DXへの取り組みは、多くの企業で進められている。しかし、DXと両輪をなして実施されるべき「CX=キャリアトランスフォーメーション」に関しては、十分に実施されているとは言い難い。そのような中、多くの企業のキャリア戦略室や人事部と協働しながら、日本企業に競争力を取り戻すためのCXを進めているのが、法政大学 キャリアデザイン学部の 田中 研之輔 教授だ。同教授に、いま求められているCXがどのような概念で、企業はどう取り組むべきなのか、話を伺った。
――近年、企業の人材にまつわる課題が急速にクローズアップされています。この背景にあるキャリアの問題とは、どのようなものでしょうか。
田中様 端的にいえば、従来からある「組織内キャリア
(企業内キャリア) 」の限界が明らかになってきたことです。
若手世代においては、「自分の将来のキャリアが見えない」と悩みを抱えています。ミドル世代においては、古い組織内キャリアから脱却できず、不活性化していることが多い傾向にあります。そして50代中盤以降の世代では、役職を外れた「ポストオフ」後のモチベーション低下が問題視されています。
これらは総じて、「キャリア戦略不在」の問題だといえます。
田中 研之輔 様
――田中教授は早くから、DX時代にこそ「自律型キャリア」が重要であると述べられていました。それはなぜなのでしょうか。
田中様 2019年ごろ、財界の要人から続々と、終身雇用の維持が難しくなっているという発言がありました。終身雇用が制度疲労を起こしていることは明らかでしょう。
その一方、DXの重要性も高まり続けています。拍車をかけたのが、昨今のコロナ禍です。事業構造や働き方を変えなくては、企業が市場を生き残ることも難しくなってきたのです。
DXはビジネスモデルの本質を変革するものであるため、働く人のキャリア設計にも変化が求められます。このキャリア制度やキャリア観の全体的な見直しが、CX (キャリアトランスフォーメーション) です。ですから、DXとCXは、両輪で進めなければなりません。
CXの柱となるのが、会社主導で閉鎖的になりがちな「組織内キャリア」から、働く人が主体的にキャリアを選ぶ「自律型
キャリア」への変革です。CXを並行して実施し、人材を活性化させることにより、本当の意味でトランスフォーメーションが実現し、企業競争力の強化に結びつきます。
これからは、DXとCXの両輪で進められない企業からは、優秀な人材がどんどん流出していくでしょう。特に30歳以下の若い世代は、「組織内キャリア」しか用意されていない会社からは逃げ出す、あるいはそもそも就職の際に選ばないという傾向が顕著です。
――DXとは異なり、CXの必要性はまだまだ認識されていないようにも思えます。
田中様 上場企業全体でも、CXに取り組む企業は2~3割程度でしょう。ただし、今後は急速に変わるはずです。その理由は簡単で、CXに取り組まない企業には優秀な人材が集まらないようになり、競争力が低下するからです。やがて多くの企業が、否応なしにCXへ取り組まざるを得なくなるでしょう。
既に上場企業の中でもトップクラスの企業では、強い危機感を持ってCXが進められています。私自身、上場企業のトップ20企業のうち、約6割の企業においてCXに関するコンサルティングや研修などをお手伝いさせてもらっています。
――経済産業省が2020年9月に公表して話題を呼んだ「人材版伊藤レポート」では、「人的資本経営」が重要な概念になっています。こうした考え方とも関連性があるのでしょうか。
田中様 人的資本という概念には、企業が持続的な競争力を持ち続けるためには、人材に成長してもらわなければならない、という意識がはっきり表れています。
人材がただの “資源” ではなく、“資本” であるなら企業が投資をすることにより成長し、価値が増大していきます。これが、自律型キャリアへの転換が求められている理由の一つです。
――人的資本投資やCXを進める上でのポイントはなんでしょうか。
田中様 経営トップレベルの課題として「キャリア戦略」を策定・実施する体制を作ることです。一般的には、経営戦略の下に事業戦略が位置付けられます。その事業戦略と並んでキャリア戦略を策定するのです。つまり経営戦略を頂点とし、事業戦略、キャリア戦略を左右に備えた三角形の構図をつくり、これらを相互に関連させて戦略をつくり上げるイメージです。
当然、中期経営計画にもキャリア戦略目標を記載する必要があるでしょう。事業戦略目標と並んでキャリア戦略目標も、その進捗を定量的に計測、公表すべきです。ISO30414に規定された「人的資本の情報開示」も同時に進める必要があります。
これらを、トップダウンかつ組織的に推進していくことが、CXを進める上でのポイントです。
――キャリア戦略の具体的な施策例としては、どんなものがあるのでしょうか。
田中様 企業によってさまざまですが、例えば、キャリアオーナーシップの考え方を学んでもらうためのオンラインセッションの導入が考えられます。また、リスキリングやアップスキリングのためのeラーニングプログラム導入も有効です。
既存のルートとは異なるキャリアパスを生み出すために、ジョブチャレンジ、社内公募制といった社内 “複業” を行っている例もあります。もちろん、個人の副業を認めるということもあります。
――CXを実施することで、どのようなポジティブな変化が生じるのでしょうか。
田中様 個人のキャリアをトータルで捉えて数値化する
「キャリア資産」という考え方があるのですが、例えば複業 (副業) を推進すると、その数値が上がることがわかっています。そして、そのことが本業のパフォーマンス向上にも結びつきます。
また、自律型キャリアの導入で、働き手の会社に対するエンゲージメントが上がる傾向にあります。「自律型キャリアに変えると離職が増えるのでは」という誤解がよくありますが、実は逆で、結果的にリテンション率が上がるのです。
そのためには、会社のパーパスと個人の成長ビジョンとがリンクできる制度や施策が必要です。それがうまくいけば、自律的・主体的に働いている人の方が、与えられたキャリアを押しつけられている人よりも、高いパフォーマンスを発揮してくれるでしょう。
――最後に、人材課題の解決に向けて取り組みを始める企業に向けて、メッセージをお願いします。
田中様 SDGsという概念が広く普及していますが、私はそれをもじって、これから重要になるのは「SDCs=サスティナブル・ディベロップメント・キャリアズ」と話すようにしています。自律型に振り切ったキャリア開発を実施する企業は、結果的に経営成績も上がり、社員も幸せになります。
ただし、CXもその実現のためには、経営トップの決断と果敢な実行が必要です。ぜひDXとCXの両輪で、持続的な競争力の礎を築いてほしいと思います。