2015年、国連サミットで「SDGs (持続可能な開発目標)」が採択され、日本の企業経営においてもESG (環境、社会、ガバナンス) への考慮が求められるようになった。このような時代に、企業はどのような戦略で持続可能な経営を実現すべきか。元上智大学地球環境学研究科教授で「環境金融」の研究を行う、一般社団法人環境金融研究機構 代表理事 藤井 良広 様に話を聞いた。
――藤井様は、企業経営のために「環境金融」の考え方を取り入れることが重要であると訴えられてきました。
そもそも「環境金融」というのは、どのようなものでしょうか。
藤井様 環境金融は、文字通り「環境」と「金融」とが融合した概念で、「Environmental Finance」という英語を日本語に訳したものです。これまで、事業活動が自然環境に悪い影響を及ぼすリスクや、企業が環境負荷の軽減にかけるコストは「非財務要因」に分類され、財務的な評価がなされてきませんでした。しかし、この環境リスクや環境コストを、金融的に評価し「価格付け」を行って自社の企業価値評価に、さらには経済社会全体に取り込むことが、環境金融の基本的な考え方です。
藤井 良広 様
金融機関が投融資に際して評価するリスクは、取引先の「信用リスク」、マーケットの動向などによる「市場リスク」、資金繰りの枯渇などによる「流動性リスク」などです。同様に環境面の問題が事業に及ぼす影響もこれらのリスクに換算できれば、投融資先の企業評価に際して、環境リスクへのファイナンスも可能になると考えられます。
そのように環境リスクを金融的リスクに置き換えて企業を評価していくのが「環境金融」です。
気候変動や環境汚染などが事業経営に及ぼす影響は今や看過できず、投資家や金融機関が企業の環境への対応を評価する傾向は、確実に強まっています。これまで、環境への取り組みには十分な資金の流れがありませんでした。しかし、環境リスクを金融的リスクとして評価できれば、新たな資金を流入させることができます。
例えば、再生可能エネルギー事業への投資は環境金融施策の一つといえますが、そういった環境負荷が少ない事業を支援すれば、再生エネルギーによる電力収入に加えて、環境対応の先進的な姿勢を市場から評価され、新たな収益の機会も得られます。環境のリスクマネジメントへ早期に取り組むことは、新たなビジネスにつながります。
このように環境金融を実現していくことが経済と環境の両面でメリットを生むのです。
――藤井様は「環境金融」の研究を通じて、企業価値を持続的に高める上での「非財務要因」の重要性を述べられています。
なぜ、環境のような「非財務要因」の重要性が高まっているのでしょうか。
藤井様 「非財務要因」とは、これまで経済社会での評価の枠から外れて、財務上考慮されてこなかったさまざまな要因を指します。環境問題もその一つです。日本で公害が社会問題となった1970年代、世界的にもストックホルムで国連人間環境会議が開催され、環境問題は国際社会全体の課題として議論されました。
以降、環境汚染はグローバル課題として、予断を許さない状況だという認識が各国間で共有され、2006年には「責任投資原則 (PRI)」のなかで、投資判断をする際の新たな観点としてESG評価が提唱されました。2015年には「SDGs」が国連サミットで採択され、環境問題に加え社会問題にも国際社会全体で取り組んでいく姿勢が明確になりました。
現在は、環境要因に対する制度設計が始動し、各国共通のルールづくりが本格化しているところです。これまで財務諸表での記載がなかったCO2排出量についても、開示が義務化される予定です。さらに生物多様性や水資源、サーキュラー・エコノミーなど多様な環境分野の財務的評価も進んでいくとされています。
もちろん、環境リスクの制度設計はまだ十分ではありませんが、どのように金融的評価をつけていくのかという点で、大きな転換点を迎えています。企業は今まさに、これらの動きに対応していくことが求められているのです。
――環境リスクへの備えや環境コストの評価を得ることが、企業価値を高めることにつながるのですね。
藤井様 当然ながら、企業にとって収益は重要です。しかし、収益を維持し続ける持続可能な経営には環境や社会保全とのバランスが必要です。自らの環境負荷と社会全体の環境負荷の軽減に向けた事業転換と貢献が迫られている状況です。
ただ、企業が環境事業に取り組んでも、そこに金融機関からの投融資がなされなければ、事業者は自らの資本を投入することになります。すると事業展開が限定的となり、十分な環境負荷軽減につながらない恐れも出てきます。
一方、環境要因の金融的評価がきちんとしている企業は、市場からの評判も上がって投資や融資を呼び込み、さらに質のいい人材も集まりやすくなる期待もあります。
つまり、企業経営において必要な環境リスクを評価し、そのコストを払いながら収益性を高めていくことが求められているのです。従来は、企業が環境問題に取り組んでも、収益につながりにくい状況でした。
しかし、環境リスクを定量化することで、市場資金を環境保全事業に流入させ、経済活動につなげることを目指す動きになっています。同時に環境負荷に対する規制も導入することで、企業の環境への取り組みが促進されていくのです。
――環境リスク定量化に関する、具体的な取り組みについて教えてください。
藤井様 CO2をはじめとする温室効果ガス (GreenHouse Gas) は、排出量の測定ができるので、定量化の足がかりとなっています。現在、GHGプロトコルイニシアチブという国際団体が、温室効果ガスの排出量の算定と報告に関する国際基準「GHGプロトコル」を整備しています。
このルールに則って、企業は温室効果ガスの排出量を測り、削減のための設備投資などにつなげます。生産活動 (Scope1) や光熱費の使用 (Scope2) だけでなく、取引先や製品使用時などサプライチェーン全体の排出量 (Scope3) についても、開示が求められているのです。
これにより、サプライチェーンの中心にいる主要企業が、サプライヤーに対しても環境負荷をかけない経営を求めていくことになります。つまり、環境コストに配慮しないサプライヤー企業は、次第にサプライチェーンから排除されるわけです。
このように、市場取引にも環境配慮が求められることで、企業は市場競争の原理から排除されないために、環境負荷の軽減に取り組むよう促されていきます。
――企業経営において、環境に配慮した取り組みには、どのように対応していけばよいでしょうか。
藤井様 対応の第一歩は、株主以外のステークホルダーとも向き合うことだと思います。
例えば、消費者は「よいものをできるだけ安く買いたい」という意識を持っていますが、一方で「安ければなんでもいい」というわけではありません。もしも売っている製品が社会的課題を引き起こしているとしたら、次第に消費者から見放されるでしょう。
持続可能な社会への対応は、消費者にとっての「好み」となりつつあるのです。