「第5世代移動通信システム ( 5G ) 」のサービス開始が目前に迫ってきた。それは3G/4Gまでのようなモバイル通信の高速化・大容量化にとどまらず、あらゆるモノをネットワークでつないで制御する次世代のインフラとして、通信サービスを劇的に進化させる可能性を持っている。5Gの登場によってどのようなビジネスや未来が広がっていくのだろうか。
ICT・ネットワークのみならず、ビジネスのキーワードとしても耳にするようになった無線通信規格「5G」。注目される理由の一つは、5Gがスマートフォンやフィーチャーフォンで利用している「3G/4G」の単なる進化版ではないからだ。クルマの自動運転、高精細な4K/8K映像のデータ伝送、製造プロセス全体を最適化するスマートファクトリー、ロボットアームを使った遠隔手術など、少し前なら“夢物語”とも思えた世界を実現する「新たな社会インフラ」として期待されている。
そもそも、なぜ5Gが必要とされるのか。それは、あらゆるモノをインターネットに接続する「IoT ( Internet of Things ) 」が、ここ10年ほどで急速に普及してきたことが背景にある。近年はスマートフォンやPCだけでなく、各種センサー、スマートメーター、家電、自動車、医療機器などがネットワークにつながり、データ活用の領域を劇的に広げながら、リアルタイムな分析・検知・操作などを可能にしつつある。そこで、4GだけではカバーできないIoTビジネスに対応する無線通信規格として、5Gの技術開発がグローバルで進められてきたわけだ。
現在、仕様確定の最終段階にある5Gでは、4Gまでの延長線上にある「高速・大容量」に加え、「低遅延」「多接続」といった新たな技術が盛り込まれている。
「高速・大容量」では、最大1Gbps程度だった4G ( LTE ) を大きく上回る、最大20Gbpsの通信速度が実現される予定だ。そのため、4Gで使われてきた3.6GHz以下の周波数帯に加え、新たに3.6〜6GHz帯や28GHz帯などを利用する。高い周波数帯は長距離通信が苦手なため、「ビームフォーミング」という技術を使い、電波を特定方向に向けることで遠くまで飛びやすくしたり、「ビームトラッキング」という技術によって、ユーザーを追いかけるように電波の方向を調整したりする技術開発が進められている。ちなみにKDDIは、自動車で移動する5Gユーザーにビームトラッキングで電波を向け続けながら、接続する基地局を切り替えるハンドオーバー試験に日本で初めて成功している。
「低遅延」は、自動運転や遠隔医療を実現する上で必須の技術となる。自動運転を例にすれば、運行管理システムからの指示伝達が少し遅れただけでもブレーキ操作にズレが生じ、大事故につながりかねない。遠隔で行う手術も同様で、致命的なエラーを防ぐためにはネットワークの低遅延化が欠かせない。
その実現には「エッジ・コンピューティング」という技術を用いる。現在のクラウド・コンピューティングはサーバーを集中管理する代わりに、ユーザー端末との通信が長くなるという弱点があり、これによって遅延が膨らむ可能性がある。そこで、ユーザー端末との通信が短くなるよう、ユーザーが利用しているネットワークの近くに「エッジサーバー」という専用のサーバーを置き、さまざまな処理を分散してレスポンスを高速にするわけだ。4Gでは送信したデータが基地局に届くまで1/100秒の誤差が生じるが、5Gではその1/10以下、つまりは1/1000秒以下にまで縮められる。
「多接続」は基地局1台から同時に接続できる端末を、従来に比べて飛躍的に増やす技術だ。4Gでは1km2当たり10万のデバイス接続にとどまるが、5Gではこれが10倍の100万デバイスに増える。そのために、通信ネットワークを仮想的に分割する「ネットワークスライシング」技術を使う。通信で用いる周波数を、「高速・大容量向け」「高信頼・低遅延向け」といった形で領域を区切ることで、相互干渉を起こすことなく、多種多様なデバイスに同時にサービスを提供するのである。
このように革新的な技術を備える5Gには、ビジネスや世界を切り開く時代の象徴として大きな期待が寄せられている。日本でも通信キャリア各社が異業種交流も含めた5Gサービスの実証実験に取り組んでいるが、ここでは、KDDIが実施するさまざまな実証プロジェクトの一端を紹介したい。
自動運転で安心・安全な クルマ社会を実現
KDDIは2016年から4Gを使った自動運転の実証実験を開始し、2017年12月には日本で初めて一般公道における遠隔制御型自動運転システムの実験に成功。自動運転の定義段階 ( レベル0〜5 ) の中で2番目に高度なレベル4 ( 走行エリアは限定されるが、運転席は無人の状態 ) を実現している。5G時代の到来で自動運転が実用化され、安全が確保されれば、走行中に4K/8Kの映像コンテンツを楽しんだりするなど、移動中のさまざまな常識が置き換わる可能性がある。また、渋滞・事故情報や人の飛び出しなどを5Gネットワークで瞬時に検知・制御することで交通事故を激減させ、安心・安全なクルマ社会の実現にも貢献すると期待されている。
空間を超える視触覚再現 「テレイグジスタンス」
「TELE=遠隔」と「EXISTENCE=存在」を組み合わせた概念であるテレイグジスタンスは、遠く離れた場所にいるロボットをアバター ( 分身 ) として利用し、あたかもそこにいるかのような感覚・体験が得られる技術だ。Telexistence株式会社 ( TX Inc. ) とKDDIは、同技術を活用した遠隔操作ロボットの量産型プロトタイプ「MODEL H」を開発した。
MODEL Hは通信を通じて操縦者の動きを再現するだけでなく、ロボットが見聞きしたものや指先で触れた感触までをHMD ( ヘッドマウントディスプレー ) や専用のグローブを通して繊細に感じ取ることができる。
旅行会社と連携した「小笠原観光の遠隔体験イベント(※)」でその機能がお披露目されたが、5Gの低遅延・多接続が実用化されれば、熟練技術の効率的な伝承や遠隔手術などでも、同技術の真価が発揮されていくだろう。
※東京にいながら小笠原諸島の海を見たり、ウミガメに餌をやったりと、離れた場所にいるロボットの目や指を通じて、現地の様子を体験できるイベント
無人建機で 災害復旧作業を安全に
日本では地震や台風による災害が増加傾向にあるが、災害直後は二次災害の恐れがあるため復旧作業が困難になる。そんな状況でも遠隔で建機を無人操作できれば、安全に復旧活動を行うことができる。そこでKDDIは大手建設会社などと共同で、5Gを活用した建機遠隔操作の実証実験を行っている。従来もWi-Fiでの遠隔操作は行われていたが、建機に設置したカメラからの映像が低解像度であるために距離感覚がつかみにくく、作業効率が半分程度に低下する課題があった。
実証実験では、5Gの高速・大容量、低遅延の特長を生かし、2台の異なる建機 ( バックホーとクローラーダンプ ) を遠隔操作で連携させ、土砂を運搬することに成功。各建機には高精細な4Kカメラや現場俯瞰用の2Kカメラなど複数台を取り付け、音声も含めてリアルタイムに伝送することで、搭乗操作と同等の操作性を実現できることを確認した。建設業界では作業員の高齢化に伴う技能伝承や人材不足への対応も課題となっているが、任意の場所から各地の建機を容易に遠隔操作できる環境が整えば、これらの課題もあわせて解決できることが期待されている。
5Gでドローンの可能性を 大きく広げる
KDDIは携帯通信ネットワークを使い、より安全に長距離飛行できる「スマートドローンプラットフォーム」に取り組んでいる。これは、ドローンを利用した新たなソリューション開発を模索している企業に「携帯通信モジュール搭載のドローン」「3次元地図」「管制システム」「クラウド」の4つをパッケージで提供する構想だ。世界初のアーム付き直接作業型、垂直な柱や橋の裏側に張り付いて自走する4輪駆動型、水中の映像を撮影できる防水型などの各種ドローンを用意し、農業・測量・点検・災害救助・警備・配送などの用途ですぐに活用できるようにする。
ドローンで映像を撮影するだけならWi-Fiや4Gでも可能だが、5Gなら映像データや測定データをリアルタイムに伝送しながら解析できるため、幅広いビジネス展開が行えるようになる。ドローンが衝突を回避しながら飛行するには、自動運転のクルマのようにドローン同士でリアルタイムなコミュニケーションを図ることが必要だが、そこでも5Gが大きな役割を果たすことになる。
目前に迫った5G時代を見据え、企業にとっては「5Gを使ってどのようなサービスを立ち上げていくか」が大きなテーマとなっている。そこで2018年9月、KDDIはパートナーとともに新たなビジネスを創出する開発拠点「KDDI DIGITAL GATE」を東京・虎ノ門に開設した。
同施設では5GやIoTといった最新技術を体験、検証できる環境を企業向けに提供する。屋内には5G試験基地局とアンテナを配置し、5G対応タブレットを用いたデモンストレーションを行える。また、創出されたアイデアを実際のビジネスに発展させるため、KDDIのアジャイル開発専任部隊や、KDDIグループのソラコム ( IoT向け通信サービス ) 、ARISE analytics ( データ分析 ) などが開発・構築をサポートする体制も整えている。
過去の3G、4Gがそうであったように、これから5Gの商用サービスが始まれば、さまざまなビジネスや社会環境が数年で大きく激変する可能性がある。社会の根幹を支えるインフラとなる5Gの信頼性を担保するのは、通信キャリアの重要な役割だ。それに加えKDDIでは、5Gならではの新しい体験価値を幅広い企業と共創し、新しいビジネスや未来を創造していく考えだ。