これまでの無線通信システムの進化は、モバイルの進化とともにあったと言える。しかし、モバイルに限らずあらゆるモノがネットワークに接続される時代が到来し、無線通信システムには、これまでの想定を超える高い性能が要求されることになった。それに応えるべく登場したのが「5G(第5世代移動通信システム)」だ。5Gがもたらす可能性が華々しく伝えられる一方、現時点でどこまでの性能が備わっており、どこまで活用が可能なのか、ユーザーサイドである企業からはわかりにくいことも多い。本格的な実用化を目前に控えた今、5Gの現在地はどこなのか。そして今後どのように進化していくのか。KDDI総合研究所 無線通信方式G 課長補佐 菅野一生に聞いた。
「3Gから4Gは、スマートフォンでのデータ授受を想定した進化でした。一方4Gから5Gは、IoT社会に対応しうる通信システムへの進化であり、従来の延長線上にはない新たな技術に期待が集まっています。すでに、さまざまな業種の企業から、新ビジネス創出に5Gを活用できないかと相談を受けることも多くあります」と話すのは、KDDI総合研究所 無線通信方式G 課長補佐の菅野一生。その時に感じるのは「ユーザー企業でも、5Gの現在地を可能な限り把握する必要がある」ということだという。
2020年からの5G本格稼働に向けて、KDDI社では2019年からプレサービスを開始する予定だが、その5Gの特徴として広く知られているのが、「高速・大容量」「高信頼・低遅延」「多接続」の3点である。
菅野 一生
「高速・大容量」はこれまでの進化の延長線上にあるもの。「4K・8Kなどの超高精細度のデータや、VR・ARの技術を用いたコンテンツを、大人数でやり取りするとなると、4Gでは対応しきれない部分があります。5Gは、従来よりも大容量のデータを高速でやり取りできる規格を備えています」(菅野)
「高信頼・低遅延」は、遅延なく、また途切れることなくデータを授受すること。「スマホを操作する際には違和感がない程度の遅延でも、自動運転や遠隔作業など、ロボットや機械を介し、リアルタイム性が重要な作業を行う場面では、ミリ秒(1000分の1秒)単位のズレが大きな違和感につながることも多いです。その違和感を解消するための性能を備えています」(菅野)
そして「多接続」は、モバイルやタブレット以外にもスマートスピーカーやロボット、社会インフラや工場等に取り付けたセンターなど、ありとあらゆるモノがネットワークにつながる社会を想定し、同時に多数の端末を接続できることを示している。
ただしこの3点については「どの環境においても、同時に3つの技術がフルスペックで活用できる」わけではないという。
「5Gのネットワークは、通信に用いる周波数や要素技術を、『高速・大容量向け』『高信頼・低遅延向け』といった形で使い分けることができます。これにより、その時の利用状況や要件を踏まえて、多種多様な端末に適したネットワークを提供することが可能になります」(菅野)
たとえば「高速・大容量」という機能を最大限に活用しようとしたとき、同時に「高信頼・低遅延」という機能を最大限に活用することは、現在の技術では難しい。その場合、ネットワーク側で柔軟に、活用する周波数の割り振りを変えることもありうるという。
ネットワークの活用用途が広がれば、その分、個々の活用シーンにおいて機能の優先度は多様化する。自動運転や遠隔操作のように「少しの遅延も許されない」のか、あるいは「大容量データを送ることが優先で、データ通信が多少途切れたとしても問題がない」のか、さまざまなパターンが出てくるはずだ。「利用用途やアプリケーションをネットワーク側で把握しておくことで、優先順位をつけて対応することも、技術的には可能です」(菅野)
これを踏まえると、5Gを活用したいと考える企業に求められるのは「どんな用途で5Gを活用したいか」を明確化することだと言える。用途が明確であれば、活用すべき周波数や、最適なバランスを判断しやすい。また用途によっては、5Gの実用化を待たずとも、4Gで実現可能なケースもあるという。何を実現したいのか、つまりゴールの明確化が新たなビジネス創出の近道になる。
図:5Gの3つの特徴
用途によってネットワーク側で
「高速・大容量」「高信頼・低遅延」
「多接続」のバランスをとる。
どのような用途で5Gを活用したいのかを明確に
することで、5Gの効果的な活用につながる。
「高速・大容量」「高信頼・低遅延」「多接続」を実現するため、5Gではすでに総務省から3つの周波数帯が割り当てられている。「3.7GHz帯(100MHz幅)」「4.5GHz帯(100MHz幅)」「28GHz帯(400MHz幅)」である。
周波数が高いほど、割り当てられる帯域幅が大きくなり、伝送できるデータ量も増加する。この原理上、28GHz帯(400MHz幅)が最も高速で大容量のデータを送ることが可能だ。しかし周波数が高くなればなるほど、電波は直進性が強くなり(遮蔽物があると届かなくなる)、かつ遠くに飛ばなくなる。どの周波数帯がどの利用用途に適していると単純には言い切れないが、「切れることなく、安定して遠くまで伝えたい(「高信頼・低遅延」)」という場合は、従来の周波数帯に近い3.7GHz/4.5GHz帯を活用するなど、それぞれの周波数帯の特徴を踏まえて活用する必要がある。
ただし5Gの導入といっても、いきなりすべての通信が5Gに切り替わるわけではない。「スタート時は、4Gと5Gを連携させたNSA(Non-Standalone)方式であり、段階的に4Gから5Gへの移行が進み、その過程で割り当てられる周波数帯も拡張されていく見込みです」(菅野)
導入後もさらなる進化が見込まれる5Gの技術によって、新たなビジネスや社会インフラが創造されていくと期待が高まっている。しかし、5Gを活用するユーザー企業が本当に必要としている技術や機能が何なのか、技術開発側からは見えないことも多い。そこで通信キャリア各社は、異業種のパートナー企業とともに5G活用サービスの実証実験に積極的に取り組んでいる。
たとえばKDDIは、2018年12月、株式会社大林組、日本電気株式会社(NEC)と共同で、建設中の安威川ダムの施工エリアの一部を使用し、5Gを活用して2台の建設機械を遠隔操作により連携させる実証試験を行った。工事現場の建機に搭載したカメラの映像を遠隔操作室に伝送し、映像を見ながら人間が操作した制御信号を建機に配信する仕組みだが、実現には遠隔操作と映像のずれを最小化することが不可欠となる。
「従来のWi-Fiや4Gを活用した遠隔操作では『違和感がある』と感じた人も、5Gを用いると『現地と同じような感覚で作業できる』といった声があったようです」(菅野)。4Kを用いた鮮明な映像を伝送するため「高速・大容量」なやり取りが必要だが、同時に「高信頼・低遅延」である必要もあるケース。この場合は、それぞれの性能をフルスペックで活用しているわけではなく、両性能のバランスをとる形で5Gを活用している。
また、日本航空株式会社とKDDIが共同で行った実証実験のひとつに、航空機整備の遠隔作業支援がある。これは整備士の作業を遠隔にいる指示者が確認・指示する実験で、整備現場の映像を離れた場所に送り、映像を見たベテラン整備士がARを活用して作業指示を行うものだ。「ARによる指示など、実際のビジネスの場で通信にどのような要求があるかを把握することで、ニーズに応える技術開発を進められます。今後もパートナー企業との実証実験は積極的に進めていく予定です」(菅野)
5Gは「拡張していく」技術だと言われている。来春サービス化される5Gは、標準化された第一段階であり、これまでの進化の延長線上にある「高速・大容量」への進化が主題となっている。しかし、先述したような実証実験を通じて、新たなニーズも見えてきており、標準化の第二段階では「ビジネスの現場からの要求」がより強く反映された仕様になることが見込まれる。
「技術開発はこれまで、どちらかというと“シーズベース”であり、いかに新しい技術を活用して社会の課題解決をするかが重要でした。一方で5Gは、さまざまな企業とともに議論や実証実験を重ねながら、現場の“ニーズベース”で技術開発を進め、新たなビジネスや社会インフラを実現していくことが求められています。お客さまと直接つながりを持ち、生の声に耳を傾けられる通信キャリアの強みを生かして、企業のニーズを5G技術開発に反映させていきたいと考えています」(菅野)