東日本旅客鉄道 (JR東日本) 様とKDDIが協業して進めるまちづくり事業「空間自在プロジェクト」。
2020年12月の両社基本合意から半年を待たずに、5月17日から6月18日までの1カ月間「空間自在ワークプレイス」の実証実験が行われた。離れた拠点間を結ぶ次世代ビデオ会議サービスで、現在多くの企業で普及しているリモートワークをより進化させることを目指す。
プロジェクトを推進するキーパーソンに、実験が行われた経緯と狙いを聞いた。
――今回実証実験が行われた「空間自在ワークプレイス」について教えてください。
島川 えり子 様
島川様 「空間自在ワークプレイス」の前に、まずはその大元となるまちづくり事業「空間自在プロジェクト」について説明させていただきます。東京・品川でのまちづくりを見据えて進められているこのプロジェクトが目指すのは、「分散型くらしづくり」の実現です。
まちづくりといえば、これまでは都市部を中心に企業や商業施設、住まいなどを展開するのが主流でした。その結果生まれたのが、東京に見られる「集約型都市」です。
しかしながら、新型コロナ危機を経て、その価値観が大きく揺らいでいます。場所や時間にとらわれない多様な暮らし、つまり「分散型くらしづくり」が希求されていると考えます。
理想は都市部と日本各地の拠点がネットワークで結ばれること。例えば、都市部にいながら地方の特産物がすぐに調達できたり、地方にいながら都市部のエンターテインメントを堪能できたり。こうした社会は、JR東日本のもつ「鉄道や駅」といったリアルなネットワークと、KDDIのもつ「通信」というバーチャルなネットワークを融合することで、現実のものとなります。
安田 そのプロジェクトの一環として行われたのが、今回の実証実験「空間自在ワークプレイス」。
大型スクリーンと高収音マイクを使って離れた拠点間をつなぎ、バーチャルなワークプレイスを構築するソリューションです。
―― 従来のビデオ会議の課題を、どのよう解決するのでしょうか。
安田 コロナ禍において加速度的に普及したパソコンやスマートフォンでのビデオ会議は、働き方の可能性を大きく広げました。
しかし、同時会話には不向きで、どうしてもコミュニケーションが一方通行になりがちです。一人が発言している間は、他のメンバーは聞き役に徹してしまうこともあります。結局、意見が偏ったまま会議が終了してしまうことも少なくないと思います。
また、通信速度を考慮してビデオオフにするケースもよく見られますが、これでは表情や身振りといった、非言語コミュニケーションができません。ミスコミュニケーションが起こりやすく、アイデアが生まれないばかりか、チームワークが乱れてしまうことも十分考えられます。
安田 篤史
その打開策として考案された「空間自在ワークプレイス」は、ビデオ会議の派生ではなく、あくまでもリアルなオフィスにバーチャルな機能を掛け合わせたものなのです。
――「空間自在ワークプレイス」の機能について、具体的に教えてください。
安田 サービスを構成する3つの機能、
①空間一体化、
②保存可能な会議室、
③社内イントラ接続・切替と、
オプションのファシリテーター支援についてご説明します。
①空間一体化は、ワークプレイス最大の特長ともいえる機能で、リアルな空間さながらの伝達コミュニケーションを実現します。拠点間でそれぞれに設置された大型スクリーンに、互いのオフィス空間を実寸に近い画像を4K画質で投影。すると、スクリーン越しに2つの空間がつながっているような視覚効果が生まれます。
複数人の声を同時にとらえる天井に設置された高収音マイクによって、会話のキャッチボールもスムーズ。離れた拠点にいるメンバーがすぐ近くにいるような臨場感が味わえます。
②保存可能な会議室もコミュニケーションの活性化を後押しします。ワークプレイスにあるオンラインホワイトボードに書き込むと、備え付けのタブレットや各拠点のオンラインホワイトボードにリアルタイムで反映されます。
ホワイトボードの情報は保存できるので、一旦会議を中断しても、スムーズに再開することができます。
会議へのログインは、事前に配布されるQRコードをスマートフォンで表示し、入室時に端末にかざすだけで可能。
ログインやパスワード入力などわずらわしいセッティングは不要で、すぐにワークプレイスを利用できます。
そして、③社内イントラ接続・切替は、お客さまの重要な情報にアクセスできる通信環境を提供することで、社外でも、まるでオフィスにいるかのように働くことができ、仕事がストップすることがありません。
また、オプションのファシリテーター支援は本実験をよりリアルに行うため、実際の利用シーンを想定できるようご用意したものです。 KDDIに所属するファシリテーターがお客さまの会議に参加し、ビジョン・ゴールの検討や既存サービスの改善、新規サービス・アイデア創出などをサポートし、「空間自在ワークプレイス」上で会議成果がだせるかどうかを検証しました。
5月17日~6月18日の1カ月間行った実証実験では、これらのサービスを備えた拠点を東京都・埼玉県・神奈川県に設け、ワークプレイスコミュニティの参画企業さまがワークショップを行いました。
「空間自在ワークプレイス」実証実験の様子。離れた拠点同士を、実寸に近い4K映像で投影。
天井の高収音マイクの効果も相まって、メンバーがまるで同じ空間にいるような臨場感が得られる。
島川様 私たちもKDDIとの定例会議では、「空間自在ワークプレイス」を活用しています。小声で話したこともマイクが拾い上げてくれるので、意見の取りこぼしが少なく、参加者全員でつくり上げる会議を実現することができています。
実証実験では、KDDI総合研究所が開発する「顔領域適応型表情認識AI技術」も参画企業さまから高い注目を集めています。
参加者の表情から理解や納得の度合いを分析できるもので、マスク越しでも90%以上の精度で表情を読み取ることが可能です。
安田 そのほか、「KDDI IoT クラウド Standard」によるCO2濃度のセンシングも行いました。
あらゆるデータを可視化して、価値創出につながるワークプレイスを目指します。
「空間自在コンソーシアム」に参加する企業の一つ、エコモット様は、北海道に拠点を置くIoT・AIソリューションカンパニー。
豪雪地帯における融雪システムを遠隔監視する「ゆりもっと」や、各種センサーを駆使して建設施行管理を効率化する「現場ロイド」などのサービスを提供している。「空間自在ワークプレイス」の実証実験に導入されたワークプレイスの利用人数を把握するカメラや、人が大型スクリーンを見た回数をカウントするAIカメラ、またCO2濃度を計測するセンサーは、同社が開発した製品だ。
実証実験で、エコモット様はユーザーの立場に立って「空間自在ワークプレイス」を利用。
KDDIと共同開発しているデータ収集・分析サービスのブラッシュアップミーティングを二度に渡って実施した。
同社 IoTインテグレーション事業部 営業部の小谷野 拓矢様に実際の使用感を聞いた。
――「空間自在ワークプレイス」を体験してみて、いかがでしたか。
小谷野様 顔だけを映すビデオ会議と異なり、相手の全身が見えるのがいいですね。「あ、今なにか言いかけたぞ」と、相手のちょっとした反応も察知できます。音響もハイレベルで、遅延もほとんどないからストレスになりません。
―― 改善が必要と感じた点はありますか。
小谷野様 これは要望ですが、今回のミーティングは、虎ノ門と高輪の拠点間にワークプレイスを構築して、そこへさらに札幌支社のメンバーがビデオ通話で加わる形で進めました。イレギュラーな状況とはいえ、ワークプレイスが実用化されれば、十分起こり得る状況ですよね。
さまざまな環境や拠点から柔軟に対応できる拡張性があれば、より使い勝手がよくなりそうです。
小谷野 拓矢 様
―― 最後に、「空間自在プロジェクト」への意気込みを教えてください。
小谷野様 リアルとバーチャルのインフラを担う両巨頭がタッグを組んで新たなまちづくりにチャレンジする。
とても刺激的でワクワクする試みです。我々もその流れに乗って、ポストコロナの世界における自社のあり方を探求していきたいです。
――「空間自在プロジェクト」の立ち上げから、半年を待たずして「空間自在ワークプレイス」の実証実験がスタートしました。
そのスピード感はどこから生まれるのでしょうか。
安田 JR東日本様のメンバーもKDDIのメンバーも、新しい働き方を通して新しい「分散型くらしづくり」をしていこうという同じ目標に向かっており、この一体感が行動のスピードに繋がっているのだと思います。
島川様 KDDIの働き方を見ていると、楽しみながら「やってやろう!」という気概が伝わってきます。
安田 もちろん、コンソーシアムの参画企業さまの方々も熱意をもって取り組んでくださっています。
例えば、高収音マイク (天井設置型マイクロフォン) を担当しているヤマハミュージックジャパン様は音声環境の調整のために、また、4Kプロジェクターを担当しているエプソン販売様は大型スクリーンで臨場感を出すための微調整のために、何度もワークプレイスまで足を運んでくださいました。こちらの何気ない提案にも、「面白い。やってみましょう」と前向きに臨んでくださいました。
島川様 弊社にも言えることなのですが、どの参画企業さまも少なからず「現状維持ではいけない」という危機感を抱いているのだと思います。未来は自分たちでつくり出さなければいけない。そうした思いが原動力となり、プロジェクトを加速させているのでしょう。
―― 最後に今後の展望を教えてください。
安田 「空間自在ワークプレイス」の商用化をスピーディーに進めていくつもりです。5Gが普及すれば加速的に拠点を増やすことも可能となります。また、地域に合わせてローカライズすれば日本だけではなくグローバルでの「分散型くらしづくり」も現実味を帯びてきます。
島川様 利用者の声を踏まえアップデートして、ワークプレイスの精度をより高めていきたいですね。
また、リアルとデジタルが融合するからこその強み、付加価値も訴求していきたいと考えています。