有線/無線の通信サービスをグローバルに展開するKDDI。そのネットワークの品質と安定利用を支えているのが運用本部である。24時間365日体制で監視・保守はもちろん、災害時の通信網の復旧作業、臨時の基地局設置も重要な任務だ。これまでも通信トラフィックの変化を捉え、常に先手を打ってきた。5G時代に向けて私たちの暮らしやビジネスに欠かせないネットワークは、どのように守られていくのか。同本部の知られざる舞台裏を紹介したい。
吉村 和幸
インターネットの爆発的な普及は私たちの暮らしやビジネスを大きく変えた。さまざまなサービスがネットワークでつながることを前提に提供されている。いまやネットワークは、電力や水道と同じライフラインであり、重要な社会インフラの1つといえるだろう。
近年はそのトラフィックに「質的な変化」が起こっているという。そのきっかけとなったのは4Gとスマートフォンの登場だ。「SNSでネットに常時つながり、動画やゲームなどのリッチコンテンツも気軽に楽しめるようになりました。多様なアプリケーションも登場し、時間帯やデータ量など、これまで想定していない使われ方が増えてきたのです。昨今はビジネス分野におけるIoTの利用も広がりを見せており、通信トラフィックの変化はさらにダイナミックかつ複雑なものになっています」。こう話すのは技術統括本部 運用本部で本部長を務める吉村 和幸だ。
ネットワークにつながることを前提に成り立つビジネスも増え、ネットワークそのものがビジネスの生命線になりつつある。
KDDIネットワークの品質と安定稼働を支える運用本部の役割は、これまで以上に重要になってきている。
運用本部の本拠地は、東京・西新宿のKDDIビルにある。ここが中心となって全国の固定電話網/モバイル網、グローバルに展開する国際通信網を統合管理している。KDDIのネットワーク運用は東京での全体監視に加え、エリアごとに地方を守る体制を取っているのが特徴だ。全国11カ所に展開するテクニカルセンター ( TC ) が各エリアの基地局を監視し、エリア内の品質管理や障害対応にあたる。
「トラフィックにはエリアごとに特性があり、中央一極の監視運用体制では、エリア特性に柔軟に対応できません。そのため、全国各地にテクニカルセンターを配備し地域のお客さまの声に耳を傾け、エリアの特性に合わせた体制を構築しているのです」と吉村は説明する。
地域ユーザーの声を聞くため、各テクニカルセンターの担当者は営業部門と密に交流している。営業やフィールドサポートの活動に同行し、じかに顧客から話を聞くこともある。「お客さまがどのようなビジネスを展開し、ネットワークをどのように使っているのか。通信の頻度やデータのサイズ、ビジネスにおけるデータの重要性などをヒアリングします。トラフィックの変化を迅速に把握し、その中で求められるネットワーク品質はどうあるべきかを考え、運用オペレーションに反映していきます」と吉村は話す。
中央のセンターと各テクニカルセンターを合わせた陣容は約1300人。24時間365日体制で障害の1次対応をするチーム、そのバックヤード部隊として、より専門的なスキルを発揮する品質向上チーム、そしてトラフィックの状況を見てエリアのネットワーク品質を分析する品質管理チームの3つがある。中央のセンターと各テクニカルセンターの両輪による活動に加え、この3チームが横の連携を図ることで、ネットワークを守っているわけだ。
守ることは「受け身」の活動と思われがちだが、実際は全く違う。先述したようにトラフィックはネットワークやICT環境の進化に伴い、大きく変化している。「運用オペレーションも時代の変化に合わせて、先手を打って変えていかなければ、ネットワークを守り続けることはできません。つまり、我々もまた変化し続ける必要があります」と吉村は主張する。
そのためにさまざまな仕組みも整えている。基地局にアラートが発生した場合、状況により自動で経路を切り替えられる機能はその1つだ。冗長構成のシステムが即座に切り替わることで、通信の安定性を確保している。
ネットワーク内におけるルート全体の問題抽出をほぼ自動で行う仕組みもある。トラフィックがどういうルートを通り、どこがボトルネックになっているか。「点」で捉えず「全体」で監視・分析しなければ、問題の本質にたどり着けないからだ。
とはいえ、これは言葉で表現するほど簡単なことではない。ルート全体の監視情報は膨大な量になる。この集計・分析に手間を取られていたら、原因の把握までに時間がかかってしまう。「大切なことは、『いかに迅速に復旧させるか』です。そのためにはベテランの経験やノウハウが欠かせませんが、人的資源は有限です。そこで、前段階となるトラフィックの集計・分析作業に機械学習を使い、自動化を進めているのです」と吉村は語る。要は、「匠×デジタル」を推進することで、長年の経験とノウハウの強みを増幅させているわけだ。
中央のセンターには全国の基地局情報を地図上に一覧表示する障害復旧支援システムがある。複数の基地局に障害が発生し、エリア内の通信を再開させるためには、どこの基地局から復旧すべきか――。シミュレーション結果から、最も効果的な復旧オペレーションを実施していく。特に威力を発揮するのは地震や台風などの広域災害が発生した時だという。
「いざという時に備え、このシステムを使った災害対応訓練を定期的に行い、日ごろからオペレーションスキルの研鑚に努めています」( 吉村 )
実際に災害が発生した場合は、全社的な災害対策を指揮する災害対策本部、各テクニカルセンターをコントロールする運用災害対策室、そして現地の被害情報の収集や復旧作業を担う現地対策室という3つの組織が組成される。台風、集中豪雨など発生エリアがある程度予測できる災害については、事前に予測を立てた被害想定エリアに現地対策室のメンバーを派遣しておく。この3つの組織が緊密に連携し、迅速なエリア復旧にあたるという。
災害対応には、もう1つ“秘密兵器”もある。KDDIグループが所有する船舶型基地局「KDDIオーシャンリンク」と新型の「KDDIケーブルインフィニティ」だ。2隻は、日ごろ、海底ケーブルの敷設や保守にあたるが、災害時は基地局設備を搭載し、災害対応支援を行うのである。
直近では2019年9月9日に関東地方に上陸した台風15号(令和元年房総半島台風)の復旧対応にKDDIオーシャンリンクを派遣。この台風は特に千葉県内の山林部の被害が深刻だった。電力・通信のケーブルが寸断された上、倒木によって道もふさがれ、車載基地局が通れない。その先の沿岸部には多くの人が住んでいるのに情報が断絶し孤立状態に陥っていた。外からの情報は入ってこない。自分たちの窮状を訴える手立てもない。しかも復旧活動は長期化する見込みだった。
そこで、急遽KDDIオーシャンリンクを出港、千葉県館山市沿岸部に停船させ、2019年9月15日から運用を開始したことで、他キャリアに先駆けてエリア復旧を実現した。KDDIオーシャンリンクが担ったのは通信の復旧だけではない。大量貨物輸送が可能な船舶のメリットを生かし、水や食料、医薬品などの支援物資も運んだ。「通信は人の暮らしを支えるライフラインでもある。回線を復旧させるだけが、キャリアの役割ではありません。暮らしやビジネスを守るため、できる限りの支援を行う。それがKDDIの考える災害復旧活動です」と吉村は語る。
エリア特性とトラフィックの変化を捉え、先手を打った対応でネットワーク品質の維持・向上を図る。5G時代になると、この取り組みはさらに重要性を増していく。AIやIoTの活用が本格化し、データの種類もサイズも、その“重み”も格段に増大することが見込まれるからだ。
例えば、自動運転や遠隔医療で5Gが使われるようになれば、データに「命」が乗るようになる。その送受信を支えるネットワークは、文字通りのライフラインとなる。障害はもちろん、わずかな遅延さえ許されない。「自戒と矜持を新たにして、ネットワークを守らなければならない」と吉村は気を引き締める。
どのような用途でネットワークが使われ、トラフィックはどのように変化するのか。これまで以上に利用状況を詳しく把握することが求められるはずだ。そこで、運用本部では、機械学習の活用に加え、KDDI総合研究所と連携し、トラフィックの予測精度の向上にも努めていく。
ネットワークを守り続けるためには、「変えてはいけないもの」と「変えていくもの」の2つがある。「絶対守るという強い矜持を変わらず持ち続ける一方で、ITツールやナレッジは積極的に取り入れ、オペレーションを柔軟に変えていきます」と話す吉村。5G時代にも変わらぬ品質と安全を提供するため、運用本部はこれからも新たな挑戦を続けていく考えだ。