「ロボットを導入したい。しかし、自社で本当に使いこなせるのか分からない」そんな不安を抱える企業は多いだろう。KDDIもまた、同じ立場からスタートした企業の一つだ。本社移転を機に、TAKANAWA GATEWAY CITYで複数のロボットを実運用する中で、理論だけでは見えなかった多くの課題と向き合い、解決してきた。本記事では、その実践から得た知見を紹介する。
労働力不足や人材確保の難しさは、深刻な社会課題となっている。その解決策の一つとして、ロボットの活用に注目が集まっている。ロボットによる業務の代替は、人手不足を補うだけでなく、新たな収益源の創出にもつながる可能性がある。例えばデリバリーロボットの導入により、店舗外での売上増加や、これまでにないサービス体験の創出が期待できる。
このようにロボット活用に多くの企業が関心を寄せる一方で、実装にはさまざまな高いハードルがある。まず挙げられるのが、導入コストの問題だ。特に中小規模での導入では投資回収が難しく、ロボット1台当たりの導入コストは依然として高いのが実情である。大手外食チェーンでは千台規模で配膳ロボットを導入している例もあるが、一般企業でそこまでの台数をそろえるケースは多くない。
次に課題となるのが、ステークホルダーや社内部門との合意形成の難しさだ。ロボットをビルやオフィスに導入する際には、ビルのオーナー、設備管理会社、エレベーターメーカーに加え、社内の総務部門や情報セキュリティ部門など、多くの関係者が関わる。またロボットを実際に活用・運用していくためには物理環境や設備環境を整えることだけではなく、ロボットを活用する事業者とも並行して仕様を決めていく必要がある。それぞれの立場に懸念や課題があり、すべての関係者から円滑に合意を得るのは容易ではない。特に、ロボット活用がまだ一般的ではない現状では、抵抗感を持つ人も多い。
KDDIがロボットソリューション事業に本格的に乗り出す契機となったのは、2020年からJR東日本との共創で始動したスマートシティ事業「空間自在プロジェクト」だ。スマートシティ化を進めるうえで、ロボット活用が重要な要素に位置づけられたのである。
「やるからには一過性の見せ物ではなく、事業にしていくべきだと考え、取り組みを広げていきました」とプロジェクト初期からロボットの導入に携わってきた山下は語る。こうして2025年の本社移転を機に、TAKANAWA GATEWAY CITYへのロボット導入が一気に加速した。KDDIはこの高輪を「実験場」と位置づけ、ロボットを実運用しながらノウハウを蓄積していったのだ。
ロボット導入を自社の新規事業として育て、そこで得た成果や知見を社外のお客さまにも提供していく。そんなビジョンのもとでの本格的な導入が始まった。
山下自身も、「『JR東日本様と進める街へのロボット実装に加え、新本社ビル内を舞台にして大規模に実験できるこの機会を活かさない手はない』という強い思いで社内外の調整を進めました。」と語っており、社内外のニーズを拾い上げながらロボット導入を推進していったという。
KDDIは、数々の課題に直面しながらもTAKANAWA GATEWAY CITYでの実証運用を通じていくつもの突破口を見出している。
その一つが通信インフラを活用した解決策だ。ロボットがビル内を自由に移動するには、エレベーターやセキュリティゲートとの連携が欠かせないが、運行の安定性、安全性の観点で常時接続が基本となる。しかし、一般的なWi-Fi通信はエレベーターホールやエレベーターの中などで電波が途切れやすく、ロボットの安定運行に影響を及ぼすことが多い。そこでKDDIは、ロボットに搭載したSIMを通じて自社のLTE/5G回線を利用することで、安定した通信環境を確保した。
矢口は「ロボットメーカーによっては、Wi-Fiではエレベーター連携ができない仕様になっています。私たちが提供するネットワークがなければ、広範囲で効率的なロボット走行は実現できません。」と、ロボット運用における安定した通信環境の必要性について語る。この通信基盤の強みがロボットの行動可能エリアを大きく広げ、建物設備とのスムーズな連携を可能にしたのである。将来的にはロボットメーカーと連携し、KDDIのSIMをあらかじめ組み込んだ機種を増やす取り組みも進める考えだ。
もう一つの突破口がマルチベンダー対応のロボットプラットフォームである。清掃・配送・案内など用途ごとに最適なロボットを選定するKDDIは、異なるメーカーのロボットをいくつも運用している。ここで当初課題となったのは、複数のロボットを同一フロアや建物内で稼働させると、互いに干渉し合う可能性があることだ。
実際、KDDIの本社ビルでは、合計で約30台のロボットが稼働しており、これらはそれぞれ異なるメーカーが開発した独立システムで動いている。当初はほかのロボットが邪魔になり、動きが妨げられるといった問題が発生した。この問題には、各ロボットからのデータを一元管理・制御する「ロボットプラットフォーム」で対応した。このプラットフォームを介し、各メーカーへ運用中に得られた不具合情報を迅速にフィードバックし改善する体制も整えている。複数メーカーのロボットを統合管理し、ロボット同士が協調しながら動作させられるのはKDDIならではの強みだ。そのアプローチによって、ロボットは同じエレベーターや自動ドア、幅の狭い道でもぶつかったりお見合いしたりすることなく、継続的に走行できる。
そして何より、地道な実証実験を通じた改善の積み重ねが各種課題の解決につながった。机上の計画だけでなく、「誰にとってうれしいのか」ユースケースを突き詰めて設計・開発を行い、自らロボットに付き添い、現場で動かしてみることで課題を洗い出し、即座に対策を講じる。このサイクルを繰り返していったのだ。
矢口は当時を振り返り、「人の動線を強く意識しました。引っ越し当初はロボットが動けばそれでよかったのですが、人が実際に働き始めたことで気づいた課題も多かったです。いかに“人が快適に過ごせるか”を考えてシミュレーションを行い、人とロボットが協調できるような設計することが重要かを痛感しました」と語る。例えばエントランスのフラッパーゲート付近では、人が必ず通る最短経路上にロボットがいると邪魔になってしまう。そこでロボットの動線を変更したところ、人とロボット双方の移動が円滑になったという。
こうしてロボットを導入した効果はさまざまな点で現れているが、特に顕著なのが業務効率の向上だ。
例えば社内便配送ロボットでは、当初は想定より周回サイクルに時間を要していたが、ロボットに付き添いながら動作を細かく見直すことで、経路や動作を最適化した。その結果、1回の配送オペレーション時間を約30分短縮することに成功している。また清掃ロボットについては、エレベーターと連携して自律的に移動しながら各階を巡回できるようにしたことで、通常はフロアごとに1台必要なところを、少ない台数で広範囲の清掃に対応できている。
また、高輪でのプロジェクトを通じてステークホルダー調整のノウハウも蓄積された。ロボット導入には前述のように多くの関係者の合意が必要だが、KDDIは通信やネットワークといったインフラ面でプロジェクトの根幹を担う立場に立ち推進していった。「KDDIがその立ち位置にいたことで、一気通貫でステークホルダーを巻き込みながらプロジェクトを進めることができました。」と山下は明かす。実際この経験は他の案件にも生きており、「高輪での実績があったからこそ、他のプロジェクトでもスムーズな調整が可能になった」と手応えを語った。
矢口も「実はオフィスの自動ドア設置や通路幅の設計など、ビル建設段階からロボット活用を見据えた環境整備にも取り組みました。またそれと並行して、どうすれば効果的に運用できるか、デリバリーや回遊販売、清掃事業、警備事業など、さまざまな事業者と一緒に考え、具体的な仕様を決めていきました。このように早い段階からプロジェクトに参画し、ロボット活用の全体像を描きながら実環境に落とし込んでいった経験や知見は、ほかでも活かせると考えています」と語った。
自社ビルで数十台規模のロボットを運用した経験は、他社には真似できないKDDIの財産となった。
山下は「これだけ多くのロボットを大きなビルで動かし、さらに屋内だけでなく実際の街で実験してサービスを磨いた実績は他に例がありません。」と胸を張る。この経験を踏まえ、KDDIは他企業のロボット導入をトータルで支援する体制を整えた。通信キャリアとして長年培った運用・保守ノウハウがあるからこそ、「導入だけでなく、設計の段階から運用まで含めて一気通貫で伴走する」のがKDDIの強みである。
KDDIの「ロボットソリューション」では、導入後の運用までも請け負う。これは、SIMモデルのLTE/5G通信によって可能となる。ユーザー企業は社内にロボット専任担当を置かずとも、日々の運行監視をKDDIに任せられるのだ。
矢口も「導入して終わりではなく、通信による遠隔運行・監視・制御までKDDIにお任せいただけます。KDDIは通信の運用保守を要としてきましたから、ぜひ頼ってほしい」と述べ、手厚い運用支援まで含めたサービス提供を強調した。
また、お客さまのニーズに応じた柔軟なソリューション提供も大きな特長である。特定のロボット製品やプラットフォームに固定せず、ユーザー企業ごとの課題や要望に合わせて機種選定やシステム構成をカスタマイズする。
山下は「プロダクトアウトではなく、お客さまの潜在ニーズや課題に応じて取捨選択したり、新しいものを取り入れたりしながら、柔軟に提供していきたい」と語っており、現在扱っていない種類のロボットであっても必要に応じてラインアップに加える考えを示している。複数メーカーにまたがる複雑なロボット活用であっても、KDDIに相談すれば窓口一つで現場に最適な形にまとめ上げることが可能であり、その結果ユーザー企業側の個別調整の負荷を大幅に下げられる。
構想段階から現場運用に至るまで、KDDIが培ったノウハウで伴走し、最適なロボット活用環境を共に作り上げていく。
KDDIはこうして磨いたロボットソリューションを、今後さらに幅広いフィールドへ展開していく。
現在、運用の中心はオフィスや商業施設内だが、屋内にとどまらず公道を含む屋外を走行するロボットサービスの提供にも乗り出す構想だ。例えば、コンビニや地域のロボットステーションをモビリティスポットとして活用し、ロボットが足の不自由な人の買い物を代行する、そんな社会課題の解決に直結するサービスの検討を進めている。高輪で培った技術や知見は、オフィス内だけでなく地域社会で価値を発揮する段階へと移りつつある。
最終的にKDDIが目指すのは、ロボット活用が特別なものではなく、当たり前になる未来だ。
矢口は「本社移転直後はロボットを物珍しく感じている人も多かった印象ですが、今では社員の日常の一部として馴染んできたように思います。現在は社内の声を拾い上げてサービス改善に生かすサイクルも回り始めており、日々アップデートを重ねています。ここでの知見を活かし、他の街・地域での横展開やお客さまの支援に役立てていきたい」と語った。
山下も、展望を次のように語った。「ロボット導入はいまだ大変なことが多いですが、持って行けばその場ですぐ使える存在にしていきたい。インフラのように当たり前にロボットがいる社会にしたい」。
KDDIは、自らの挑戦で得た経験と情熱を武器に、ロボットが街中で当たり前に活躍する未来像を現実のものにしようとしている。今後も、ロボット活用に挑む企業にとって心強い伴走者として、共に新たな社会インフラを築いていくパートナーとしての挑戦を続けていく。