2021年3月、インフラ事業やエネルギー事業に取り組む三井物産とKDDIが「次世代型都市シミュレーター」を共に開発していくことを発表した。都市における人流分析に用いられるソリューションで、KDDIのユーザーから許諾を得たスマートフォンの位置情報ビッグデータを活用する。目指すは、これまでアナログデータに頼らざるを得ず、リアルタイムな人の流れを把握することができなかった前時代的なまちづくり事業からの脱却だ。
両社は、シミュレーター開発を契機とし、更に都市計画そのものへのビジネスモデル展開を想定している。今回同シミュレーターの進捗に携わった三井物産 陣内様とKDDI担当 中村を取材し本件の位置づけや今後の展開についての取材を行った。
――今春に発表した「次世代型都市シミュレーター」について教えてください。
陣内様 このシミュレーターは、新しい人流分析ソリューションです。「人流」とは読んで字のごとく人々の流れを意味しており、既存の人流分析と異なり一人一人の細かな移動まで表現できることから我々は「パーソナル・アクティビティ」の呼称を用いています。
目的は、都市内における人々の移動手段・時間・場所・目的を細かく把握し、かつシミュレーションすること。行政や自治体、不動産デベロッパーなどを対象に事業を広げていきます。
中村 今までも当社では人流サービスを数多く取り扱っているのですが、一番の違いはまさに「パーソナルアクティビティ」です。今までのサービスは面で統計数を表現するものでした。今回のソリューションは「位置情報ビッグデータからバーチャルで作り上げた個々人の移動データ」が元になります。そのため様々なシミュレーションが可能となるのです。
陣内 寛大 様
――プロジェクトにおける、三井物産様とKDDIの役割分担はどのようになっていますか。
陣内様 サービスの全体設計や事業化企画は、2社が一緒になって進めています。三井物産で担当しているのは、主に人流を分析する際に用いる機械学習モデルの開発。こちらは、AIの分野において実績のあるソフトウェアメーカーと連携して開発を進めています。また商用化の目途が立てば、海外展開も担当することになるでしょう。シミュレーターには、三井物産が各事業に取り組むなかで培ってきた知見やノウハウも反映されています。不動産事業はもちろん、インフラ事業、エネルギー事業、モビリティ事業、小売やエンタメ事業……これらはまちづくりに取り組む上で非常に大切な要素となります。
中村 KDDIは、まず位置情報ビッグデータを提供させていただきます。位置情報ビッグデータは、同意を得たauご契約者さま (スマートフォンユーザー) のデータが元となっています。KDDIプライバシーポリシーに基づき、個人が特定できない形式に加工していますので個人のプライバシーは完全に守られています。
また、KDDIは通信インフラやシステムインテグレートの面でも経験がありますので、今後はシステムの開発や運用等も手掛けていくことになると思います。
陣内様 今回のプロジェクトは位置情報なくしては成立しません。それゆえに情報を提供いただけるパートナー選びはかなり慎重に行いました。いくつかの事業者が候補に挙がったなかで、最終的にKDDIへ共同開発を提案させていただきました。決め手になったのは位置情報の“質”です。KDDIが提供する情報の粒度は細かく、人流を精緻に把握することができます。実はこの部分は差が出にくいと考えていたのですが、事業者によって大きく異なることに驚きました。
中村 KDDIの位置情報ビッグデータはスマートフォンに内蔵されたGPS (衛星測位システム) 機能によって計測しているので、より精緻な情報を取得できることが特徴です。
中村 穂
――次世代型都市シミュレーターの開発経緯を教えてください。
陣内様 このプロジェクトのテーマは、いわば「まちづくりのプロセスDX」です。現状まちづくり事業における人流分析は、行政が行っているパーソントリップ調査が主な分析材料になっています。この調査は、特定の個人を対象にして、「どのような人が」「どのような目的で」「どこからどこへ」「どのように移動したか」などをアンケートによって調べるもの。個人が記入するわけですから、疑いようのないファクトなのですが、なにしろ数年おきに実施されるので、どうしてもデータが古くなってしまう。
しかも、まちづくりは数十年間かかるほどの長いプランで進められます。例えば、20年前のデータから人流を分析して、20年後のまちづくりに着工したとしましょう。そうなると、完成したころの人流とは40年近いギャップが生まれるわけです。
中村 私も自治体ご担当者さまとの打ち合わせに同席したのですが、都市計画にリアルタイムな情報が使えていないことに課題感をお持ちのようで、次世代型都市シミュレーターをご紹介すると関心を持っていただけることが多い印象です。
陣内様 実はまちづくりや都市計画の体系は、モータリゼーションが起こった1920年代からそれほど変わっていないのです。パーソントリップ調査にも当てはまりますが、移動手段の中心になり始めた自動車を中心に、昔の時代背景を現代まで引きずっているような状況です。
しかしながら、この100年間で社会は様変わりしました。経済は飛躍的に成長しましたが、人口は減少傾向にあり、交通手段も多岐に渡っています。“前提”が大きく変化していくなかで、まちづくりのプロセス自体もアップデートする時期にきているのです。
――シミュレーターの優位性を教えてください。
陣内様 位置情報ビッグデータに機械学習を掛け合わせて、一人一人の移動を予測するので、非常にタイムリーな状況を把握できます。つまり、既存の手法よりも情報の“鮮度”がいい。システムをさらに先鋭化させれば、アナログな手法では数カ月を要していた分析を大幅に時間短縮することが可能になるでしょう。
中村 今までの当社のサービスでは面の統計的な情報しか出せなかった、という話をさせていただきました。次世代型都市シミュレーターでは個々人のパーソナルアクティビティを持っているので、「ここに道をつくると人の流れがどう変わるか」といった未来予測、シミュレーションができるようになる予定です。こういった機能は今までにはなかったもので、一番のアドバンテージではないかと思います。
陣内様 人流分析から潜在的なニーズを見つけることができれば、まちづくりの施策も大きく変わっていくでしょう。イベント事業や小売業にも大きく貢献でき、コロナ禍への対応についてもより的確な施策が打てるはずです。もちろん、パーソントリップ調査や国勢調査、家庭調査などのデータも、まちづくりには欠かせないものです。むしろ、ビッグデータと融合することで真価を発揮するといってもいい。次世代型都市シミュレーターが既存手法に置き換わるのではなく、両者の強みを生かして併用していくべきなのです。
――共同開発していくなかで、KDDIに対してどのような印象を持ちましたか。
陣内様 KDDIはとにかくアセットを豊富にお持ちで、コンシューマ向けでもBtoBでも幅広い領域でのご経験や実績があり、我々としては大変心強く感じております。共同開発を持ちかけさせていただいた際、本当に時間をかけて熟考してくださり、真摯にご対応いただいたことに信頼感を抱きました。あとは、率直に申し上げるとビジネスがお上手だな、と (笑) 。
三井物産の事業は、まずはコンセプチュアルなテーマを打ち出してから事業化していくことが多いのですが、KDDIの場合は初めから“売れるソリューション”を模索する。先日、KDDIグループ傘下のソラコム様がIPOを検討していると話題になりましたが、どこか他のキャリア様にはない独特の視座がある印象です。
中村 今回のプロジェクトは我々の部門にとってもチャレンジングなことです。KDDIは都市計画に知識や経験があるわけではありません。それでもこの「次世代型都市シミュレーター」を通じて、都市計画市場へチャレンジしたいと考えています。
その理由はKDDIが目指す「KDDI Accelerate 5.0」において、本プロジェクトが重要な役割を果たす、と考えているからです。「KDDI Accelerate 5.0」は、Network、Security、IoT、Platform、AI、XR、Roboticsといった7つのテクノロジーを用いて、
「ネットワーク」「プラットフォーム」「ビジネス」の3つのレイヤを新たなフェーズへと導き、「Society 5.0」を実現することを目標としています。リアルにある位置情報ビッグデータやAIの「テクノロジー」を活用して、バーチャルなパーソナルアクティビティや都市の未来予測を実現し、新たな「ビジネス」レイヤを実現する。まさに「KDDI Accelerate 5.0」を体現する先駆的プロジェクトであり、ベンチマークとして位置づけられると考えています。
――今後の展望について教えてください。
陣内様 2021年度中の事業化を目指しています。開発ロードマップは引いていますが、具体的な戦略はこれから固めていきます。事業化前の今の時点から様々なお客さまに開発状況やデモを見ていただいており、お客さま意見を反映させたプロダクトにしていきたいですね。課題としては、シミュレーターのコストをどこまで下げられるか。機械学習は、コンピューターのリソースを消費するので、より効率化する必要があります。また、オペレーターがシミュレーターに付きっきりになるのも避けたいので、できるだけ自動化していきたいです。
中村 今後、このソリューションを具現化し、事業として確立させていくために重要なのは、どういったお客さまにご利用いただき、どういった価値を感じていただけるか、つまりビジネスにどう生かしていただけるか、それをしっかり作り上げることです。ソリューションとしてシミュレーターを開発するだけではなく、三井物産様が培ってきたまちづくりのノウハウを活用させていただければ、都市開発において一番重要な「次世代の都市計画」を担えるのではないかと考えます。人流分析は、まちづくりにおける最初の一歩。シミュレーターをつくるのがゴールではなく、都市計画にも関わり、最終的にはKDDIの得意な通信や金融、MaaSといった分野へと拡大していければと思っています。
陣内様 今後、商用化に向けてさまざまな機能を盛り込んでいくことになります。システムのデザインやセキュリティなど、気を配るべき要素は多岐にわたります。ぜひKDDIにリードしていただきたいですね。