2019年5月29日から31日までの3日間、東京ビッグサイトで開催されたWIRELESS TECHNOLOGY PARK(WTP)2019。
さまざまな企業の展示や講演が行われた中、今回は初日の午前の部に開催された総務省とKDDIの基調講演の内容についてレポートしていきます。
WTP2019初日のセミナーは、「5G時代に向けた電波政策最新動向」というタイトルで総務省 総合通信基盤局電波部長 田原康生 様の講演からスタートしました。
まず、政府が目指している「Society5.0」というものについて紹介がありました。Society5.0とは、現在のようにサイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が分かれているのではなく、両空間が融合した社会を作るという構想です。
このような言葉だけを耳にすると、あまりにも抽象的で分かりにくいと思いますが、現在注目を集めている5GやIoTといったテクノロジーがSociety5.0に直結する分野であり、必要不可欠な存在でもあります。現在KDDIが実証実験を進めている自動運転なども5Gを活用したSociety5.0の具体例といえるでしょう。
Society5.0を実現するためには都市部だけでの5G活用ではなく、地方も含めた新たなビジネスアイデアを生み出す必要があります。総務省では2017年から5G活用のためのアイデアコンテストを実施。総務大臣賞を受賞した愛媛大学大学院からの提案は、5Gを活用して遠隔でのクレーン作業を行うというもので、超高精細映像と音声をモニタリングしながら、低遅延の5Gネットワークを経由してクレーンを操作します。クレーン作業は高所での作業となるため、風による影響を受けやすいほか、一度上がるとなかなか降りられないという過酷な環境です。しかし、地上での遠隔操作が可能になると作業環境は大幅に改善され、同時に作業者の技術を伝承していくことも容易になります。
総務省に続いて、KDDI株式会社 モバイル技術本部副本部長 小西 聡の講演が行われました。KDDIがこれまでに行ってきた5Gに関する新たなビジネス創出、それらを実現するための実証実験の内容などを中心に説明がありました。
KDDIが課題と考えている問題には、大きく分けて2つの種類があります。ひとつは、人口減少や高齢化にともなう「社会全体の課題」、もう一つは、一人一人が豊かさを追求するときに考えられる「個人の課題」です。
まずは社会全体の課題をクリアするべく取り組んできた5Gの実証実験として、「空港サービス」「建機の遠隔操作」「ファクトリーオートメーション」「ICT×酒造」の4つの事例が紹介されました。
なかでも注目しておきたい事例が、ファクトリーオートメーションとICT×酒造についてです。ファクトリーオートメーションとは工場の自動化という意味ですが、近年の工場は1商品当たりの生産量は減少傾向である代わりに、種類が多様化しているため頻繁に生産ラインのレイアウト変更を行う必要があります。
しかし、これまでのように有線での配線となると工事にかかるコストや期間も莫大です。そこで、5Gを活用したネットワークに切り替えることによって生産ラインを停止する期間とコストを大幅に圧縮することが可能になります。今回は、5Gネットワークや三次元計測センサーなどを活用しながら、産業用ロボットが部品を捕まえてラインに乗せる、という精密な制御を可能にした実証実験の事例が紹介されました。
ICT×酒造の分野では、酒作りに欠かせない「もろみ」の熟成過程を遠隔監視するシステムについての紹介です。これは発酵の過程を常時監視できるように超高精細カメラで撮影した映像を遠隔で監視するというものです。事務所に設置してある4Kモニタで監視できることから、これまで杜 様の経験に頼ってきた酒造りの技術伝承が映像データ化されるとともに、後継者の育成にも活用されます。ちなみに、このシステムは有線ネットワークで構築することも不可能ではありませんが、酒蔵内でケーブルを配線するよりも5Gを用いた無線回線を活用した方が安全であり、酒蔵のレイアウトを変更するときにもケーブルの引き回しが不要なため、メリットがあります。
2つ目の課題である個人の豊かさを追求する事例では、「スタジアムエンターテインメント」「自動運転」「ドローン」が取り上げられました。特に注目しておきたい事例がスタジアムエンターテインメントです。これは複数台のカメラで撮影した4K映像を瞬時に組み合わせることで、被写体をあらゆる角度から立体的に見られるシステムです。スポーツの分野では臨場感あふれる映像を表現でき、これまでのスポーツ観戦の概念が変わるほどのインパクトをもたらすことでしょう。
低遅延・大容量での通信が可能である5Gの実力を最も体感できる事例といえるのではないでしょうか。スタジアムエンターテインメントは東京オリンピックに向けての実用化も期待されます。
KDDIの5Gは2019年に一部エリアで開始され、2020年以降に本格的に商用化される見込みです。しかし、現在利用されている4Gから、ある日突然5Gに切り替わるのではなく、より高いニーズがあるところから徐々に5Gへ切り替わっていきます。
今回発表された5Gの活用事例は、いずれもIoTやAIなど複数の技術を応用し組み合わせたものばかりです。たしかに5Gは革新的な技術であり、これからのライフスタイルを一変させるほどの力を秘めています。しかし、どのような課題であっても5Gだけの技術ではクリアできないものです。これはIoTやAIにも同じことがいえます。
5Gの果たす役割は、あくまでもネットワークとしてシステムを支えることであり、その上でさまざまなデバイスが動作し、データがやりとりされることになります。KDDIは5GやIoTといった技術を使って世の中の課題を解決していこうとしていますが、それはあらゆる産業や業界と手を組んだ上で初めて実現できるものといえるでしょう。
(文:西村広光)