2030年ごろの世界は、これまでとは違ったモバイルの進化が示されると言われている。そうした10年先、20年先の世界を見据え、先端技術とライフスタイルの両輪で取り組んでいるのが株式会社KDDI総合研究所 (以下、KDDI総合研究所) だ。過去数十年にわたり連綿と続いてきた先端技術の研究をベースに、モバイルの新たなユースケースを創出しようとしているその営みについて、KDDI総合研究所 取締役執行役員副所長 先端技術研究所長の小西 聡 氏に聞いた。
――KDDI総合研究所についてご紹介ください。
もともとは国際電信電話株式会社 (KDD) の研究部として1953年に発足した組織であり、1998年の株式会社KDD研究所の設立や、2001年の株式会社京セラDDI未来通信研究所との合併による株式会社KDDI研究所の発足、さらには2016年に株式会社KDDI総研との合併を経て、株式会社KDDI総合研究所として新たなスタートを切りました。
現在は、2つの組織から構成されています。1つは私が所長を務める先端技術研究所であり、埼玉県ふじみ野市にて、光・無線・ネットワーク・セキュリティ・AI・XR (Cross Reality) を主軸とする研究開発を行っています。もう1つは東京都港区虎ノ門にあるKDDI research atelierで、先進的生活者のコミュニティを創設し、人々のライフスタイルがどのように変わっていくかを探っています。
小西 聡 氏
――2つの研究組織に分かれていることには、どんな理由があるのでしょうか。
先端技術に携わっている研究者は、将来の社会がどのように変わっていくのかを思い描き、ユースケースを想像し、それらをもとに、必要とされる技術についての発想を膨らませています。ただ、社会の変化やユースケースは技術系研究者の目線によるものであるため、予想が外れることも少なくありません。そこで2020年12月に創設されたのが、ライフスタイルに関する研究に特化したKDDI research atelierです。異なる感性をもった外部の先進的生活者とディスカッションし、共創することで、KDDIグループの人材だけでは思いつかないようなユースケースを導き出していきます。
――KDDIグループにおいて、KDDI総合研究所はどんな位置づけにあるのですか。
端的に言えば、今から10年後、20年後といった将来に実用化・商用化される技術の研究が私たちのミッションです。2030年ごろに向けて実用化を目指しているBeyond 5G/6Gに関するさまざまな技術は、まさに代表的なターゲットです。
――これまでに実用化に至った研究成果をいくつかご紹介ください。
お客さまが直接目に見える成果でいいますと、1990年代から20年以上にわたり研究を続けてきた「自由視点映像技術」の事例があります。複数のカメラ映像から抽出した人物や背景を3DCGで表現し、実際にはカメラを配置できない場所やアングルを含めたあらゆる視点からの映像視聴を可能とするものです。この技術は現在「ぐるっと自由視点」というサービスに応用されており、これまでに音楽やスポーツイベントなど幅広いエンターテインメントコンテンツが作成されています。
また、その他の「自由視点映像技術」応用事例として、手軽にVR空間を楽しめる「au XR Door」というスマホアプリが提供されています。2019年に展示会場でこのアプリを初めて披露した際に、各メディアから「まるでドラえもんの『どこでもドア』みたいに楽しめる」と好評を博しました。
XRに関しては、「VPS (Visual Positioning Service) 」という技術も実用化を進めています。スマホやスマートグラスのカメラを介して現実の風景を見たときに、「どの場所からどの方角を向いているのか」をリアルタイムに特定する技術で、ARを構成するさまざまな視覚情報を現実の風景と違和感なく重ね合わせて表示することが可能です。
――そうした礎の上でBeyond 5G/6Gを見据えた先端技術の研究が行われているのですね。現在はどんなテーマの研究が進められているのですか。
お客さまに直接届ける情報として映像データがありますが、注力しているテーマの1つが映像データの圧縮技術です。現在までは二次元 (2D) の映像ですが、今後は三次元 (3D) やXRなどへシフトするとともに、より優れた没入感を得られる高品質な映像が求められています。この場合、従来とはデータ容量が桁違いに膨大となり、リアルタイムに伝送するのはBeyond 5G/6Gであってもネットワーク負荷が大きいため、現実的ではありません。よって、映像データを圧縮し、効率的に送信する技術は必要不可欠となります。
過去の成果になりますが、2021年12月には、最新の国際標準映像符号化方式であるH.266|VVCに対応したリアルタイムコーデックシステムを用いて、ビットレート12Mbps、フレームレート60fpsによる4K映像伝送の実証実験に成功。現行放送の半分以下のビットレートに圧縮しても安定した映像品質を維持できることを確認しました。
現在は、メタバースなどでの活用が期待される3D空間データ (点群データ) の圧縮技術 (PCC:Point Cloud Compression) でも、KDDI総合研究所は業界をリードしています。特に人物を表す点群データ (細かな「点」で物体を表現するデータ。それぞれの点は、3次元座標値[XYZ]と色情報[RGB]で構成される) については、品質を落とすことなくデータ量を1/40以下に圧縮できることを確認しており、国際標準化に向けた積極的な働きかけを行うほか、品質制御に関する標準必須特許をすでに10件保有しています。
――KDDI総合研究所では、2021年3月にBeyond 5G/6Gホワイトペーパー (注1) (※ 外部リンクに遷移します。) を発行されました。これにはどのような狙いがあったのでしょうか。
KDDIグループとして、「Beyond 5G/6Gの世界をリードしていく」という意気込みを世に示したいと考えました。弊社の次世代社会構想「KDDI Accelerate 5.0」(注2) を具現化していくベースとなる技術やユースケースを紹介しています。
このホワイトペーパーでは、光や無線などの先端技術研究だけでなく、先に紹介したKDDI research atelierで行っているライフスタイル研究と両輪でBeyond 5G/6Gに取り組み、「お客さまと一緒に新たなユースケースをつくり上げていく」という意志を前面に打ち出しているのが特徴となっています。
――「一緒に新たなユースケースをつくり上げていく」という方針は、これまでになかった考え方かもしれませんね。
従来は、通信事業者が考案したユースケースや提供するサービスをお客さまが利用する、という、どちらかというと提供者目線のサービス要素が多かったと思います。5Gの時代になり、この流れは徐々に変わりつつありますが、Beyond 5G/6Gの時代に向けて、お客さま自身にもっと参画いただくことで、モバイルの世界観は大きく変わっていきます。産学官の連携組織であるBeyond 5G推進コンソーシアムの白書分科会において、私がリーダーを務めているビジョン作業班が強く訴えているのが、まさにその点なのです。
――Beyond 5G/6Gに向けた技術面では、どのような点に注目すればよいでしょうか。
2021年9月に、世界初の試みとして、「ユーザーセントリックアーキテクチャー」の技術実証に成功しました (注3) 。5Gまでの通信システムでは、基地局を中心にサービス提供可能なエリアが決まる「セルラーアーキテクチャー」が採用されており、お客さまの利用場所や時間によっては、隣接する基地局との間で生じる干渉の影響により、必ずしもお客さまが望まれる通信品質を提供できない場合があります。また、5Gで利用するミリ波帯では超高速・大容量な通信サービスを提供できる一方で、建物や車、人などの影響で電波が届きにくくなるなどの課題もあります。ユーザーセントリックアーキテクチャーはこの課題の解決を目指すもので、多数の基地局アンテナを分散配置し、これらのアンテナを連携させることで、あたかも一人ひとりにスポットライトを当てるように電波を届けられます。
――スマホのアンテナピクトが何本立っているのかを気にすることなく、いつでも使いたいサービスを利用できるようになるということですね。
これまでは、電波状態の悪い場所ではサービス利用を諦めざるを得ませんでした。しかしBeyond 5G/6G時代はそれでは済まされないと思っています。モバイルが真の社会インフラとなるためには、データレート (伝送速度) をはじめとする求められる通信性能をいつでも提供できるようにしなければなりません。裏を返せば、そうしたシステムを実現しなければ、新たなライフスタイルやビジネスを支えていくユースケースは生まれてきません。
「ユーザーセントリックアーキテクチャー」のほかに「Rocca」という超高速暗号アルゴリズムの開発も進めています。Beyond 5G/6G時代に求められるデータレート「100Gbps」を超える処理速度を実現するほか、量子コンピューターを利用しても破られない通信の暗号化を実現するもので、こちらもBeyond 5G/6G時代に必須の技術となります。
――2022年3月にはBeyond 5G 推進コンソーシアムからも「2030年代へのメッセージ」 (※ 外部リンクに遷移します。) と題するホワイトペーパー (注4) が発行されていますね。
このホワイトペーパーは当社のみならず、白書分科会に参加するさまざまな企業や研究機関による共同執筆となっていますが、KDDIが作成したホワイトペーパーの内容もいくつか盛り込まれています。
注目していただきたいのは、4章で書かれている「他業界から得られたトレンド」です。あらゆる業界における課題を洗い出し、課題解決案、業界としてあるべき姿や夢、さらにはBeyond 5G/6Gに期待する性能や機能、想定されるユースケースなどをまとめており、世界でも類を見ないほど内容が充実したホワイトペーパーとなっています。
Beyond 5G/6Gに向けて政府や関係省庁が何らかの戦略を打ち出す際にも、このホワイトペーパーの内容が参考とされますので、間接的ではありますが、KDDIとしての考え方が国家戦略に反映されるということになります。
――最後に、Beyond 5G/6G時代を見据えて、KDDI総合研究所やKDDIグループの意気込みを改めてお聞かせください。
今後注力していきたいと考えていることは、大きく2つあります。1つは、先端技術研究とライフスタイル研究を両輪で回し続けることで、地に足のついたユースケースを創出していくことです。もう1つは、技術の融合です。無線技術だけにこだわっていてはエポックメイクな発想は生まれてきません。KDDI Accelerate 5.0で挙げている7分野のテクノロジー (ネットワーク、セキュリティ、IoT、プラットフォーム、AI、XR、ロボティクス) を軸に多様な技術を統合していく総合力と知見をKDDIグループならではの強みとして、社会に対して新たなモバイルの価値を発信していきます。
――本日はありがとうございました。