KDDIは、虎ノ門オフィスを起点に、働き方改革と社内DXを進めている。リモートワークが当たり前となった今、同社が目指すのは単なるデジタルツールの導入に留まらず、社員一人ひとりにとって最適な働き方を実現することだ。高度なハード・ソフトの環境整備、さらには新しいコミュニケーションの形を模索することで、従来の働き方を根本から変革しようとするKDDI。変化するビジネス環境に適応し、次世代の働き方を見据えたKDDIのアプローチを紹介する。
「働き方改革」。この言葉が日本のビジネス界に浸透して久しい。しかし、その本質は何か。単なる労働時間の短縮や、リモートワークの導入だけで十分なのか。KDDIは、この問いに対する答えを模索し続けている。
こうした中、KDDIがこれからの働き方を模索し、その実現に向けた実証実験を行う拠点として新たに構えたのが、虎ノ門オフィスだ。大規模再開発エリアの中心にそびえる「虎ノ門ヒルズビジネスタワー」に、ビジネス (当時:ソリューション) 事業本部の機能が移り、ビジネスのDX (デジタルトランスフォーメーション) を実現するために企業に求められる社内改革を、自ら率先して推し進めている。座席数を移転前から4割減少させる一方で、ネットワークやクラウド、オンライン会議ツールなどの設備を大幅に拡充させた。
KDDIが目指す働き方改革の目的は3つある。第一に社員の心身の健康、第二に効率化、第三にイノベーションにつながる社員同士のコミュニケーション活性化だ。画一的にリモートワークやデジタル化を強要するのではなく、この原理原則に基づいて、社員一人ひとりに合った働き方を模索している。
KDDIが「働き方改革」に取り組み始めたのは、実に20年以上前のことだ。2003年には上長が別の場所にいても決裁が行えるよう決裁プロセスの電子化を進め、2005年にはリモートワークの環境整備にも着手していた。当初、リモートアクセス環境は数千人規模に留まっていたが、2011年の東日本大震災発生を契機に一気に拡充。全従業員1万人がリモートワークできる体制を早々に整えた。
このように、ハードインフラは着実に整備されてきたが、現場で社内DXを推し進めるメンバーは、課題感を抱くようになっていた。
かつて、多くの日本企業においては、従業員が朝から晩まで最大限の時間を労働に充て、成果を上げることが一般的な働き方だった。しかし、次第に業務を効率化し、同じ時間内でより高い成果を求められるようになってきた。そのため、KDDIではさまざまな設備を整えてきたが、やがて「効率化には限界がある」ということに気づいた。特にSE部門では、「いくらハード面を整備しても、これ以上の効率化は難しい」という声が多くのSEから上がっていた。
そこで、ハードインフラの整備だけでなく、ソフト面、つまり制度や仕事のルール・プロセスの見直しも含めた総合的な改革が始まったのだ。
KDDIが本格的な社内DXに乗り出したのは2019年。代表取締役社長の髙橋 誠自らが旗を振り、「働き方改革・健康経営推進室」を新設。ハードだけでなくソフト面も含めた両面での改革を実現するべく、全社的な動きがスタートした。今般の虎ノ門オフィス開設につながる、KDDIの社内DXプロジェクトが動き出したのもこの頃だ。
働き方改革を推進する上で、トップの決断は非常に重要である。社長が本気で改革に取り組む姿勢を見せることで、事業部のリーダーたちも従来の固定観念を改めることとなった。具体的には、オフィスへの出社に固執することをやめ、上層部が率先してリモートワークを実施し、まず自らが変わる姿勢を示し始めた。
社内DXの推進には、部門横断的なアプローチが不可欠だ。企画部門、情報システム部門、人事部門など、各部門のトップが参画するチームを結成。勤務体制、人事評価、ワークフローなど、あらゆる角度から制度設計を見直した。
具体的な取り組みの一例として、リモートワークに伴う諸経費の問題がある。通信費や電気代の負担、通勤回数減少による交通費の見直しなど、細部にわたる検討が進められている。
各部門のトップが横並びで意見を交わし、より良い働き方を実現するにはどのような制度が必要で、どのように運用するのが最適かという点について、実際に試行しながら模索しているのだ。その実証実験の場が、まさに現在の虎ノ門オフィスである。
リモートワークの浸透により、新たな課題も浮き彫りになった。それは、オフラインでのコミュニケーションの重要性だ。
ビジネスの源泉となるニーズやシーズは、実際に顧客の元を訪ねなければ出会えないものが多い。メンバー同士が対面で意見を出し合う過程で生まれることも多く、テレワークだけですべての業務が完結するわけではない。
この認識のもと、KDDIは働く場の位置づけを再定義した。「ハブオフィス (本社) 」「サテライトオフィス」「ホーム (自宅) 」の3つのカテゴリを設定。業務内容や個人の状況に応じて、これらを柔軟に使い分ける働き方を虎ノ門オフィスでは実践している。
さらに、オンライン会議が増える中で、「Web会議がしづらい」「ソロワークに集中できない」といった課題にも対応。各フロア、広々とした空間に外部からの音や視線を遮る「集中ブース」を設置し、個々が集中できるスペースを提供している。
周囲を気にせずに1人で集中したいときはひとり仕切られたスペースで集中、他のメンバーとの共創が必要な場合にはオープンスペースで議論するというスタイルだ。
KDDIでは、リモートワークが普及した今だからこそ、対面で生まれる議論の価値を重視し、より質の高いコミュニケーションを促進するためのさまざまな手法を試行錯誤しながら取り入れ続けている。新しい業務スタイルの可能性を探り、より良い働き方を追求しているのである。
少子高齢化による人材不足がますます深刻化する中で、経営・事業活動に最適化した環境をハード/ソフトの両面から整備する社内DXは、あらゆる業種・業態の企業において喫緊の課題となっている。そして、多くの企業はDX推進に取り組む中で、KDDIがこれまでのDX化で経験してきた「意識の壁」や「効率化の限界」、さらにその先に訪れる多くの課題に直面していることだろう。
KDDIの社内DXの取り組みは、単に自社の改革にとどまらず、その知見とノウハウを顧客企業にも提供していく方針だ。
KDDIが目指すのは、生産性を高めながらも、より自由度の高い働き方の実現だ。実際に、軽井沢などの地方を生活の拠点とし、オフィス出社は月に一度程度という生活スタイルを実現している社員もすでに存在する。それでも、ビジネスの成果をしっかりと出している状況だ。このような働き方を、より多くの社員が実現できるような制度と環境を整備し、顧客企業と共に真に多様で柔軟な働き方を実現していくことを目指している。
KDDIは、2025年春に本社を「TAKANAWA GATEWAY CITY」へ移転する計画を進めている。JR東日本と共に推進する分散型スマートシティの一環として位置づけられ、CO2排出量「実質ゼロ」を実現するサステナブルなまちづくりの拠点となる。この移転により、KDDIは「サテライトグロース戦略」で掲げる業界DXのさらなる推進を図り、会社や部門の枠を超えた新たな価値を創出するオフィス環境を実現する。
このような取り組みを通じて、社会課題の解決に貢献しながら企業価値の向上を図り、持続可能な成長を実現していくことを目指している。
新本社は、「つなぐチカラを進化させ、ワクワクする未来を発信し続けるConnectable City」というコンセプトのもと、会社・部門を超えたコラボレーション促進、共創・シナジーを生み出すためのオフィス環境の実現を目指している。各フロアには異なるテーマを設定し、それに基づいたオフィスデザインを導入するなどさまざまなアイデアを取り入れ構築していく予定だ。