ここ数年で急速に社会へ浸透した「SDGs」。今やSDGsは、企業の経営戦略と不可分の存在だ。
ただし、その取り組みへの向き合い方は、企業によって大きく異なる。果たして事業を真にサステナブルなものにするためには、どのようなアクションが必要なのだろうか。
日本のSDGsの第一人者である蟹江 憲史 教授と、KDDI サステナビリティ経営推進本部 山下 和保に、SDGs経営を成功に導くための「肝」を聞いた。
――SDGsへのコミットの仕方は、企業によってかなり差があるように見受けられます。十分な取り組みを行えている企業とそうでない企業には、どのような違いがありますか。
蟹江 憲史 様
蟹江様 SDGsに関わる部門を、「縦」だけでなく「横」方向にも展開できているかどうかが、一つの大きな分かれ目です。なぜならサステナビリティは、各課題が横断的につながっているものだからです。
例えば、ジェンダーの問題を改善しようと、「従業員の女性比率を5年後までに50%にしましょう」という目標を立てたとします。そこには当然、採用が関係してきますし、会社の組織や設備を整える必要も出てくる。在宅勤務のルールの整備や、その際の備品・光熱費の補助制度の有無、そして出産や育児中の働き方の検討・改善も求められる。
このようにサステナビリティに関する課題を解決するには、さまざまな部門が関与し合いながら行う必要があるのです。
したがって、SDGsに正面から向き合う企業ほど、多くの部門が横断的にコミットしていることがサステナビリティレポートなどから見て取れます。しかし実際には、一つの部門が独立してSDGsに取り組む「縦割りのコミット」にとどまる企業が多い印象です。
――KDDIでは「中期経営戦略 (2022-24年度)」の中で「KDDI VISION 2030 (注1)」を掲げ、サステナビリティ経営を根幹とした戦略を描いています。この戦略はどのような考え方に基づいているのでしょうか。
山下 弊社の掲げる「サステナビリティ経営」は、経営戦略に長期志向と社会価値の観点を組み入れて持続的成長を実現するという考え方をベースとしています。短期的な収益を追いかけるだけではダメで、企業としての価値向上と社会の持続的成長への貢献を両立させる必要があります。その社会の成長が次の私たちの事業戦略に活かされ、再び社会に還元される、そういった好循環を目指すということです。
以前は、経済活動により利益を生み出し、その利益を環境や社会に還元するというCSR活動が社会貢献の中心でした。
しかし、CSR活動が社会負荷を補うためのコストと捉えると、会社が収益を上げられなくなったときに社会貢献も止まってしまいます。一方で、社会課題を解決しつつ収益を上げるのだ、と発想することができれば、事業はすべからく社会と企業双方の強力な成長エンジンになる。
山下 和保
このようにトレードオフではなくトレードオンの発想で、社会貢献と事業活動を同時に行っていこうという考え方は、私たちがサステナビリティ経営を志す原動力となっています。
蟹江様 企業活動を行う以上、当然ですが収益を上げることが必要です。だからこそ、KDDIさんのようにSDGsをオポチュニティ (=機会) と捉えることが、サステナビリティ経営の肝になります。
山下 先生のご指摘のとおりです。SDGsがビジネスチャンスであることを、いかに現場の社員にまで実感してもらうかが重要です。それには、「こんな着想をもって社会課題の解決に取り組むと、会社の収益と社会価値の両方が高まり、真にサステナブルになる」といった肌感覚を、自身の体験を以って実感してもらうことが大切だと考えています。
――企業がSDGsに関する取り組みを事業化する上でのプロセスや勘所を教えてください。
蟹江様 SDGsには17の目標がありますので、最初から全網羅的に取り組むことは現実的ではありません。大切なことは、まずは取り組みやすいところからスタートし、しっかりと事業につなげていくこと。
しかし、前述のとおり、SDGsの各目標は有機的につながっているので、一つの目標に本気で向き合おうとすると、自然と他の目標にもコミットすることになります。
そうして、徐々にSDGsと統括的に関わるようになる。そんな流れがロールモデルになると思います。
最初の段階では、公的機関とパートナーシップを結ぶことも一手です。企業活動をしていると、社会的な公平性といった部分にはなかなか目を配れないものですが、公的機関と組むことでそうした視点を自然と身につけられます。
そしてもう一つ、サステナビリティ経営をスケールさせる上で鍵となるのが、国際的な基準づくりに関与することです。
――基準づくりとは、どういったものですか?
蟹江様 SDGsには2030年までの達成を目指す17の目標が定められていますが、何がサステナブルかの基準は、ほとんど決まっていません。だからこそ、日本の企業や政府には、ぜひその基準づくりからコミットしていただきたいと思います。それにより、イニシアチブをもってSDGsに取り組めるようになるからです。
典型的な例でいえば、気候変動対策に関しては、すでに欧州主導で国際基準が設けられています。したがって、いくら効果的な気候変動対策を行ったところで、その基準に合致しなければ、成果として積み上げられません。
だからこそ、SDGsの取り組みの費用対効果を最大化するには、国際的な基準づくりから関与することが何よりものポイントになるわけです。
現状、脱炭素の分野では欧米がリードしているものの、それ以外の分野は未開の領域です。例えば、eコマースや金融分野では日本勢にもチャンスがあります。
――KDDIではサステナビリティ経営 (注2) の柱として、6つの新重要課題と8つの提供価値を掲げています。それをどう実現しようと考えているのか、教えてください。
山下 根本にあるのは、「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。」という、KDDI VISION 2030の思いです。弊社では2020年より「5G」のサービスを開始しています。5Gは高速・大容量、多数同時接続、超低遅延 (リアルタイム) といった特長があり、その特性を活かすことにより、あらゆるシーンに通信が溶け込むことで、新しい価値が次々と生まれる世界を私たちは目指しています。
山下 具体的には、5Gによる通信事業の進化と、通信を核としたDX、金融、エネルギー、LX (注3)、地域共創 (CATVなど) といった注力事業の拡大推進を強力に進めます。これを私たちは「サテライトグロース戦略」と呼んでいます。あわせて、それを支える経営基盤、いわゆるガバナンスをきちんと強化する。その両輪を力強く回すことで、社会の課題を解決し、人々に豊かさをもたらし、会社も成長する。その結果、一層社会の持続的成長に貢献できるようになる。そんな好循環が起こり続ける世界観こそが、私たちの目指すサステナビリティ経営です。
また、カーボンニュートラルも重要です。数値的な目標としては、2030年度までにCO2排出量実質ゼロ、データセンターは全世界でいち早く2026年度までにCO2排出量実質ゼロの達成を目指す目標を掲げています。
更に、自社のカーボンニュートラルだけではなく、弊社の通信、DX、エネルギー、スタートアップ支援といった強力な事業アセットを活用して、社会全体のカーボンニュートラルを含むSDGsの推進に貢献していきます。
蟹江様 SDGsには17の目標を掲げられる一方で、それを実現する具体的な方法は定められていません。したがって目標を実現するには「測ること」が重要なキーワードになります。
例えば、食品ロスをなくそうにも、どこでどれだけ余っているか、あるいは不足しているか、さらにはどこで、どれくらい貯蔵できるのかといった数字がなければ、解決に近づくことはできません。だからこそSDGsと、あらゆるものの計測を可能にするデジタル化・ネットワーク化は、切っても切り離せない関係なのです。
その点、KDDIのように通信の領域を担っていることは、SDGsのさまざまな取り組みの進捗を計測・評価し、社会課題の解決へ導く上で大きな強みになりますし、ぜひそれを活かして世界のSDGsを力強く後押ししていただきたいです。
――KDDIですでに進めているサステナビリティ事業には、どんなものがありますか?
山下 例えば、WILLER社との合弁会社「Community Mobility」で、高齢者の移動不安や移動ニーズの多様化、地域活性化といった交通や移動に伴う社会課題解決を目指して、「mobi (モビ)」というサービスを展開しています。mobiは、半径約2㎞圏内で気軽に使える月額定額乗り放題のモビリティサービスです。昨今の社会課題として、高齢者の運転免許証の自主返納増加・地方都市などでは、利用者の減少により、毎年、路線バスの走行区間が廃止となり高齢者を中心に移動手段がなくなることへの不安増加などがあります。公共交通機関の少ないエリアの住民の貴重な足となるのはもちろん、移動総量が増加することで、地域の活性化にもつなげられます。こういった社会課題の解決を起点として、当社のもつ通信基盤やデータ、地方自治体とのつながりとWILLER社の交通分野に関する知見やノウハウを活用し、社会価値と経済価値の好循環を形にした好例だと思います。
また今後については、メタバースにも大きな可能性を感じています。例えば、障がいのある方や高齢者にとっては、リアルに都心の繁華街で消費行動をしたり就業したりするハードルは非常に高いものです。しかし、メタバースであれば、そうした方々でもあらゆる場所に気軽に足を運ぶことができます。住む地域や人種、ジェンダー、年齢といった属性に縛られる必要がなく、本質的に平等・公正で多様性が担保された社会参加が可能になります。そこに実世界と連携したモノ・コト消費のプラットフォームを整備することで、新しい経済圏が生まれる。
このようにして、SDGsの目標には、発想次第で新しいビジネスを生み出せる余地が無限にあると感じています。
――最後に、今後SDGsに深くコミットしようと考える企業人に向け、メッセージをお願いします。
蟹江様 SDGsを支えるのは「変革」という大きなキーワードです。この世界を未来につなげるには、技術的にも、社会の仕組みとしても、変革が必要であるということです。あわせて、世の中の変化のスピードはどんどん早くなっています。だからこそ、スピード感をもって変革を進めることが求められます。
2030年までは、まだ時間があると思うかもしれません。しかし、実は今変えなければ手遅れになることが多々あります。気候変動はすでに「命にかかわる問題」にまで発展していますし、経済格差は日本をはじめとする先進国全体でも拡大傾向にあり、解決は急務となっています。SDGsに向き合う上では、そうした危機感もポジティブなエネルギーとしていただければと思います。