石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の地震は、瞬く間に広範囲にわたる甚大な被害をもたらし、多くの命と生活を脅かした。途絶えた通信、孤立する集落、迫り来る寒さ。そんな未曾有の困難に立ち向かうべく、通信の「命綱」を担うKDDIが動いた。本記事では、災害現場での具体的な対応と、そこから見えてきた災害時における通信インフラの重要性を紹介する。
2024年1月1日16時10分、日本列島を新年の祝賀ムードから一変、一瞬にして人々を恐怖と混乱に陥れた大地震が発生した。
震源は石川県能登地方、規模はマグニチュード7.6、最大震度7の激震である。その後、大津波警報が発令され、各地の沿岸部に津波が到達。建物の倒壊や大規模火災など、甚大な被害が相次いだ。
能登半島を中心に発生した地殻変動による激しい揺れで、道路は各所で寸断された。電気や水道などのライフラインは壊滅的な被害を受け、特に長引く停電は通信インフラの復旧を大きく妨げていた。
被災地では、行政が指定した350箇所以上の避難所に加え、農業ハウスや公民館などの自主避難所も数多く設置された。
中でも輪島市の被害は甚大であり、市街地では火災が発生し壊滅的な被害を受けた。
さらに、余震も続き、日々新たな土砂崩れが発生した。震源地に近づくほど道路の陥没や亀裂が激しく、一部の地域では陸路・海路ともに途絶え、集落の孤立状態が続き、避難状況の全容を把握することすら困難な状況に陥った。
地震発生後、すぐにオンライン会議を実施、16時13分に災害対策本部を設置し、通信復旧の対応に当たった。道路状況の把握や避難所への避難人数や通信環境などの情報収集、状況確認を行ったのだが、エリアの状況を示すシステムのマップ画面を見て愕然とした。基地局の機能停止を示す赤い表示で埋め尽くされていたのだ。奥能登の基地局が壊滅状態であることは一目瞭然であった。
現地に向かう者、基地局の燃料供給を確保する者、一刻も早くつながらない不安をなくすために、それぞれが即座に行動に移った。
翌日の1月2日、災害対策現地情報連絡員「リエゾン」を石川県庁に派遣した。リエゾンとは、災害時に自治体や他の通信事業者と連携し、通信サービスの復旧や避難所支援を行う重要な役割を担う存在である。
石川県庁ではすでに政府や県の対策本部が設置されていたが、能登半島では道路が寸断され、通信障害も深刻であったため、被災地からの情報収集は非常に困難を極めていた。このような状況下でリエゾンは、通信復旧に向けた情報収集や調整を進めた。
特に輪島市では、市役所を含む広い範囲で通信が完全に途絶えており、優先的な復旧が求められていた。しかし、被災地への唯一のアクセスルートも大きく損傷しており、通常であれば2〜3時間で到達できる距離に約6時間を要するという厳しい状況であった。
避難所では通信環境の整備も重要な課題であった。
KDDIは各避難所を訪問し、避難者数や通信状況を確認しながら、Wi-Fiアクセスポイントや充電ボックスの設置を進めた。
また、大規模災害時に無料開放されるWi-Fiサービス「00000JAPAN (ファイブゼロジャパン) 」も提供されたが、一部の避難所ではauの電波が途絶え、00000JAPANに接続できない状況も見られた。このため、他の通信事業者とも状況を共有しながら各地にWi-Fiスポットを設置した。
2024年1月7日、KDDIはSpaceX社の日本法人「Starlink Japan」と協力し、衛星ブロードバンド「Starlink」を350台、石川県能登半島の避難所などに無償提供すると発表した。Starlinkは、小型で軽量なアンテナを採用しており、短時間で設置し、迅速にWi-Fi環境を構築できる。また、地表から約550kmの低軌道に通信衛星が配置されているため、高速かつ低遅延のインターネット接続を提供できる。
Starlinkの導入により、避難所での通信環境は大幅に改善した。被災者はテキスト情報やニュース記事の閲覧だけでなく、SNSや動画配信サービスなどを通じて、より多様な情報を得られるようになった。
また、避難生活が長引く中で、「最低限の通信だけではなく、普段通りに自由に通信を使いたい」という声も多く聞かれるようになった。Starlinkの提供によって、スマホゲームや動画視聴などの娯楽も可能となり、多くの被災者から感謝の言葉が寄せられた。この取り組みは、単なる情報収集の手段を提供するだけでなく、避難生活におけるストレスの軽減にも大きく貢献している。
一方で、応急復旧が進む中、陸路や海路からのアクセスが完全に断たれた孤立集落も存在していた。輪島市西保地区にある避難所では、多くの住民が孤立状態に置かれていた。
この状況を受け、KDDIのリエゾンチームは「孤立集落にどうにかして通信を届けたい」という思いから、自衛隊のヘリコプターによるStarlinkの輸送を提案し、実現に至った。1月9日には、KDDIエンジニアリングの作業員が自衛隊のヘリコプターに同乗し、孤立集落へのStarlink設置を成功させた。
この取り組みによって、孤立集落の住民が遠方にいる家族とテレビ通話を行えるようになったという報告も寄せられている。通信事業者としての使命を果たせたことに対し、関係者は大きな達成感を得られたと語っている。
KDDIとStarlinkの連携による迅速な通信インフラの提供は、被災地での生活を支えるだけでなく、避難生活における精神的な負担の軽減にもつながった。この事例は、災害時の社会復興における通信の重要性を示している。
被災地での復旧作業には多くの課題があった。北陸3県は都心部に比べ潤沢な人員はいない。そのため、復旧作業に必要な人員、物資が足りない状況だった。この困難に対し、全国のKDDIメンバーが自発的に金沢に集結し、延べ800名の人員が復旧作業に従事した。
Starlinkの設置に必要な電源タップが被災地周辺では調達困難という問題もあった。そのため、東京や関西のメンバーに協力を依頼し、家電量販店などで電源タップを買い集めてもらうなど、全社的な協力のもと必要な物資を確保した。
輪島市の復旧作業は特に困難を極めた。道路が寸断され渋滞が発生していたため、金沢から片道2時間の距離が5~6時間以上かかる状況だった。現地には宿泊施設がなく、金沢から日帰りで作業を行う必要があった。さらに、余震が続き新たな土砂崩れも毎日起きる状況で、安全確保と効率的な作業の両立が課題となった。
長期化する停電の影響で、基地局の復旧には発電機への燃料補給が欠かせなかった。
しかし、被災地ではガソリンスタンドが営業を停止し、給油制限も相次いでいたため、給油のために多くの車両が集中し混乱が発生していた。
この問題を解決するため、KDDIは臨時給油拠点を設置し、他社の簡易給油機を相互利用できるよう燃料供給会社に依頼した。この協力により、燃料供給が効率化され、復旧作業を迅速に進めることができた。このように、現地の課題を一つずつ解決しながら、被災地での復旧作業は進められた。
輪島市にあるau ショップ輪島は天井の一部が崩落し、入居ビルは立ち入り禁止となった。auショップが機能しなくなって失われたのは、お客さまとの接点であった。紛失や故障でお困りのお客さまもいるだろう。しかしながら安全が確保できなければショップを再開することはできない。
そこで、将来構想として災害時の被災地支援も視野に入れ、近隣にauショップがないお客さまの利便性を高める移動型ショップとして実証実験に取り組んでいた「車両型出張auショップ」を向かわせた。駐車場スペースを借り、自治体と連携して町内放送でも告知。「車両型出張auショップ」を能登のお客さまのもとに開設することができた。
今回の経験を通じて、KDDIは災害対応のさらなる進化が必要であることを強く認識した。特に、Starlinkのような先進技術の活用が、災害時の通信確保において大きな可能性を秘めていることが明らかになった。
また、被害状況・復旧情報を地図上で可視化するシステムなどの災害対応のDX化も進展している。これらの技術を活用し、災害復旧のスピードをさらに向上させることが求められる。
関係機関との連携強化も極めて重要である。災害発生時にスムーズな連携を図るためには、平時からの準備が欠かせない。協定の締結や定期的な訓練の実施といった事前の取り組みを強化する必要がある。
また、この震災を通じて 、通信の重要性が一層高まっていることを再認識した。通信は安否確認だけでなく、救援活動を支える不可欠なインフラであり、その責任と「つなぐ」という使命の重さを改めて感じる機会となった。
KDDIが掲げる「命をつなぐ・暮らしをつなぐ・心をつなぐ」という「3つのつなぐ」の理念は、今回の災害対応でその重要性が改めて浮き彫りになった。災害時に通信が確保されることで「命」をつなぐことができる。さらに、被災地の生活再建を支えることで「暮らし」をつなぎ、地域のボランティア活動やマルシェの購買支援などを通じて被災者の「心」をつなぐ取り組みも継続していく必要がある。
KDDIはこれらの取り組みを通じ、災害時にも人々の暮らしを守り、「つながる」社会の実現に向けて努力を続けていく。
能登半島地震から1年が経過した。被災地は依然として完全な復興には至っていないが、KDDIは「つなぐ」という使命を果たし続け、被災地の未来をつないでいく。この1年で得た経験を教訓とし、より強固な通信インフラの構築と、迅速かつ効果的な災害対応体制の確立に努めていく。
災害はいつ、どこで発生するかわからない。だからこそ、常に備えを怠らず、技術と人の力を結集し、安心・安全な通信環境を提供することに全力を尽くしていく。
能登半島の復興はまだ道半ばである。しかし、この1年間で得た経験と教訓を糧に、KDDIは今後も被災地に寄り添い、支援を継続する。
そして、この経験を日本全体の災害対策の強化につなげることが、通信事業者として果たすべき責務であると考えている。