうとした場合にも、投資に対する説明やその効果がきちんと説明できなければ企業価値を減損しかねません。
――サステナビリティや社会貢献を打ち出しながら、お客さまからも働き手からも金融市場からも選ばれるためには、どうすればよいのでしょうか。
名和様 その企業が本気で成し遂げたいと思う、その企業ならではの「パーパス=志」を打ち立てることです。
自社が心からやりたいと思うこと、自社だからこそできることを通して、社会課題を解決する。内発的に生まれた強い想いを軸にするからこそ、社会的な評価も、事業としての利益も高めることができるのです。
――パーパス経営をうまく実践している日本企業に、何か共通する点はありますか。
名和様 欧米と比較すると、「自分ごと」色の強いパーパスを掲げる企業が多く見受けられます。日本のパーパス経営の先行事例では、17のゴール (注2) に当てはまらない「独自のゴール」をパーパスに設定している企業が多い。いうなれば「18番目のゴール」です。
例えば、日本の伝統工芸に携わっていたある企業は、社長の代替わりを機に、「日本の伝統工芸を元気にする」といったパーパスを新たに掲げました。ここで背景にあった想いが「本当にやりたいことは、自社製品を売るだけでなく、日本工芸の匠の技を
守り、世界に広げていくことだ」というものです。
そこから同社はSPA (製造小売業) に業態を変え、日本全国の工芸会社に足を運び、現代の生活に合うような工芸品へ修正を
加える、いわゆるコンサルティングに近い活動を行うようになります。そして意匠を新たにした工芸品を、自社のショップで
販売
するわけです。
こうして同社の事業によって各地の工房が潤うことで、自社も利益が出るビジネスモデルが発展していきました。結果として社長の代替わり後の15年間で、会社の売り上げは10倍以上になりました。
――同社が「自社の工芸製品の製造」から「日本の工芸を広げる」へと視座を上げたように、よいパーパスを生むにはメタ (注3) の視点を持つことが一つの方法になるのでしょうか。
名和様 そのとおりです。ただし、やみくもに視座を上げればいいのではなく、自社の原点やアイデンティティを起点とし、
そこから「本質は何か?」と視座を上げることが大切です。
――とはいえ、やはり「社会への貢献」と「会社の利益を上げること」の両立は、容易ではありません。企業は何から着手すればよいのでしょうか。
名和様 ぜひ意識したいのが「三方良し」の考え方です。「売り手良し、買い手良し、世間良し」という近江商人の心得ですね。実は、この順番が非常に重要なのです。まずは、社員やサプライヤーも含めた「売り手」が、熱い想いを持って新しい価値を
作ること。全てはそこから始まります。
売り手側にそうした熱い想いがあるからこそ、お客さまの共感を呼び起こし、ファンが増え、結果的に多くの人の課題が
解決
され、社会や株主も喜ぶわけです。
いわゆるマーケットイン (注4) とも違うし、プロダクトアウト (注5) とも違う。私はこれを「マーケットアウト」と呼んでいます。
新しい社会をお客さまと一緒に作ること。そして、自分たちが本当にやりたいことを通して、潜在的なニーズを掘り起こすイメージです。
――パーパス経営を成功させるための「パーパス」の要件はなんでしょうか。
名和様 まずはこれまで述べてきたように、外から与えられた課題ではなく、自身の内側から発した想いであること。
そのうえで、「ワクワク」「ならでは」「できる!」の3要件を満たすことがポイントになります。
新しくて世の役に立つものでなければ「ワクワク」は生まれないし、「ならでは」でなければ自社でやる意味がないし、差別化
できない。そして、あまりに現実離れしたものでは、自分ごとにできません。
実はこの3つ全てを満たすことはなかなか難しく、実際に企業が掲げている理念やミッションなどは、いずれかの要件に引っかかるものがほとんどです。だからこそ、逆にこの3つを満たすパーパスを生み出せれば、いかなる時も進むべき方向を示して導く
「北極星」のような存在になってくれます。
――最後に、パーパス経営を目指す日本企業に向け、メッセージをください。
名和様 もともと日本には、先ほどの「三方良し」や、「志、和、共感」を重視するビジネスモデルなど、まさにサステナビリティといえる考え方がDNAとして根付いています。いうなれば、現代のサステナビリティの嵐は、日本企業にとってはものすごいフォローの風でもあるのです。ぜひ日本企業には、無二の「志」を胸に、世界の先頭に立っていただきたいと思います。