2020年実施の「日本企業のデジタルトランスフォーメーション調査2020年版」(電通デジタル調べ) によると、DX推進の障壁となる要素として「スキル・人財不足」が前年トップの「コスト」を上回る結果となった。全国の企業や自治体がデジタル人財を切望するなか、KDDIと株式会社チェンジ (以下、チェンジ) 様は合弁会社「ディジタルグロースアカデミア」を設立。
それぞれの強みを生かし、「デジタル人財育成サービス」を展開していく。
2020年12月、政府はポストコロナの新しい社会を目指すため「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」を策定。2021年9月にはデジタル庁が発足され、国・都道府県・市町村の行政サービスにデジタル革命をもたらす司令塔としての働きが期待されている。
その流れをリードするため、KDDIは2021年4月、人財育成や地方自治体DXなどで知られるチェンジ様とともに合弁会社「ディジタルグロースアカデミア」(以下、DGA) を設立した。企業のDXを推進するデジタル人財の育成サービスを提供する。
DGA設立の背景には、KDDIがこれまで全国各地で進めてきた地方創生事業がある。“課題先進国”と言われる日本は、さまざまな社会課題が山積しており、地方ではその影響が顕著に現れる。
特に人財不足は深刻な課題で、インフラの維持が困難な自治体も少なくない。そんななか、KDDIは自治体や教育機関と連携し、課題解決を目指して5G・IoT・AIなどを駆使したさまざまな実証実験を進めている。
松野 茂樹
KDDI 経営戦略本部 副本部長の松野 茂樹は、自身の経験を踏まえてこう話す。
「地方出張の機会が多いのですが、どの地域でも、慢性的な人手不足・後継者不足に悩む様子を目の当たりにしてきました。あらゆる地域で、業務効率化や省人化、技能伝承などによる持続可能な企業経営・行政経営の体制を構築することが急務となっています。通信やデジタルテクノロジーを活用することで、解決できる課題はないか?KDDIは、地方創生事業として、その糸口を見つけ、地域の躍進につなげていく活動に取り組んできました」
福井県小浜市で始まった「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」では、名物の鯖の出荷数がわずか3年で3倍にまで増加。
宮城県東松島市では、漁師の経験や勘に頼らないスマート漁業モデルの確立に貢献。スマートブイで収集したデータを漁業の効率化・安定化に生かした。
「空飛ぶデリバリーサービス構築事業」と銘打ったのが長野県伊那市でのプロジェクト。食料品や日用品といった物資をドローンによって配送するシステムを構築した。
地方での実証実験は、デジタルがもたらす効果だけでなく、新たな課題も浮彫りにした。
「地方ではテクノロジーを活用して新たな事業や価値を生み出せる人財が、都市と比べてかなり不足していることが分かりました。以前から問題視されていましたが、近年DXの機運が高まったことで、それが顕在化した状況です。コロナ禍で一気に普及したリモートワークやデジタル庁の発足などが、さらに拍車をかけています」(松野)
課題解決のための強力なソリューション、サービスを構築しても現場に使いこなせる人財がいなければ、その効果は一過性のものに終わる。本来の効果を得られぬまま、運用費が予算を圧迫し、やがて“塩漬け (注1) ”になることも珍しくない。
専門知識に長けたコンサルタントやエンジニアに外部委託するという手もあるが、そうなるとノウハウが内部に蓄積されず、システムのブラックボックス化 (注2) を招き、加えて大切な地方のお金が地方の経済圏から流出してしまう。課題解決の主役は、現地の企業や人財でなくてはならないのである。
「自分たちが暮らしのなかで見つけた問題や発見から、イノベーションを創出する。10年、20年、さらにその先の世代まで持続する仕組みが日本各地で必要とされています。その担い手となるのが地元の企業だとKDDIは考えており、地方企業の根幹を成す人財の育成こそ、我々が取り組むべき次なる一手なのです」(松野)
地方創生事業で得たこのような気づきをきっかけに、DXを推進する人財を育成し、サステナブルなビジネスモデルの構築につなげることを目指して設立されたのがDGAである。
松野によると、真のDX実現に必要な人財は、①起業家人財、②ICTを支える人財、③ICTを使いこなす人財の3つに大別できるという。
「①の起業家がICTによって課題をビジネスへと昇華させ、②のエンジニアがそれを実現するサービスやシステムを構築する。そして③の人財がそれらを使いこなす。この三者が連携することで、テクノロジーが本領を発揮できます。DGAでは当面、③の使いこなす人財の育成を進めていきます」(松野)
日本のDXを進める「3つの人財」
ICTによって課題をビジネスへと昇華させる起業家人財。 ビジネスを実現するサービスやシステムを構築するエンジニア。
そして、サービスやシステムを使いこなす人財。 この三者が連携することで初めて、テクノロジーが本領を発揮することができる。
チェンジ様は、大企業や官公庁向けのデジタル化支援とともに、デジタル人財育成や組織開発も手がけてきた。
提供する人財育成サービスは多岐にわたり、クライアントの求める人財像に適した育成方法を定義する「デジタル人財育成体系の構築サービス」や、人財タイプごとの実践スキルを強化する「デジタル人財トレーニング」、全社員のデジタルリテラシーを底上げするeラーニングなどを展開する。
「2003年の設立当初は、ビジネスコンサルティングが事業の主力でしたが、我々がコンサルから抜けると顧客企業が元の状態に戻ってしまうことが多くありました。そこで、翌年に人財育成サービスを開始し、クライアントの自立をサポートするようになりました。外部への依存が組織の成長を阻むということは、KDDIが指摘する地方創生事業の課題とも重なります」
そう話すのは、DGAの代表取締役社長を務める高橋 範光 氏。松野同様、急激に高まったデジタル人財育成のニーズを肌で感じている。
「チェンジの顧客企業の一つである銀行の場合、この数年間でサービスのデジタル化が急速に進み、一昔前とは様変わりしました。利用者は、スマートフォン一つで残高確認や入出金確認できるようになったため、窓口業務の優先度が下がり、それに伴ってデジタル人財の必要性が急務となってきています」(高橋氏)
高橋 範光 氏
チェンジ様と地方創生との距離がグっと縮まったのは2018年ごろのことだ。チェンジ様はふるさと納税総合サイトを運営するトラストバンクを傘下に収め、事業領域を拡大。近年は自治体を対象にデータ活用サービスやデジタルサービスも提供している。
高橋氏と松野は、「チェンジとKDDI、利害の一致する2社が出会ったことで、DGA設立に向けた動きが一気に加速した」と口を揃える。
「デジタル人財不足が叫ばれるなか、チェンジでは数年前から企業向けにデジタル人財育成のコンサルティングやその育成カリキュラムを提供し、多くのお客さまからご好評いただいてきました。全国にネットワークをもつKDDIと組むことで、さらに多くの企業に価値を提供できると思いました」(高橋氏)
「KDDI社内でもデジタル人財育成のニーズが高まっていましたし、多くのお客さま企業にもそのようなニーズが存在していると感じていました。真の地方創生の実現には、地方のデジタル人財の育成が必須です。チェンジ様とKDDIが組むことで、本格的なデジタル人財育成サービスを都市や地方を問わず多くの企業に提供していくことができます。地方創生の実現と、デジタル人財育成ビジネスのスケール化。両社の思惑の一致が、DGA設立のきっかけとなりました」(松野)
DGAは、チェンジ様が培ってきたデジタル人財育成のノウハウを継承。さらにブラッシュアップして、「全社デジタルリテラシー研修」「デジタルコア人財育成研修」といった6つのサービス (注3) を展開する。
「e ラーニングからデータ分析の実践まで、最適な学習サービスをワンストップで提供します。講師陣も現場で腕を磨いたデータサイエンティスト。つまり、DXのプロであり教育のプロでもあるのです」(高橋氏)
eラーニングやリモートによる遠隔講座を利用すれば、地方の企業や自治体でも都市に引けを取らない最先端の研修を受けられる。
「KDDIとしてもDXへの対応力を上げることで、DGAのサービスを広めていきます。都市には都市の課題、地方には地方の課題があるため、ターゲットは課題をもっている方々すべてです。今後、デジタル人財育成はKDDIのソリューションの柱になっていく可能性があるともいえます」(松野)
人財育成サービスは習得できるスキルや知識にばかり目がいきがちだ。しかし、松野はデジタル人財育成の本質は、受講者のマインドチェンジにあると考えている。
「地方の課題は日々深刻さを増していき、テクノロジーも急速に発展しています。ビジネスパーソンも常に最先端の情報を取り入れ、日々学んでいかなくてはなりません。受け身な態度では、時代に取り残されてしまうでしょう」(松野)
その点については高橋氏も見解が一致している。そのため、各学習プログラムには、受講者の主体性を引き出す仕組みを盛り込んだ。
例えば、リアル研修を実施する場合は、受講者にあらかじめeラーニングを受講させ、当日までに不明点を洗い出してもらう。リアル研修までの間、受講者は自身と向き合いながらデジタルの可能性を探るわけだ。
データ分析の講座も実践的だ。受講者はシステムやツールの操作は伝授してもらえるが、与えられた課題は自力で解くよう促される。スクラップ&ビルドを繰り返しながら、デジタル人財としての素養を身につけてもらうのが狙いだ。
「ICTを導入しても生産性を数%上げるのがやっとです。しかし、人が成長することで生産性は30%、50%、100%……と跳ね上がり、組織を無限大の成長へと導きます。学習はあくまでも手段の一つであり、デジタルを使って一人一人の可能性を広げていくことが大切なのです」(高橋氏)
ゆくゆくは、KDDIの地方創生事業で連携した大学や高専も、デジタル人財育成の担い手として協力を仰いでいく予定だという。最後に松野は、DGAへの期待を次のように話した。
「DXは課題解決が起点になる場合が多いですが、最終的なゴールは課題解決だけではなくその先にある価値創出です。
マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ。都市でも地方でも、そういった事例を一つでも増やしていけるようDGAとともに邁進していきます」