「スクラム (Scrum) 」と聞いて、ソフトウェア開発手法のことをイメージする方も多いだろう。
しかし、「スクラム」とはアジャイルな働き方を実現するフレームワークであり、それを採用することで組織変革を進める動きも活発化している。では、組織がどう変わるのか。
その答えを、スクラムによる社内組織全体の変革を推し進めている成長企業SATORI株式会社の代表取締役 植山 浩介 様と、
KDDIのグループ企業として日本企業へのスクラムの普及に取り組む Scrum Inc. Japanの代表取締役 荒本 実 氏、Agile Coach 清水 麻由 氏に聞く。
──組織を変革するための手法として「スクラム (Scrum) 」に対する関心が高まっています。スクラムを巡る現状について、お聞かせください。
荒本 実 氏
荒本氏 スクラム (注1) は、米国Scrum Inc. の創設者、ジェフ・サザーランド博士が共同考案したチームで仕事を進めるためのフレームワークであり、個人のパフォーマンスではなくチームのパフォーマンスを重視します。
スクラムはすでに、ソフトウェアプロダクトを俊敏に作り上げていくアジャイル開発 (注2) を遂行するための手法として広く普及していますが、近年ではソフトウェアの部門だけでなく、新規事業開発、マーケティング企画や管理部門などでも導入が進んでいます。組織内で、さまざまなチームの働き方が「スクラム」に変わっていくことに伴い、組織内で複数のスクラムチームが連携する仕組みが必要になります。
その際に、スクラムチームを組織に拡張するフレームワークである「Scrum@Scale」を使い、全体をアジャイルな組織に変革しようと取り組まれている企業さまが出始めています。
──すべての事業にスクラムやScrum@Scaleは有効なのでしょうか。
荒本氏 企業の仕事の中には、変化のスピードが緩やかで、決められた計画通りに仕事を行い、期待された成果を出すことが求められる仕事もあり、伝統的な階層型の組織モデルのほうが適している場合もあります。しかし、ますますスピードが高まる変化に俊敏に対応するには、自律分散型の組織モデルが有効であり、スクラムやScrum@Scaleを使い、組織運営に柔軟性を持たせることが重要です。
また、それによりお客さまや市場の変化をとらえ、新たなビジネスの好機として活用していくことが可能になるはずです。変化のスピードに応じて自律分散型と階層型の組織運営を適切に選択する必要があるでしょう。
──植山様が創業したSATORI社では、スクラムやScrum@Scaleを使い、組織全体の変革に取り組んでいると伺っています。その変革に乗り出した経緯についてお聞かせください。
植山 浩介 様
植山様 弊社は2015年に設立し、クラウド型のマーケティングオートメーション (MA) ツール「SATORI」を開発・提供しています。
現在では150名を超える社員を擁していますが、設立当初は社員数も少なく、一部の“スタープレーヤー”の働きだけで会社を牽引していました。
ただし、属人的な能力だけに頼ったマネジメントスタイルは、事業成長に伴う社員数の増大によって機能しなくなります。そこで、社員数が30人程度に達し、さらに組織規模が拡大することが見込まれていた2018年ごろから、弊社の組織的な強みを保ちながら、それを会社全体に拡張するための「マネジメントシステム」を探し、その結果採用したのがスクラムやScrum@Scaleでした。
──Scrum@Scaleを採用してどのような組織を目指したのですか。
植山様 弊社が目指したのは、現場の各チームがお客さまの変化に自律的に対応し、自らの課題を自らが解決することで成長できる組織です。絶えず変わるお客さまのニーズに対応するには、プロダクト開発をはじめとする現場のチームが自律的に動き、個々のお客さまや市場のニーズに機敏、かつ柔軟に対応できなければなりません。
そうした組織的な強みを、社員数が増え続けても保つためのマネジメントシステムとして採用したのが、スクラムでありScrum@Scaleです。このフレームワークの標準的なプロセスを通じて、変化に即応できる自律したチームを会社全体に押し広げられます。また、自律分散したチームを共通のミッション、ビジョン、戦略のもとでマネジメントしていくことも可能になると考えました。
──自律分散型の組織を形成するための手法がいくつかあるなかで、なぜScrum@Scaleを選んだのですか。
植山様 スクラムによるアジャイルな開発を実践し、成果を上げていたプロダクト開発部門からScrum@Scaleの導入を勧められ、採用を決めました。Scrum@Scaleの優位性は、単純なコンセプトのみならず、毎日の会議をどのように運営していくのか、プロジェクトの管理サイクルをどのように設計すればよいのかなど、具体的な方法論まで明確に定義されている点です。その実用性を評価し、プロダクト開発のみならず、マーケティング、営業 (インサイドセールス、フィールドセールス) 、管理部門など、社内の全組織に導入することを決めました。そして2019年8月から導入を開始し、その全面的な支援をScrum Inc. Japanにお願いしました。
──SATORI社へScrum Inc. Japanではどのようなサービスを提供したのでしょうか。
清水 麻由 氏
清水氏 Scrum Inc. Japanでは、スクラムの基礎的な知識から、実際にチームで活用するプラクティスなどを学ぶことができるScrum Inc.認定資格セミナーを中心に、現場のチームに対するご支援だけではなく、リーダーのためのワークショップ、さらには組織をアジャイルに変革していきたいというニーズに対して、Scrum@Scale導入の支援サービスをご提供しています。
そうしたサービススキームに基づくご支援を、SATORI社様に対してもご提供してきました。
弊社では、スクラムやScrum@Scaleのフレームワークをお客さまが自力で遂行、展開できるようになるまで伴走型でサポートします。お客さまのオフィスでセミナーを開催したり、スクラムコーチを派遣しトレーニングを行ったり、スクラムチームの立ち上げ支援などを通じて、お客さま組織へのScrum@Scaleの定着とスクラムチームのパフォーマンスを向上する活動をしています。
──スクラムを活用した組織変革の手法であるScrum@Scaleについてご紹介ください。
清水氏 Scrum@Scaleは、スクラムチームが組織の中で拡張する際に、各チームの自律性を保ちながら、チーム全体の方向性を揃えていく組織運営の仕組みです。Scrum@Scaleの特徴の一つは、複数のスクラムチームでスクラムオブスクラム (SoS) というチームが集まったスクラムチームを組みます。そのSoSで単一のスクラムチームと同様にスクラムイベントなどを実施していくことで、共通のミッションやゴールを達成していくための連携が可能になります。
ただし、この構造だけで、すべてのチームの活動と会社のミッション、ビジョン、戦略に一貫性を持たせることは困難です。
Scrum@Scaleでは、SoSのプロダクトオーナーと経営陣により「エグゼクティブメタスクラム (EMS) 」と呼ばれるプロダクトオーナーチームを組み、そのチームが組織全体の戦略を全社レベルのバックログとして落とし込み、優先順位を決めていきます。これをSoSのバックログと紐づけることで、組織の戦略と各SoSやスクラムチームの仕事に整合性をとっていきます。
また、EMSと併せて、組織全体でスクラムが効果的に運営されることに責任を持つ、組織のスクラムマスターとなる「エグゼクティブアクションチーム (EAT) 」を組成します。EATはチーム自身で解決できない組織的な課題を取り除くことで、組織全体のパフォーマンスを向上させます。つまり、組織レベルのプロダクトオーナーとスクラムマスターの役割を担うリーダーチームを組成することで、チームの自律性を妨げず、スピードを遅らせない最小限のマネジメント機構を作り、組織運営を行うフレームワークです。
──SATORI社では、Scrum Inc. Japanのサービスをどのように使い、組織への導入・定着を図っているのですか。
植山様 弊社では、スクラムの全社導入を始動させた直後から、一定役職以上の社員に対してRSM (Registered Scrum Master (TM)) 資格の取得を必須としてきました。
2022年1月時点でScrum Inc. Japanのセミナーを受講し、資格を取得した累計役職員数は80人超に上っています。そうした取り組みを進めながら、2021年10月にはEMSを発足させ、2022年4月にはEATを発足しました。これにより、スクラムおよびScrum@Scaleのフレームワークに基づいた組織運営へと移行しました。
──全社的なスクラム、Scrum@Scaleの導入によって、SATORI社ではどのような効果を得ているのでしょうか。
植山様 スクラムの浸透自体もアジャイル (俊敏) に進んでおり、まだまだ進化をさせていきたいと思っています。現時点でもお客さまのニーズや時代の変化、会社のミッション、ビジョンにそって組織全体がアジャイルに反応するための体制が整えられ、鍛えられつつあるという手応えを感じています。
実際、Scrum@Scaleの導入やその研修を通じて、弊社の事業やプロダクトに対する社員の当事者意識は確実に高められています。例えば、社歴が浅く口数も少なかった社員が、スクラムの仕組みを使って、ボトムアップで経営陣に対して改善案を提案してくるようになりました。
そもそも事業に関わる問題は、お客さまに近いところで生じることが多いです。現場の声を拾い上げ、ミッション、ビジョン、戦略に速やかに反映させることはとても大切で、そのためのプロセスが用意されていることがScrum@Scaleの優位性だと感じます。
──スクラムやScrum@Scaleを駆使して、最終的にどんなことを目指されているのですか。
植山様 一つは、弊社のミッション「あなたのマーケティング活動を一歩先へ」を遂行し続けることです。
このミッションには、お客さまを含むすべてのステークホルダーの皆さまとともにマーケティングの可能性を広げていく、という思いを込めています。Scrum@Scaleのフレームワークを活用し、すべての方々が弊社の事業の当事者になっていただくことでミッションを成し遂げていきたいと考えています。
そしてもう一つは、すべての社員が自らのキャリアを実現することです。
SATORIには創業時から「三方良し」「責任ある自由」「多様性と専門性」「自律できるキャリア環境」を備えた組織をつくりたいという意志があります。社員一人ひとりが弊社で働くことの意義を手にし、最高のキャリアを獲得してもらいたいと考えているためです。「自律」や「責任ある自由」という考え方と極めて親和性の高いScrum@Scaleが、これらの実現を後押ししてくれると信じています。
荒本氏 植山様の願いは、弊社がスクラムやScrum@Scaleで実現したいことと同じです。とりわけ近年では物事の不確実性が高まり、日本の大多数の企業が非連続的で目まぐるしいお客さまや市場の変化、あるいは経済情勢の変化にアジャイルに対応しなければならなくなっています。このような時代への組織の適応力を、スクラムやScrum@Scaleによって高め、ビジネスの成果へとつなげていただきたいです。そして、最終的にはSATORI様をはじめとする、お客さま企業における従業員の方々の働く満足度の向上や幸福へとつなげていただくことが、弊社のビジョンであり願いでもあります。
──本日はありがとうございました。