「街が人を理解する」そんな未来が現実になろうとしています。KDDIは本社を高輪に移転し、この地を「未来への実験場」として、通信・AI・データを活用した次世代都市モデルの構築に挑んでいます。企業連携による共創、街全体を巻き込んだ体験設計とはどのようなものなのか。
本記事では、2025年7月24日に行われた記者発表会の模様から、その全貌をお届けします。
KDDIは通信事業者として「つなぐチカラ」にこだわり、KDDI VISION 2030「つなぐチカラを進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる」を掲げています。このビジョンの実現に向け、KDDIは22年ぶりに本社を高輪へ移転する決断を下しました。
高輪は、1872年に日本初の鉄道が開通し、明治期にイノベーションが始まった地として知られています。社長の松田浩路は、この歴史ある地からKDDIの新たな挑戦を始動させ、「未来への実験場」という壮大な取り組みを通じて、2030年ビジョンの実現を目指すと語りました。
TAKANAWA GATEWAY CITYには、JR東日本の呼びかけのもと多くのパートナー企業が集まり、ビジネス創造施設「LiSH」も開設されています。KDDIも7月24日時点で6,000人、最終的にはグループ社員1万3,000人が集結し、パートナー各社とともに新たな価値創造に挑みます。
松田は、自前主義にとらわれず、多様なパートナーとつながることで、社会課題にスピーディーに取り組むことがKDDIの使命だと強調しました。鉄道が高輪から全国へと広がったように、通信も今や「つながって当たり前」の存在に進化しています。KDDIはこの「つなぐチカラ」をさらに進化させ、高輪から新たな価値創出の実験に着手するとしています。
KDDIが目指す未来の街に向けた実験のコンセプトは「あなたに気づく街、みんなで築く街」です。街が人に寄り添い、みんなで創り上げるこのビジョンの実現に向けて、KDDIはTAKANAWA GATEWAY CITYにデジタルツインプラットフォーム「TAKANAWA GATEWAY URBAN OS」を構築しました。
防犯カメラの映像や各種センサー、顧客データ、鉄道データなど膨大な情報をリアルタイムでAIが解析し、サイバー空間で得た知見を実際の街づくりに反映させる。このサイバーとフィジカルが循環する仕組みによって、新たな都市サービスの創出に向けた基盤が整いました。
KDDIはこの基盤を活かし、高輪を訪れる人々や働く人々に新たな価値を提供し、エンパワーしていきたいと考えています。
続いて登壇したのは、スマートシティ開発に取り組むKDDI社員の高田あかりです。高田は、松田社長が紹介したKDDIのビジョンを高輪の街でどう実現するか、その仕組みを説明しました。
TAKANAWA GATEWAY CITYでは、街のさまざまなデータを活用する「デジタルツインプラットフォーム」を構築しています。KDDIのデータ、商業施設の購買データ、企業の活動データなどを収集・分析し、新たな価値の創出に取り組んでいます。
この基盤から生まれるのが、2つの「ハイパー体験」です。
一つは街を訪れる人に向けた「ハイパー・パーソナル体験」、もう一つは街で働く人に向けた「ハイパー・パフォーマンス体験」です。
まず、ハイパー・パーソナル体験とは、訪れる人の「欲しい」に街が先回りして気づき、最適な提案やサービスを提供する全く新しい体験です。街を訪れる人が駅の改札を通過した瞬間に、JR東日本の「タッチトリガーシステム」とまちアプリが連携。改札の通過データやauサービスの利用情報をもとに、その人に最適な情報が届きます。また街の広場では、集まる人の属性に合わせてロボットが商品を配ります。
例えば、毎朝コーヒーを買う人には改札通過時にコーヒーに合うベーカリーのクーポンがスマホに届く。真夏の音楽イベントに来た人がいれば、広場にロボットが熱中症対策のスポーツドリンクのサンプルを届けてくれる―
このように、「今この瞬間にぴったりの体験ができる」ことこそが、KDDIが目指すハイパー・パーソナル体験の本質です。
次に、ハイパー・パフォーマンス体験。これは、街で働く人々の潜在能力を最大限に引き出し、無駄な時間を省くことでイノベーションを加速させる新たな体験です。
TAKANAWA GATEWAY CITYでは、3D都市モデルを活用して、1万人以上の人流を一度にシミュレーションする取り組みを既に開始しています。この人流予測は、災害時の避難計画や大規模イベント時の店舗・警備員の配置計画などに活用されています。今後は、企業が保有する資産データと街のデータを組み合わせ、多様なシナリオを検証することも可能になります。
例えば、パーソナルモビリティの運行計画では、走行ルートや安全対策、必要台数など検討事項が多岐にわたりますが、これを3D空間上で一括シミュレーションし、短時間で最適な解を導き出す未来が目前に迫っています。
さらに高輪では、事業者だけでなく、訪れた人々の声も街づくりに反映されます。スマホアプリを通じて取得した興味・関心データをもとに、各施策に関連性が高い来街者の意見を積極的に取り入れます。事業者は顧客のリアルなニーズに応えやすくなり、訪れた人は自分の声が街に反映されるという、双方向のキャッチボールが実現します。
こうしたハイパー・パフォーマンス体験により、街に関わるビジネスは進化し、加速していくと期待されています。
KDDIは、ハイパー・パーソナルとハイパー・パフォーマンス、両方の体験価値を街の人々すべてに提供し、パートナーとともに未来の体験を創造し続けていきます。
本社移転プロジェクトマネージャーの大沼悠太は、イノベーションを生み出す新オフィスについて語りました。コロナ禍を経て働き方が大きく変化する中でも、イノベーションの創出にはリアルなコラボレーションの場としてのオフィスが必要だと、改めて感じたといいます。
KDDIの新本社のコンセプトは「Connectable City」で、「つなぐチカラを進化させ、ワクワクする未来を発信し続ける」オフィスを目指しています。高輪にはKDDIグループの1万3,000人の社員と多くのパートナー企業が集まり、ここに来ればさまざまな人やアイデアとつながり、イノベーションを生み出す場になるとしています。
大沼は、新オフィスでの取り組みの柱として「コラボレーション強化」と「パフォーマンス向上」の2点を挙げました。
まずコラボレーション強化の施策として、本社受付と一体となったフロアにパートナー企業が最初に訪れるスペース「TSUNAGU BASE」を設けています。ここは、KDDIの「つなぐチカラ」とパートナー企業の強みを掛け合わせ、イノベーションをともに創出する拠点です。先端技術や最新サービスに触れられる「Showroom」や「Tomorrow Lab」、イベントやコワーキングを通じて新たな出会いを生むラウンジなども併設されています。この「TSUNAGU BASE」を起点に、パートナーとともに高輪から新たなイノベーションを創出していきます。
社内では、1万3,000人の社員が一堂に会する機会を最大限に活かすため、「社員同士の壁」を取り払う工夫が施されています。
例えば、できるだけ壁を取り払ったオープンなオフィスレイアウトや、声をかけるきっかけとなるマッチング施策を用意しています。これにより、これまで接点のなかった社員同士がつながり、「一緒にやりましょう」と自然にコラボレーションが生まれることが期待できます。
次に、パフォーマンス向上の取り組みです。限られた勤務時間の中で創造的な業務に集中できるよう、新本社では複数の業務支援ロボットを導入しています。配送や移動販売などをロボットが担うことで、社員の雑務を減らし、その分を新たな発想やイノベーションの時間に充てられるようにしています。
また、働き方にもメリハリをつけて生産性の最大化を図っています。議論が活発に行われる空間と、静かに集中できる空間を使い分ける「ABW (Activity Based Working)」という働き方を導入し、業務内容に応じて最適な場を選ぶことで創造性を高めています。こうした空間設計とデジタルの融合により、社員のパフォーマンス最大化をめざしています。
最後に登壇したJR東日本の喜㔟陽一社長は、TAKANAWA GATEWAY CITYで進める社会実装のビジョンを語りました。この街は「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置付け、2025年3月27日にまちびらきしました。JR東日本グループは、共創パートナーのKDDIをはじめ、さまざまな企業やスタートアップと連携し、未来に向けた取り組みを推進しています。
KDDIとの共創の一環として、これまでに「高輪ゲートウェイスタートアッププログラム」や、遠隔地を一体の空間のように共有できる「空間自在プロジェクト」などを展開してきました。そしてまちびらきと共に、共創によって構築された「高輪イノベーションプラットフォーム」のデジタル基盤を活用し、KDDIとともに未来の都市像を実証実験するプロジェクトも始動しています。
喜㔟社長は、鉄道の「はじまりの地」、つまりJR東日本にとっても原点ともいえるこの高輪で、この土地と街が持つ歴史を受け継ぎながらKDDIとともに新たなイノベーションを創出し、次の100年に向けた豊かで持続可能な社会の実現を目指したいと語りました。さらに、KDDIの先進的なデジタル技術とTAKANAWA GATEWAY CITYの街を掛け合わせ、国内外への発信につながる実証実験を展開し、単なる実験にとどまらず社会実装を見据えることの重要性を強調しました。
JR東日本グループはTAKANAWA GATEWAY CITYで取り組むテーマとして、「環境」「モビリティ」「ヘルスケア」の3つのテーマを掲げており、さらにこのテーマをステージアップするため「人財・叡智」「医療」「水素・GX」という大きな柱を打ち立てて、共創パートナーとともに挑戦していくとしています。
また、通信技術と医療・交通などさまざまな分野を融合した未来の都市像についても語られました。
例えば「通信 × モビリティ (交通)」の領域では、通信技術と移動サービスの融合によって未来の交通のあり方を再定義し、都市の利便性とくらしを一新します。人工衛星を活用したチケットサービスやAIによる運行管理、ロボットとの協働によるメンテナンス、ドローンによる遠隔設備管理など、交通インフラの高度化を推進。これにより、柔軟な働き方の実現や、販売窓口のAI化による「お待たせしない駅空間」の創出にもつながります。
TAKANAWA GATEWAY CITYで実証された先進的なソリューションは都市の課題解決にとどまらず、地方の持続可能な発展にも活用可能です。この街で生まれたAI・ロボティクス・通信インフラを活用したさまざまなサービスモデルは、各地域の特性に応じて柔軟に展開できます。例えば過疎化が進む地域では、遠隔医療やドローン物流支援、AIによる公共交通の最適化などにより、住民の生活の質を大きく向上させることができる手段となるでしょう。こうした成果を地方へ波及させることで、全国規模での課題解決や地域の活性化、豊かで活力ある地域コミュニティの創出を実現していきたいと語りました。
発表の締めくくりに、喜㔟社長は「本日の発表会を通じてKDDIとJR東日本の志を共有できたことを大変うれしく思う」と述べ、未来への挑戦に期待を寄せました。
最後に、松田社長が本日の内容を次の3点にまとめました。
松田は、「高輪でこのような壮大なチャレンジを行うことで、まだ誰も見たことのない新しい体験を提供していきたい」と語り、実験と共創の取り組みを高輪から未来へ向けて進めていく決意を表明しました。
「未来をともに、高輪から」―KDDIは高輪での実験を出発点として、まだ見ぬ未来をパートナーと共創し、全国へ、世界へとイノベーションの波を起こしていきます。