2019年、KDDIの人事部門から独立して設立されたKDDIラーニング。KDDIグループを対象とする人材育成・教育支援の研修を企画するほか、グループ外の企業も受け入れる宿泊対応型研修施設「LINK FOREST」(リンクフォレスト) の運営にも取り組んでいる。設立からおよそ3年、コロナ禍を契機に普及したリモートワークや企業から注目を集めるジョブ型人事制度など、人材育成を取り巻く環境は絶えず変化してきた。いま、人材育成には何が求められているのか。同社の代表取締役社長 松野 茂樹 氏に話を聞いた。
企業のデジタル化が急速に進み、DXがビジネスに与える影響は年々大きくなっている。その一方、最先端のテクノロジーを活用できるデジタル人材は不足しており、各企業においてもDX時代を見据えた人材育成が喫緊の課題となっている。
その課題解決をリードするべく、2019年に設立されたのが「KDDIラーニング」である。KDDIグループの100%子会社で、人材育成・教育支援を事業の柱に据える。同社の代表取締役社⻑ 松野茂樹氏は、設立の経緯をこう振り返る。
「KDDIの人材育成部門がひとつの事業として独立し、新たに設立されたのがKDDIラーニングです。当時は国内におけるDXの黎明期で、ビジネスの在り方が大きく変わろうとしていました。今後、デジタル技術を活用した新事業やサービスのニーズが高まっていくのは明白です。そうした状況の中で導き出されたキーワードが『時代に求められる人材育成』。
それがKDDIラーニングの出発点になっています」
松野 茂樹 氏
2020年4月、KDDIラーニングは、同社が運営する宿泊対応型研修施設「LINK FOREST」のグランドオープンにあわせて事業を本格始動。KDDIで積み重ねた人材育成のノウハウをさらにブラッシュアップさせてサービスを展開する。
例えば、教育研修事業では学習管理システムを通じたEラーニングやソーシャルラーニング、リモート研修などを提供。受講者の知識やスキルレベルに合わせたさまざまな学習コンテンツを用意している。
「KDDI社員が身に着けてきたDXやデジタル技術のノウハウを体系的に洗い出して、人材育成サービスに投影できるよう試行錯誤を繰り返しています。既存のノウハウのメリットを残しつつ、新たな要素を加えて、より効率的にスキルアップを図っています」(松野氏)
教育研修事業では、DX基礎スキルや課題解決・コミュニケーションスキルなどビジネスを実行していく上でベースとなるポータブルスキル研修、自身のキャリアを考えるキャリアプログラム、組織の活性化を推進するための組織活性化プログラムなどを提供している。
松野氏は「ポータブルスキル」が人材育成の根幹であり、ときにはデジタルスキル以上に重要だと分析。Eラーニングを活用した知識のインプットによって定期的にデジタルスキルを更新しながら、「ポータブルスキル」研修によって思考力を段階的に高めていくことの重要性を語る。
「先述した通り、今後はこれまで規範とされてきたロールモデルの多くが通用しなくなるでしょう。目まぐるしく変化するビジネス環境に順応していくためには、事業者も常に変化していかなくてはなりません。その推進力となるのがポータブルスキルなのです。弊社がDX基礎や課題解決、コミュニケーションといったポータブルスキル獲得に向けた研修を積極的に提案しているのもそのためです」
コロナ禍によって普及したリモートワークは、物理的な距離の制限を取り払い、働き方の多様化へとつながった。
しかし、リモートワークの長期化により、社内コミュニケーションが希薄になる弊害も生まれた。それにともない、人事担当者が従業員の勤務態度を把握することが困難になり、各企業で評価制度の在り方が見直されつつある。
そこで、KDDIラーニングが打開策のひとつとして提案するのが「ストレングスファインダー研修」である。この研修を通じて、受講者は自身の強みや得意分野を客観的に分析。取得した分析結果は自分自身の適性を知るだけでなく、上司や同僚とのコミュニケーションにも活用され、社員の育成、チームビルディングやエンゲージメント向上などに有効活用される。
「リモートワークの導入が進むことで、上司が部下と直接顔を合わせる機会は以前と比べて大分少なくなりました。グループリーダーならまだしも、一階層上の中堅職となると、なおさら部下のことを日常の接点で知ることは難しくなります。
しかし、限られた時間のなかで早急に部下を理解しようとするのは危険です。評価を見誤らないためにも、ストレングスファインダーで得られるような分析は効果的に活用していくべきです」(松野氏)
こうした考え方の背景には、KDDIが2020年から推進している「KDDI版ジョブ型人事制度」がある。働いた時間ではなく成果・挑戦・能力の評価を処遇に反映することを目的としており、各社員の職務領域もより一層明確になる。
「KDDIのみならず、リモートワークの浸透とともにジョブ型人事制度に関心を寄せる企業も増えてきました。優れた人材の活躍を後押しし、社外への流出を防ぐためには人事部門のアップデートも欠かせません」(松野氏)
KDDIラーニングが運営を担っている「LINK FOREST」は、京王電鉄・小田急電鉄の多摩センター駅から徒歩10分の距離に立地。
コンセプトに掲げるのは「五感を刺激する学びの場」。延床面積24,780㎡、地上7階建ての建物は最大約1,500名を収容できる
大ホールや10名から数百名程度まで利用できる研修室、181室の宿泊室などを擁している。
KDDIグループにとどまらず、グループ外の企業の日帰り研修・宿泊研修が行われているほか、式典や催事の会場としても活用されている。
設計にあたっては、柔軟な発想を生み出すための仕掛けが随所に散りばめられた。
施設中央部に中庭を設け、それを囲む形で研修室を配置した空間構成は、海外の伝統ある大学等の建築にならったもの。見える景色を内側に向けることで、集まる人たちの仲間意識が生まれやすい空間になっているという。
また、屋内に限らず、中庭やバルコニーなどにコミュニケーションスペースを設置。研修生たちはくつろげる空間で、親睦を深めることができる。
「コミュニケーションスペースでは、カリキュラムから離れた非公式のコミュニケーションが可能になります。同僚たちと直接顔を合わせる機会が減ったこともあり、こうした環境を重視するお客さまが増えています」(松野氏)
都心から最寄りの多摩センター駅へは、電車で60~90分程度。あまり移動時間がかかりすぎない範囲で、オフィスから一定の距離をとり、非日常の空間に身を置くことも研修を進めるうえで重要なのだという。
「これは東京に拠点を置く企業を前提とした話ですが、本社から30分程度でアクセスできる研修施設だと、研修生が研修後に帰社できてしまいます。そうなると帰社した途端に通常業務のモードに頭が切り替わってしまい、せっかく研修で得た知識を振り返る時間が失われてしまう。我々は、都心から適度に離れた環境に滞在することが、より高い研修効果を生むのだと考えています」
(松野氏)
これまでKDDIラーニングの企画開発力は、主にKDDIグループに向けて発揮されてきた。
しかし、今後は積み重ねてきた知見やノウハウをグループ外の企業に向けても提供していく予定だという。
「以前からお客さまより、KDDIで導入されている研修を我が社にも、という問い合わせをいただいております。KDDIは通信事業以外にも金融やエネルギーといった分野にまで部門を広げています。それだけにさまざまな業態・業種のお客さまに寄り添った研修をご提案できます」(松野氏)
KDDIから独立しておよそ3年、さまざまな社会変化を乗り越えて新たな領域を目指すKDDIラーニング。
今後、どのような飛躍を見せるのか注目したい。