CO2をはじめとする温室効果ガスの排出削減、いわゆるカーボンニュートラル (注1) の実現が世界的な課題となるなか、特に高い目標を掲げて推進しているのが中国だ。
モーションコントロール機器メーカーのナブテスコ株式会社の現地法人「上海納博特斯克液圧有限公司」も、電力削減をはじめとして積極的なカーボンニュートラル施策を展開している。
この取り組みを支えたのが、KDDIの「エネルギー見える化ソリューション」だ。
いま全世界で、GX (グリーントランスフォーメーション) (注2) の動きが加速し、多くの国が2050年までのカーボンニュートラル実現を目指している。
そうしたなか、強い意気込みでカーボンニュートラルへの取り組みを進めているのが、「世界の工場」ともいえる中国だ。
2020年に習近平国家主席が「3060ダブルカーボン政策」を発表し、その内容は次の2点である。
これを受け、中国国内では中央政府から地方政府、企業にいたるまでカーボンニュートラルへの取り組みを加速させている。
2060年のカーボンニュートラル達成は、日本をはじめ他国が掲げる2050年という目標から10年遅れていると思うかもしれないが、注目すべきはそのペースだ。例えば日本は2013年にカーボンピークアウトを迎えたが、そこから2050年のカーボンニュートラル達成までには37年間を費やすことになる。これに対して中国は、ピークアウトからカーボンニュートラルまで30年という期間で到達させようとしており、CO2排出量が最も多い国としての責務を果たそうとしていると考えられる。
当然のことながら中国に進出した日系企業も同様にカーボンニュートラルに向けた取り組みを強く迫られている。
精密減速機などの分野で高い世界シェアを誇るナブテスコもその1社だ。
同社の現地法人である上海納博特斯克液圧有限公司 (英語表記: Shanghai Nabtesco Hydraulic Co.Ld、以下、SNHC) は上海市内に工場を構え、油圧ショベル用の走行ユニットや旋回ユニットの製造・販売を行っているが、行政からの節電要請は以前よりもはるかに厳しくなっている。
そうした状況のなか同社では、カーボンニュートラルへの取り組みを、企業に課せられた義務という側面だけで捉えるのではなく、業績向上のための取り組みとしてポジティブに向き合っている。
「日本と同様に中国でも電力料金が高騰しており、2023年は値上げするという通知がすでに届いています。これまでも電力コスト削減に向けた施策を実行してきましたが、さらに一歩先に進めることが、会社の業績にもカーボンニュートラルにも資すると考えています」と話すのは、SNHC 経営企画部長の児玉 健二郎 様だ。
児玉 健二郎 様
銭 政華 (セン セイカ) 様
児玉様の言うようにSNHCでは、
これまでも省エネや創エネ (注4) の施策を実行してきた。制造部生産技術科長の銭 政華 (セン セイカ) 様は、その取り組みを次のように紹介する。
「大きな節電効果が見込めるものから優先的に取り組みを進めています。まずは工場内の空調を省エネタイプに更新しました。照明もすべてLED化しています。外灯に関しては太陽光発電パネルを設置することで、再生可能エネルギーのみで必要電力を賄える仕組みにしています」
さまざまな省エネ・創エネ施策を実施してきたSNHCが、さらなる電力コスト削減に向けて取り組んだのが、工場における電力使用状況のリアルタイムな可視化だ。
「毎月の電力料金の請求額は事業所全体の電力使用量をまとめたものにすぎません。個々の省エネ施策がどれくらい効果的なのかを把握・検証する必要があると考えました。
また、工場内の設備や工程で無駄な電力を消費している箇所を発見するとともに、その根本原因を深掘りしていくためにも消費量可視化のアプローチが不可欠でした」(児玉様)
そこでSNHCが、この取り組みをともに進めていくパートナーとして選定したのがKDDI上海だった。
電力のリアルタイムな可視化を実現するためには、工場内設備にセンサー (電力メーター) を取り付けてデータを収集する必要があるが、工場内すべてのエリアにセンサーからのケーブルを張り巡らせるのは容易なことではない。そのため無線でデータを収集する仕組みが大前提となった。また、収集したデータを可視化するアプリケーションをゼロから開発していたのでは多大なコストと時間がかかってしまうため、プラットフォーム化されたソリューションをカスタマイズして利用できることが、迅速に導入・稼働するための重要な要件だ。「中国のSIerを含めた数社に提案を依頼し、この2つの要件を満たした提案だったのが、
KDDI上海の『エネルギー見える化ソリューション』でした。クラウドを使うので初期投資が抑えられるのも魅力でした」と児玉様は振り返る。
KDDI上海が提案したエネルギー見える化ソリューションは、広い工場内の各センサーから無線規格「LoRa」を用いてゲートウェイにデータを送り、ゲートウェイからはLPWA (Low Power, Wide Area) 回線規格の一つNB-IoT (Narrow Band-IoT) を用いて4G通信網経由でクラウドにデータを収集する仕組み (注5) 。LoRaおよびNB-IoTは、通信速度が制限されるものの低コストで工場のような広いエリアでもカバーできる。
KDDI上海 サービス企画本部長の守岡純治は、「中国の法規制をしっかり検討した上で提案したのがこの無線インフラです。
SNHC工場内の約150箇所の設備にセンサーを設置してデータを収集できるようにしました。
もちろん今後の運用状況を検証しながら、センサーの増減や配置変更なども柔軟に行えます」と説明する。
一方、クラウドに蓄積されたデータの可視化には、節電対策を目的として2017年からKDDIが開発してきた
「見える化プラットフォーム」を利用している。
「若干のカスタマイズは必要でしたが、
すでに実績のある、見える化プラットフォームを活用することで、2週間程度の短期間でモニタリング環境を整備することができました」(守岡)
守岡 純治
こうしてSNHCでは、2022年8月にエネルギー見える化ソリューションの稼働を開始。
工場全体の電力消費量をはじめ、月別・日別・時間別、設備別、電力損失、電気料金など、さまざまな視点から電力量の可視化ができるようになった。導入からわずか半年ですでに大きな成果も上がっている。コンプレッサー装置の電力監視から気付きを得た改善もその1つだ。SNHCの工場は平日午前1時ごろに操業を終えているが、それ以降の深夜から早朝にかけた時間帯にも、コンプレッサーが動き続けていることが明らかになった。
「原因として考えられたのは設備や配管からのエア漏れです。コンプレッサーが圧縮空気タンク内の圧力を一定以上に維持しようとして、生産ラインの停止後も動き続けているという仮説を立てました。一斉点検をしてみるとそのとおりで、さっそく修理を行い現在は生産ライン停止時の無駄な稼働がなくなり電力使用量を削減できています」(児玉様)
「データによる客観的な裏付けがなければ、このような設備や配管の一斉点検と修理を実施した効果が見えません。その意味でもエネルギー見える化ソリューションがもたらした効果は大きく、今回のエア漏れ点検修理活動によって年間数百万円の電力コスト削減を見込んでいます」(銭様)
もう1つの事例は、工場から排出される揮発性有機化合物 (VOC) (注6) 処理装置の無駄な稼働の検知だ。
「基本的にVOC処理装置は塗装乾燥の工程に合わせて動かすものですが、エネルギー見える化ソリューションのダッシュボード上でVOC処理装置と乾燥炉の稼働状況を突き合わせてみたところ、双方が連動しておらず、乾燥炉が止まっている時間帯にも一部VOC処理装置が動き続けていることが明らかになったのです。そこでスイッチ連動の仕組みを導入して改善を図った結果、現在では無駄な稼働がなくなりました」と児玉様は語る。
山田 美雪
SNHCにおける画期的な成果を目のあたりにし、KDDI本社 DX推進本部 5G・IoTサービス企画部グローバルIoTグループの山田 美雪は、「KDDI内のグローバル市場を俯瞰しても、データ可視化から実際の省エネに結び付けた例はそれほど多くはなく、SNHC様の行動力、実行力に感動しました」と話す。そして「通信やデバイスに関しては国ごとの法規制に準拠する必要があるためどうしても別仕立てとなりますが、エネルギー見える化ソリューションを電力使用量削減につなげたSNHC様の取り組みは、カーボンニュートラルへの関心が高まっている東南アジアなどのお客さまにも展開できると考えています」と期待を示す。
KDDI上海では今後、エネルギー見える化ソリューションのさらなる機能向上を進めていく。守岡は「電力使用量をCO2排出量に換算して可視化できるサービスを間もなくリリースします」と話し、SNHCもこれを採用する計画だ。
SNHCでは、グループ各社が推進しているサステナビリティ戦略とも緊密に連携しながら、カーボンニュートラルへの取り組みをさらに加速させていく。