2020年7月、鹿児島県長島町を舞台にしたAR謎解きゲーム「長島大陸クエスト」がリリースされた。町と連携協定を結んでいるKDDIは、このゲームのプラットフォームを提供している。コロナ禍によりゲームのコンセプトの転換を迫られた同町は、地域が抱える課題や目指すべき未来について改めて見つめ直すことに。真の地域活性化に資する施策とすべく、プロジェクトを継続中だ。
鹿児島空港から車でおよそ2時間。阿久根市北西部に架かる黒之瀬戸大橋を進むと、青い海に囲まれた出水郡長島町が見えてくる。黒之瀬戸海峡に浮かぶ、人口一万人ほどの離島。特産品は、みかんや「赤土バレイショ」、芋焼酎「さつま島美人」などがあり、なかでも養殖ぶりの生産量は日本一を誇る。
2020年7月、この風光明媚な港町を舞台にしたAR謎解きゲーム「長島大陸クエスト」がリリースされた。遊び方は、島内8箇所に設置された「長島八景」の石碑をアプリケーション内のARカメラで読み込み、アイテムとして「謎」が記されたカードを入手する。島内各地に指定された「チェックインスポット」へ行き、この「謎」を解いていく。見事正解すると、報酬のカードが手に入る。
謎解きは島の地名や名所などをテーマにした50問が出題され、報酬のカードには島の景勝地や史跡などの写真が解説文とともに収められている。カードをコンプリートする頃には“長島大陸マスター”になれるというわけだ。
土井 隆氏
このアプリケーションはもともと島外・県外に住む子どもたち向けにプロジェクトが立ち上げられた。キーパーソンとなったのは、長島町の地域おこし協力隊が中心となって設立した長島未来企画合同会社(以下、長島未来企画)の業務執行役員・土井 隆氏である。長島町地方創生統括監も兼任しており、これまでに島を舞台にした映画『夕陽のあと』やネット教育の拠点「長島大陸Nセンター」の設立など、さまざまな地域活性化対策に携わってきた。
「子どもたちに『長島大陸クエスト』をプレイしながら、町の歴史や文化に触れてもらいたかったのです。私が地域おこし協力隊として移住して5年になります。その間、たくさんの友人・知人が遊びに来てくれましたが、感想のほとんどは『ぶりがおいしかった!』『景色がきれいだった!』というものでした。ぶりも景観も島の自慢なのですが、それ以外の魅力も掘り下げたかったのです」(土井氏)
このアプリケーションの開発パートナーとなったのがKDDIだった。KDDIと長島町は2018年に連携協定を結んだ協力関係にある。2019年9月には、長島町と長島未来企画、地元不動産業者、KDDIの四者が連携して、高解像度VRを活用した空き家の遠隔内見システムを構築している。
2019年11月、「長島大陸クエスト」は協定の「観光の振興に関する事項」の取り組みの一環として開発がスタートした。ゲームのプラットフォームには「SATCH VIEWER」(サッチビューワー)が使われた。KDDIが開発したスマートフォン向けARアプリで、ARコンテンツを手軽に作成・再生できる。既存のサービスを利用することで、コスト低減が可能になり、開発もよりスピーディになった。
KDDI ビジネスIoT推進本部 地方創生支援室の加藤 英夫は「地域内の回遊を促すようなコンテンツをつくりたい、という土井様の構想を伺い、『SATCH VIEWER』の活用をご提案しました。土井様にはゲーム内に登場するキャラクターやテキスト、カードなどの素材をご用意いただきました」と話す。
長島町に限らず、全国の自治体には、まだ知られていない名所や行楽地が数多く存在する。名所や行楽地などの魅力を外部にPRする方法として、案内看板の設置や観光冊子の作成などが考えられるが、どうしてもコストがかさむ。そんな中で、土井氏は「短い期間に、さまざまな選択肢を提示していただきました。長期的に見てメンテナンスの負担が少ない『SATCH VIEWER』は魅力的でした。そしてほかの素材づくりにリソースを割くことができました」と振り返る。
報酬カードの写真撮影やテキスト作成は、地域おこし協力隊の山田 周氏が担当した。長島町の候補地から50スポットを選別。自治体のWEBサイトや図書館、町の高齢者の意見などを頼りにそれぞれのスポットの歴史をたどった。
「中には地元の人も知らないようなスポットもありました。私自身が移住者ということもあり、先入観なくリサーチできたのはよかったと思っています」(山田氏)
町の育児支援事業に携わりながら、非常勤講師として月に一度、小学校の教壇に立つ山田氏。「長島大陸クエスト」の開発に関わる中で、地元の人たちもターゲットとした展開を思い描くようになったという。
「特に子どもたちに遊んでほしいゲームです。島には高校がないため、子どもたちは中学校を卒業すると島外に出てしまいます。その慣習は島の少子高齢化の大きな要因の一つといえると思います。『長島大陸クエスト』を通じて改めて長島の魅力に触れることで、未来の担い手たちが地元に愛着を持つようになれば、と思っています。」(山田氏)
山田 周氏
住民たちの地元に対する関心や意識の低下は、2000年ごろに全国各地で行われた「平成の大合併」も一因だと、土井氏は分析する。
「長島町も2006年に東町と長島町の2町が合併して今の長島町になりました。つまり、ほんの十数年前まではお互いを別の町として意識していたわけです。そういった状況での合併ということもあり、住民同士の連帯感も薄れ、地元愛を育みにくい環境が生まれてしまった。これは長島町以外の自治体にも広く当てはまる課題だと思います」(土井氏)
開発を進めていく中で、技術的な課題も見つかった。「ARマーカーの認識精度の安定化に気を配った」と加藤は話す。「ARマーカー」とはARアプリ内で読み込ませる画像や図形のこと。これらをスマートフォンやタブレットなどのカメラで認識することで、ARコンテンツを起動することができるのだ。
AR普及当初は、マーカーはQRコードのような図形が主流だったが、現在は画像や写真なども設定が可能。パンフレットやポスターといった印刷物を設定するのが一般的だが、「長島大陸クエスト」では前述の通り「長島八景」の石碑をマーカーとしている。
「石碑はイラストや画像と比較してディテールが少ないため、カメラで認識するのが困難です。カメラと石碑の距離、接写角度、手ぶれ、天候、カメラの性能など、さまざまな要素が、読み取りの精度に影響してしまうのです。解決方法は、“正解”のパターンを少しでも多くすること。条件が異なる石碑の画像を何パターンも用意して、プレイヤーの撮影した画像と照合。撮影された内容が近ければ認識されるようにすることで、読み取りの精度を向上することができました」(加藤)
加藤 英夫
「長島大陸クエスト」のお披露目は、開発プロジェクト始動から半年後の2020年3月を予定していた。本来であれば、島内体験ツアーに訪れた島外の高校生たちが最初のプレイヤーになるはずだった。ところが、同年2月に新型コロナウイルスの感染が拡大。開催目前でツアー自体が白紙となってしまい、リリース日の延期を余儀なくされた。
「本来であれば、高校生たちにゲームを楽しんでもらって、そのフィードバックを反映して本リリースという流れでした。しかし、せっかく開発したアプリケーションをお蔵入りさせるのはあまりに惜しい。当初の趣旨とは異なりますが、鹿児島県内、また島内の人に向けた“地域の魅力を再発見できるアプリケーション”として2020年7月にリリースしました」(土井氏)
今後、収益化や新たなコンセプトを打ち出すために検討を重ねていくという。
「島への滞在が1~2時間しかない人でも遊べるように、設問を減らしたコースをつくってもいいかもしれません。アプリケーションは島の地域活性化を目指すものですが、必ずしも地域活性化=観光地化というわけではありません。この島ならではの魅力を若い世代に受け継げるようなアプリケーションになればいいですね」(山田氏)
「観光誘客施策として物産展やお祭りを開催する自治体は少なくありませんが、そうした大規模なイベントはいつか集客が頭打ちになり、地域が疲弊する要因になったりします。長期的な視点で見たら、定住人口でも交流人口でもない、いわゆる『関係人口』の創出を重視すべきと考えています。『長島大陸クエスト』は、その方向性も視野に入れて考えていきたいです」(土井氏)
KDDIも引き続き最善のサポートを提供すべく尽力する。加藤は「地方創生の取り組みは技術先行であってはいけません。押しつけではなく地域に寄り添う姿勢が大切だと思っています。観光誘客施策だけにとらわれず、今後もさまざまな領域でソリューションをご提案したいですね」と意気込む。
不測の事態でやむなく方向転換を迫られた「長島大陸クエスト」だが、地元メディアにも取り上げられるようになり、最近はプレイヤーも増えてきているという。関係人口創出に向けた有効な施策の一つとして、じっくりと育てていく考えだ。