さまざまな自治体がDXに取り組む今、その「実現を阻む壁」の存在が明らかになっている。それは職員の意識や組織体制にまつわる壁だ。こうした壁を乗り越え、自治体DXを推進するために、どのような戦略・視点が必要なのか。今回は、自治体DXを加速させるためのアプローチについて、福島県 磐梯町CDO (最高デジタル責任者) の菅原 直敏 様をお招きし、KDDIで自治体DXを支援する地域共創室 室長の齋藤 匠と意見を交わした。
――菅原様は2019年11月1日より福島県磐梯町のCDOとしてデジタル変革を進められています。菅原様がCDOに着任した際、どのような課題があったのか教えてください。
菅原 直敏 様
菅原様 「なぜ、自治体がDXに取り組む必要があるのか」を共有できていないことが課題でした。磐梯町のような自治体では、多くの場合、町長や責任者の意思によりDXに取り組むことが決まります。その決定の際、各職員にはDXに取り組む必要性が腑に落ちていない状態なのです。
そこで、着任してから半年ほどかけて、DXに取り組む認識共有を徹底して行いました。DXに取り組む必要性を職員への研修と対話を通じて繰り返し伝える、という取り組みです。
DXに取り組まなければ、現状の地方行政サービスの維持すら困難になります。だからこそ、サービス提供の「手段」を変えなければなりません。その一つの手段として、デジタル技術の活用があるのです。
小規模の組織は小回りが効くため、DXは成功しやすいはずです。逆に、大規模な組織では多くの人が関わる仕組みやシステムが既に出来上がっており、容易には稼働を止められないこともあり、変化すること自体が難しい。しかし、組織の大きさに関わらず、自治体という括りでは同じです。そこで、磐梯町として小さいながらも突き抜けた取り組みを実践することで、それを全国に波及させ、ひいては社会全体の変革につなげたいと考えています。
――昨今、全国で多くの自治体がDXに取り組んでいますが、よくある誤解や失敗はありますか。
菅原様 DXに取り組む上での認識共有と、そのための調整を十分に行わないまま施策に取り組んでいることが挙げられます。DXではないものをDX、と呼んでいるケースも多いようです。
例えば、業務効率化やコストカット、人員削減といった「行政改革」は、ICT化の取り組みの一環です。これらはDXとは異なります。効率化やコストカットの必要性があるのならば、まずはICT化に取り組むことも一つの手段ではないでしょうか。
ある自治体で研修を行った際、部長クラスの方々にアンケートを行い、「DXとは何か」を聞いたところ、全員がバラバラの内容を回答していました。このように定義が曖昧な状態では、十分な成果につながりません。そうした状況に陥らないためにも「DXとは何か」をきちんと咀嚼し、それぞれの定義を決める必要があると思います。この前提に基づき、磐梯町ではDXの定義付けを行い、独自のデジタル変革戦略の策定にあたりました。
――磐梯町では、どのような定義のもとでDXを進めたのでしょうか。
菅原様 二つの定義付けを行いました。一つは、職員も含む「住民本位」のDXであること。デジタル領域でのサービス設計では「ユーザー本位」という視点を使いますが、自治体におけるユーザーは、当然その町に暮らす人たちです。それと同時に、サービスを提供する側である職員も「ユーザー」です。そのため、住民はもちろんのこと、職員にとっても運用しやすい制度や仕組みであることを重視しています。
もう一つは、「デジタル技術は手段であり目的ではない」ということ。デジタル技術は変革の手段のため、変革につながるのであればデジタル技術を活用しないこともあり得ます。そのため、磐梯町でDXに取り組むデジタル変革戦略室では、実際にデジタル技術を活用しない方法も検討しています。
例えば、第一回目の新型コロナワクチンの接種予約では、あらかじめ住民一人ひとりに接種の日時を指定し、その内容を封書で郵送する方法を採用しました。当時、さまざまなシステムベンダーが全国の自治体に予約システムを提供していましたが、職員にとっては使い勝手が悪く、運用しづらい環境であったためです。
ITを活用したシステムは、生き物のような側面があります。そもそもの目的を見失い、システム導入を前提に考えてしまうと、うまく運用できなくなってしまうのです。だからこそ、現場の運用に耐え得るように設計することが求められます。
大規模の自治体であれば、システムを運用したほうが効率的なケースもあります。しかし、人口およそ3,300人、約1,200世帯の磐梯町は、顔の見える関係性が成り立っています。そこで、あえてアナログな方法を採用することで、効率的な運用を実現しました。
また、磐梯町のデジタル変革戦略室は、時限付きの組織として設計されています。現状はデジタル技術の活用を啓蒙し、各課で検討手段として採用してもらうよう働きかけています。しかし、デジタル技術が検討手段として、職員の間で当たり前に扱われるようになれば、戦略室としての目的を果たしたと見なしてその役割を終えます。そのため、磐梯町では2023年度にデジタル変革戦略室を解散する予定です。
日本初の自治体DX推進組織は、日本で最初にその役目を終えることになるでしょう。これはDXが目的化することへの、私たちなりの警鐘でもあるのです。
――KDDIでは、さまざまな自治体・行政機関のDXを支援されていますが、DXのスタート段階ではどのような視点、サポートが求められるのでしょうか。
齋藤 先ほど菅原様がお話されていたように、自治体の方々へのDXに取り組む認識共有が大切な第一歩です。そのため、ディジタルグロースアカデミア (注1) のDX人財育成プログラムで、なぜDXに取り組むのか、改めて認識していただくことから始めています。その上で、実際にDXを体験できる機会をご提供しています。
例えば、ある自治体では、通信機能を持つトレイルカメラ (注2) を鳥獣対策の罠の近くに設置しました。これにより、害獣が罠に捕まった際にすぐ把握することができます。その取り組みが徐々に波及し、河川やアンダーパス、積雪量などの監視といったさまざまな用途に発展していきました。
齋藤 匠
実際に自ら体験していいなと感じたものは、自らが咀嚼して違う取り組みにも展開・応用ができます。いい取り組みが一つできると、これにも応用してみようと取り組みが連鎖的に広がっていきます。成功体験ができることで、次の一歩が踏み出しやすくなるのです。
注1) 2021年に設立された株式会社チェンジとKDDI株式会社の合弁会社。DX人材育成事業とDXソリューション導入支援事業を行っている。
注2) 動物に反応するセンサーを搭載し、自動で撮影を行うことのできるカメラのこと。
――DXの取り組みを着実に前へと進めるためには、どのような計画の策定が必要なのでしょうか。
菅原様 綿密な計画の策定より、「目指すべき方向性を示すこと」が大切だと考えています。自治体では、完璧で網羅的な計画を策定しようとするケースがよく見受けられ、こうした計画は道路のような従来のインフラ整備には役立ちます。しかし、デジタル領域では技術革新も盛んなため、一年後すら予測が難しい。
予測不能な状況で綿密な計画を策定しても、実装する頃には時代遅れ、という事態に陥りかねません。そのため、目指すべきミッションやビジョンを定めた上で、細かな戦略や戦術は柔軟に運用する仕組みが求められます。
磐梯町では、予算執行のあり方も見直しました。自治体は「当初予算至上主義」というような状態にあります。「今はこのソリューションがよい」と判断しても、時期によって来年度予算に間に合わず、再来年度予算に組み込まれてしまい、結果として実装されるのはその翌年、といった事態に陥りがちです。そこで磐梯町では、デジタルに関連する予算編成は補正予算を柔軟に組むことで、通年での予算措置を実質可能としています。
――自治体DXの推進は、どのような形で地域課題の解決、ひいては地方創生に貢献するのでしょうか。
齋藤 ある自治体では、農業分野で収穫量のばらつきや生産安定化に課題を持たれており、データ利活用型営農に取組みました。
最初に、研究熱心で高い生産性をもつ生産者の方をお手本にするため、ビニールハウスの環境データを共有できる仕組みを作り、生産者の皆さまで比較できるようにしました。次に収穫量予測に取り組むと、収穫の数週間前の環境が後の収穫量に大きく影響することがわかり、3つの環境指標 (温度など) を作り、決まった範囲で育てると収穫量増に寄与し、範囲を外れると収穫量減になることを示し、収穫量が増える環境で育てていただいております。
生産者の収穫量が上がれば、地域経済の振興につながり、自治体としての税収も向上するはずです。結果として、地域活性化につながるのではないでしょうか。
加えて、私たちは課題を解決することを重要にしておりますので、サービスのみのご提案とならないように心がけています。初めてプロジェクトに取り組む自治体では、どのようなところに課題があるのかを知ることからはじめます。そのため、地域のことをよく知る方々にヒアリングを行い、議論を重ねた上で、課題解決に取り組むようにしています。地域ごとに課題もその解決方法も違ってくるため、地域の特性に合うものをご提供するように努めています。
――自治体DXを推進するリーダー、変革の担い手の方々に向けて、菅原様からメッセージをお願いします。
菅原様 デジタル技術は、あくまでも手段であって目的ではありません。何のためにデジタル技術を活用するのか、それぞれの自治体でしっかりと考え、認識共有した上で取り組むことが大切です。試行錯誤や苦労は当然あると思いますが、それらは建設的で前向きな苦労になるはずです。
昨今、DXに限らずさまざまな概念が登場しており、多くの自治体職員はそれらのトレンドに振り回されている印象を受けます。こうした状況下でも、落ち着いて新しいキーワードに踊らされないことが大切です。大切なことは「住民が幸せであること」、ただそれだけです。その前提に立ち、自治体ごとに限られる経営資源の中で何ができるのか、それぞれのやり方でDXに取り組んでほしいと思います。