先端技術を駆使したスマートシティ事業を推進する茨城県つくば市。2021年2月下旬には、自動運転車とパーソナルモビリティ (電動車いす) を連携させた実証実験を行った。 事業に参画するKDDIは実験にあたり、通信ネットワークやビッグデータ分析を提供。地域課題の解決を図る次世代のまちづくりに貢献している。
2019年、国土交通省の「スマートシティモデル事業」に選定されたつくば市。先端技術やビッグデータを活用して、行政サービスや交通、医療・介護、インフラなどにおける課題解決に取り組んでいる。事業を推し進める「つくばスマートシティ協議会」は、つくば市、筑波大学、KDDIをはじめとする47機関で構成。会員には建設・輸送・金融といった幅広い分野の事業者が名を連ねており、産官学一体でイノベーション創出を目指している。
「スマート・コミュニティ・モビリティ」は、プロジェクトに盛りこまれた構想の1つ。モビリティイノベーションによる「安心・安全・快適」な移動を提供する地域社会サービスを追求する。構想立案の背景には、高齢化に伴う交通弱者の増加がある。つくば市 政策イノベーション部長の森 祐介氏は、市が抱える現状を次のように話す。
「つくば市は1987年から2020年まで33年連続で人口が増え続けている都市で、特に子育て世代の流入が多くなっています。しかし、全国平均よりはずっと低いものの、65歳以上の高齢者も増加傾向にあり、全体の約2割 に達しています。そのうち約8割は元気なご高齢 の方々ですが、なかには自動車の運転が困難な『交通弱者』も少なくありません。その『交通弱者』の方々が通院や買い物に出かけるとなると、徒歩で向かうか、またはバス・タクシーなどを利用するほかありません。待ち時間などを含めると、場合によっては半日から1日がかりの用事になるわけです」
市内の総面積の約8割を可住地が占めている つくば市は、周辺市街地が分散していることから自動車への依存度が高い。市の調査によると、交通分担率 (注1) の約6割が「自動車」 となっている。このような自動車社会では、移動が困難な交通弱者の孤立を招きかねない。市内に住む75歳以上の後期高齢者の22%が「外出を控えている」と回答している のも、地域が抱える課題の一側面をとらえている。
森 祐介氏
「これは高齢者だけの問題ではなく、障がいを抱えている方々にも当てはまることです。 スマート・コミュニティ・モビリティ構想は、そうした交通弱者の方々の社会参画を促すことも目的としています。ソリューションとして移動そのものにアプローチするのか、もしくはデジタルツールによってサービスを充実させて移動の手間を解消するのか。さまざまな手段が考えられますが、技術ありきではなく住民目線に立った課題解決が大切だと考えています」
2021年2月27日の昼下がり、茨城県つくば市内にあるみどり公園からつくば市長 五十嵐 立青氏 を乗せた自動車が出発した。ドライバーは乗車しているものの、ハンドルには手を触れず、加減速の操作もせず、運転に必要な操作はすべて自動となっている。やがて自動車は筑波大学附属病院に到着。市長は遠隔操作されたパーソナルモビリティ (電動車いす) に乗り継いで受付へと向かった。
これは、つくば市が実施した「スマート・コミュニティ・モビリティ」の実証実験の一幕。自動運転を体験した市長は「全く心配が要らないレベルでした」と確かな手応えを述べ、翌28日にも同様の実験が行われた。
つくば市スマートシティ実証実験動画はこちら (3分14秒)
前述の実証実験は、住宅地から最終目的地までの移動を一気通貫で提供するシステムを想定して行われた。自動運転車の実環境での走行性能やパーソナルモビリティとの連携性、利用者の利便性や安全・安心性などについて検証した。到着地点である病院の入り口から受付へと至る“ラストワンマイル”の補完が肝になっており、自動運転車とパーソナルモビリティの連携はとくに注意が払われた。
自動運転車はKDDIがパートナー企業との共同により提供し、ステアリング操作と加減速をサポートする自動運転レベル2「部分運転自動化」(注2) に設定。パーソナルモビリティは、筑波大学から提供された。
また、4G LTE通信ネットワークを活用した見守り用のタブレットを自動運転車の後席に設置。自動運転車での移動時に車外とのコミュニケーションを可能とする安心な移動環境を提供し、さらに、走行時に車載カメラから取得された車外の映像は、遠隔地に設置した監視卓へ伝送される。これにより、安全な運行を外から見守れる実証環境を整備した。
「今回の実証実験は実際の利用シーンに近く、想像を超えた規模になりました」と話すのは、KDDI 事業創造本部 ビジネス開発部 課長補佐の百瀬 元気だ。
百瀬 元気
ビジネス開発部では、KDDIの新たな事業創造を担い、MaaS (Mobility as a Service)・自動運転などのモビリティ領域における事業推進を担当している。2020年には、沖縄県での観光型MaaSやKDDI社員を対象とした「オンデマンド相乗り通勤タクシーサービス」(注3) などの実証実験に携わった。
「KDDIがモビリティ領域でつくばスマートシティ協議会 (以下、協議会) に参画させていただいたのは2020年のことです。きっかけは、同協議会員の筑波大学様の研究にあります。筑波大学様が所有している交通流・人流のデータと、当社で蓄積してきたビッグデータをうまくかけ合わせることで、交通の課題解決に役立てられないかと考えたのです。これまでKDDIグループやパートナー企業様との実証実験は行っておりましたが、産官学で推進されている協議会に参画させていただいたことは、つくば市様の課題解決をさまざまな視点から探索していく貴重な機会となりました」
つくば市の森氏は「すでに動き出した自治体のプロジェクトに、企業が合流するのは珍しいことです」と当時を振り返る。
「こうした実証実験はビジネスに直結しにくいため、積極的に参加していただける企業はそう多くありません。それだけに、我々のプロジェクトに共感してくださったことに深く感謝しています」
そうして、実証実験に向けて動き出した協議会。しかし議論を重ねていく中で、ある課題が浮上する。協議会では市内の交通実態を充分に把握できていなかったのである。どのような人が、どのような交通手段で、どこへ向かうのか。人の流れや道路の混雑具合を知ることが、スマート・コミュニティ・モビリティ実現の近道になる。
そこで百瀬は、KDDIが管理する位置情報に着目。KDDIでは、auスマートフォンユーザーから合意の上で位置情報を取得している。数百万人規模のユーザーから集められたデータは、出店計画や街づくり、防災計画などに生かされており、交通実態の可視化にも応用が可能であった。
そうした経緯から、KDDI ソリューション事業本部 サービス企画開発本部 5G・IoTサービス企画部 課長補佐の永田 恒一がジョインし、つくば市内を対象にデータの解析を行った。
「データは最短数分間隔で取得していて、安定的に蓄積されています。このビッグデータを使えば、大規模なアンケート調査を実施せずとも地域住民の移動実態把握が可能になります」
交通実態の分析には、過去にKDDI総合研究所が構築したロジックが用いられた。
「蓄積されたデータから、ユーザーがその場に滞在しているのか、もしくは移動しているのかを割り出すことができます。移動経路や移動時間などを照合すれば、ユーザーの移動手段が『自動車』であるかどうかも判別できます。さらにつくば市様が保有するバス利用者のデータを加味すれば、『自家用車利用者』と『バス利用者』の違いが明らかになります。結果、地域住民が移動した時間・人数・経路・交通手段などを解析することができます」
永田 恒一
スマート・コミュニティ・モビリティのあるべき姿とは。
国立大学法人筑波大学の鈴木 健嗣教授は、実証実験を終えた現在も、そのテーマに向き合い続けている。同大学では「システム情報系」に所属し、人工知能やロボティクスなどを研究。2018年から自動運転の実証実験に取り組んでいたが、それは自動運転を可能にする環境づくりが主眼に置かれていた。その実験にスマート・コミュニティ・モビリティの観点を盛り込んだのは、鈴木教授にとっても初めてのことであった。
「前例がなく筑波大学にもノウハウがないので、実証実験の方向性を決めるだけでも骨が折れました。今回は自動運転車とパーソナルモビリティを連携させることになりましたが、これも選択肢の1つに過ぎません。モビリティは『手段』に過ぎず、本来果たすべき『目標』は地域の困りごとを解決することです」
「理想形は他にあるかもしれない」とした上で、鈴木教授はこう付け加えた。
「交通実態は把握できましたが、最適な交通ルートを提示するにはまだデータが不十分だと思っています。社会実装するためには、より学際的な理解を深め、新しい都市づくりを模索していく必要があります。また、スマートシティをはじめ持続可能な社会は、寄付やボランティアだけで成り立つものではありません。経済活動という市場のメカニズムをどのように組み込んでいくかも課題になるでしょう。それを踏まえると、民間企業であるKDDIが実験に加わったのは大変意義があることと感じています」
鈴木 健嗣氏
森氏は、2021年2月28日に行われた2日目の実証実験にも参加。自動運転車とパーソナルモビリティの乗り心地を体験した。
「とてもスムーズな運転で驚きました。しかし、『快適な乗り心地』のとらえ方は、人によって異なります。技術が発展すれば、利用者の好みに合わせてパーソナライズできる未来がくるかもしれません。KDDIは決済サービスも持っていますし、ドローンに関するプラットフォームを提供しているとも聞いています。それらのリソースを上手くかけ合わせて、今後展開する領域をどんどん拡大していきたいです」
森氏の発言を受けて、百瀬は「今回の実証実験を通じて、つくば市様や筑波大学様をはじめ、多くのパートナー様とともに交通課題解決の1つの方向性を示すことができたと思っています。今回明らかになった課題に対しては、引き続き解決に向けて皆さまとともに挑戦を続けていきたいです」と力を込める。
永田も、ビッグデータ活用・分析サービスの品質をさらに高めながら、スマートシティ事業に貢献していく考えだ。
「今回ご提供した分析結果が、公共交通計画策定やEBPM (Evidence-based Policy Making) にも継続してご活用いただけるように、ご意見を伺いながらサービスの質を高めていきたいです」
今回の実証実験から垣間見えた、スマート・コミュニティ・モビリティの可能性。産官学の連携によって、つくば市のスマートシティ事業は着実に歩を進めようとしている。