コロナ禍を経て到来したニューノーマル時代。 人々の暮らしや経済・社会のあり方が根底から問い直される中では、 既存の常識にとらわれないアイデアを生み出すことの重要性が高まっている。
そこでKDDIとKDDI総合研究所は、これからの時代に求められるライフスタイルを 共創するための調査・応用研究の新たな拠点「KDDI research atelier」を開設。 その役割や具体的な取り組みについて、センター長の木村 寛明に聞いた。
新型コロナウイルスの感染拡大や、気候変動をはじめとする環境問題、また国内でも少子高齢化による労働力不足など、世界には多様な問題が存在している。ニューノーマル時代を迎えた現在、世界はさまざまな社会課題の解決と一人一人の生き方の新たなスタンダードを見いだすための転換点に立っているといえるだろう。
課題解決に向けて、日本政府も新たな指針を打ち出している。
AIやビッグデータ、5G、ロボットなどに代表されるテクノロジーの力を借りながら、人々が快適に、活力に満ちた生活を送ることができる社会「Society 5.0」がその1つだ。
Society 5.0では、「サイバー (仮想) 空間とフィジカル (現実) 空間を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」を理想としている。これを実現するには、個々の生活者をしっかりと見つめつつ、既存のライフスタイルやビジネスをよりよいものへと変えていく取り組みが不可欠だ。企業は、多様なテクノロジーを駆使しながら、Society 5.0を実現するサービスの開発・提供を担うことが重要な使命となる。その意味で、多くの企業が挑んでいるデジタルトランスフォーメーション (DX) は、広い視野が要求されるものといえる。一組織の変革にとどまらず、新たな社会を創造する視点を持つことが、DXのカギといえるだろう。
こうした状況を踏まえ、2020年8月、KDDIとKDDI総合研究所は2030年を見据えた次世代社会構想「KDDI Accelerate 5.0」を策定した。
ネットワーク、プラットフォーム、ビジネスという3つのレイヤーと、5Gを中心とした7つのテクノロジーによって、サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合を実現。新しい暮らしの確立と、経済の発展・社会課題の解決を両立する「レジリエントな未来社会」の創造を目指すことを掲げている。
このKDDI Accelerate 5.0の実現を支える新たな調査・応用研究拠点として、2020年12月に東京都 虎ノ門にオープンしたのが「KDDI research atelier」だ。
木村 寛明
KDDI research atelierのセンター長 木村 寛明は、その概要を次のように紹介する。
「KDDI総合研究所には先端技術研究所とKDDI research atelierがあり、それぞれ役割があります。先端技術研究所は、KDDI Accelerate 5.0で掲げた7つのテクノロジーや、“Beyond 5G”といった先端技術の研究拠点。KDDI research atelierは、その成果を未来の生活者や社会がどう活用していくかのシナリオを考え、見える形に落とし込む応用研究の拠点です。中長期的な視点で社会課題の解決に向けた提案を行うことをミッションとしています」
具体的に、KDDI research atelierではさまざまな生活者の意見を基に「新たなライフスタイル」を提案し、その実現性を検証する。検証をするにあたり、施設内のスペースや機材をフル活用し、実際にデモ環境を構築して稼働させる。
ふじみ野での先端技術の研究成果と多様なパートナーの知見を組み合わせることで、人々の暮らしにどのような効果をもたらすかをリアルに試行できる。また将来的には、検証結果や成果を生活者と共有し、互いに議論するといったコミュニティ機能を持たせていく予定だ。
さらにKDDI research atelierは、同じ虎ノ門にあるイノベーション創出の拠点「KDDI DIGITAL GATE」と、DX支援を行う法人部門拠点との連携に基づく「虎ノ門トライアングル」によって、その効果をさらに拡大する。顧客企業の現状ヒアリングやPoC (概念実証) なども迅速に行いながら、課題解決につなげていくという。
「新たなライフスタイルの提案は、大きく4つのステップで行います。ステップ1では、実際の生活者へのインタビューやヒアリングに基づき、課題・ニーズを抽出します。ステップ2では、それを受けて暮らしの中の課題をどう解決していくか、仮説を立てます。ステップ3では、立てた仮説をどのような手段で実現していくかプロトタイプをつくり、社内の先端テクノロジーや外部の知見を基に検証します。ここでは、常駐する研究員がプロトタイプを実際に自ら体験することで、生活の中で受け入れられるものになっているかどうかも検証します。そして最後のステップ4では、生活者の方々とともにさらなる実証を行いながら、現実社会への実装を進めていきます」
KDDI research atelierでは、先述の4つのステップで「食の変化」「購買の変化」「健康づくりの変化」「学びの変化」「趣味・遊びの変化」「交流の変化」「働き方の変化」「休養の変化」「住み方・暮らし方の変化」という9つの領域を研究している。これらの領域で仮説を立て、その有効性を検証している。実験施設であるKDDI research atelierには、研究員とパートナーが一緒に検証を行うためのデモ環境が配置してある。その例を紹介しよう。
「『購買の変化』では、生活者へのインタビューやウェブ調査を行い、『家の中をもっと整理したい』『物が多すぎる』という声が多くありました。同時に、“自動注文サービス”や“ロボット配送”に注目する方も多くいらっしゃいました。そこで私たちは、日用品などの購入・管理に伴う生活者の負担を解消し、店舗からの商品配送も効率化するライフデリバリーを1つのアイデアとして検証することにしました。これが『購買の変化』の仮説検証です」と木村は言う。
フロア内にコンビニ店内を再現したエリアと、自走ロボットを配備。研究員がスマートフォンを使って高精細映像を見ながら商品棚から欲しい商品を選んで、ロボットを使い、手元まで配送させる検証を進めているという。
検証中のテクノロジーはほかにもある。
例えば「趣味・遊びの変化」では、AIのコーチングによって、自宅で簡単に趣味のスキルアップが図れる未来を示唆。ゴルフを例に、マルチアングルカメラとAIによる骨格点の動き推定技術、自由視点技術などを駆使することで、スイングをリアルタイムに確認しながら、フォーム判定や動きのチェックが行える環境を検証している。
「働き方の変化」では、リアル会議に遠隔で参加する際、音の方向にフォーカスできる「音のVR」技術の検証環境を配備。これにより、1人だけ遠隔から参加する会議などでも、疎外感なく溶け込める環境を実現するという。
「今後は、企業・組織から独立して、自らのスキルや知見を基にグローバルで活躍するソロワーカーが増えるでしょう。どんな環境でも、クリエイティブかつコラボレーティブに仕事ができる環境は、一層重要性を増していくと考えています」と木村は強調する。
なお、検証中のアイデアはいずれもコロナ禍以前に生まれたものだが、結果的に、これからの時代に役立つものであることが見えてきた。
「新しい技術は思いも寄らない効果が得られる可能性を秘めています。検証により、さらなる可能性を探っていきたいと思います」と木村は話す。
もちろん、現在進めている9つの検証はあくまで一例にすぎない。社会への実装が進んだり、生活者の新たな課題が表出してきた場合は、それらの検証にも随時取り組んでいくという。また、このような取り組みはKDDIだけで成し遂げるものではなく、生活者の意見に加え、パートナーとの連携が欠かせない。KDDI research atelierで、パートナーとのさまざまなディスカッションを通じてオープンイノベーションを推進することも見据えている。
「2030年に向けた新しいビジネス、ライフスタイルをつくりたいと考える多くのパートナーや生活者とコラボレートすることで、ともにレジリエントな未来社会を創っていくことが私たちの使命です。DXの先にあるSociety 5.0で実現される社会イメージを感じ取り、より高いゴールを目指していくためにも、ぜひ多くのパートナーに、KDDI research atelierへお越しいただきたいと思います」と木村は語った。