DXの重要性が叫ばれているなか、日本は世界の中でも遅れを取っているという指摘が多い。そこにはどのような課題があるのか。どのような視点を持ち、変革に挑むべきなのか。
『DX進化論 つながりがリブートされた世界の先』(エムディエヌコーポレーション)、『アフターデジタル』(日経BP) などの著書を持つIT批評家の尾原 和啓 様に聞いた。
――DXについてお伺いする前に、昨今の社会環境の変化についてお聞かせください。コロナ禍後の日本において、人々のライフスタイルや消費行動はどのように変化していくとお考えでしょうか。
尾原様 先日、Facebookが「Meta」(メタ) と社名変更をしました。これからの数年間で、世界がメタバース (オンライン上に構築された3DCGの仮想空間) とリアルのハイブリッドになっていく流れを見据えた動きであると私は考えています。
日本でも、普段は自然豊かな場所に住み、週1~2日のみ都市部に出社するような働き方が増えてきています。今後のライフスタイルや消費行動の変化という意味で考えるとさらに細分化され、「1日のうち、何時間をどこで過ごすのか」という“時間”の観点が重要になってくるでしょう。
コロナ禍では、Zoomをはじめとするオンライン会議が主流となり、多くの人々が利用し始めました。今後は、会議や飲み会などの「目的」がないときでも、メタバースの中で人々が過ごすように変わっていくでしょう。
尾原 和啓 様
人々が一定の時間をオンライン上で過ごすようになれば、そのうえで「自分らしさ」を表現したくなる。だからこそ、アバターやファッション、部屋を飾るインテリアなどがNFT (非代替性トークンとも呼ばれるデジタル資産) で動くようになります。昨今のNFTやメタバースの動きは、コロナ禍が加速させたところが大きいと言えるでしょう。
一方、リアルの世界での動きとしては、「コンポーザブルテクノロジー」が広がってくると予測されます。さまざまなテクノロジーを個々の部品として改修・再接続しやすい形にすることによって、必要に応じて分解したり、部品をつなぎ合わせて使ったりするという考え方です。DXを通して、そのような柔軟性のある社会に向かう流れが生まれてくるはずです。
――さまざまな市場の変化があるなかで、日本企業はどのような特長を生かすべきなのでしょうか。
尾原様 日本企業には目的を持って集まったときに発揮される強さがありますが、実は無目的に集まったときにもその強さが発揮されることがあります。わかりやすい例が、ワクチンの職域接種です。
諸外国が混乱するなか、日本では国が企業にワクチンの打ち方を示した結果、各社それぞれが工夫をしてワクチン接種を早急に実施できたのです。これは日本企業が無意識に発揮していたフィジカルの強みが見えた形なのですが、オンラインやメタバースを中心に考えると、この強みが抜け落ちやすくなるため、注意が必要です。日本人が持っている文化や美学、それをもって自走する力を意識的に残していくべきだと考えています。
――日本の大企業はどのような視点を持って DX を進めることが必要でしょうか。
尾原様 そもそもDXは、大きく分けて3種類あります。
単なる業務を自動化する「業務DX」、今ある事業をデジタル上にシフトする「事業DX」、
そして、もっと本質的な事業価値を提供していく「価値DX」です。
「価値DX」を実現するためには、2方向からのアプローチがあります。1つは、会社が提供する本質的な価値を問い直して、「自分たちはどこに行きたいのか」というビジョンやパーパスに立ち戻って考えること。もう1つは、「自分たちは何者なのか」「どこから来たのか」というアイデンティティやコンピテンシーに立ち戻ることです。いずれかを通して価値を共有する仕組みがないと「価値DX」に向かうことができません。
日本の大企業のなかには、自分たちのビジョンやパーパスを外部コンサルにお願いする会社が増えている傾向があります。どうしても「業務DX」や「事業DX」に振り回されて、自分たちの価値が何を基盤としているのか、飛躍的に向上させたい自分たちの価値とは何なのかといった議論に時間を割けていない現状があるからです。
――日本の大企業が DX 推進を掲げて新規事業部を設立しても、PoC 止まりになってしまうケースが多く見受けられます。
“PoC 貧乏” と呼ばれる状況から脱却し、一つでも多くの新商品・サービスを市場投入して事業拡大へとつなげるために、どのようなアプローチを検討することが必要でしょうか。
尾原様 私はDXを「価値を飛躍的に向上させたり、拡大させたりする取り組み」と定義しています。そう考えると、DX=新規事業ではありません。だからこそ、PoCを考えるよりもっと前に、「自分たちがやろうとしているのは、新規事業ではなくDXである」という話をきちんとした方がよいと思います。PoCは本来、全く新しいものをつくる=インベンション (発明) する上で重要なものですが、自分たちの価値の本質が分かっていれば、そもそもインベンションする必要があるものなのかがわかるからです。
既に欧米ではDXのビジネスケースが山ほどあり、そういった企業をベンチマークにすべきだと思います。参考にできるものはそれを生かし、確実にお客さまに選ばれる存在になることが「価値DX」へとつながります。特に日本企業には非効率な業務がまだまだ多いため、海外事例を探索して、日本の特有の状況を踏まえてアレンジしていけばよいでしょう。
そうしてお客さまに選ばれる存在になって初めて、そこから先に付加価値を創出していく新規事業、つまりインベンションが求められるのです。
――企業が DX 推進を掲げるとき、AI などの新たなテクノロジーの活用とともに語られることがありますが、こうした新技術の選定・検証を行う際に求められる観点、注意すべき点などがあれば教えてください。
尾原様 自分たちの「コア」と「ノンコア」は何か、をはっきりさせてビジネスを進めることです。「コア」の部分、つまり自分たちがお客さまに選ばれている本質的価値の部分を先述のとおり外部に頼ってしまうと、独自進化ができなくなってしまいます。一方、「ノンコア」の部分においては海外のSaaSやAPIを積極的に活用すべきです。
ただし、今はデータの狩猟時代から農耕時代に入ってきており、データを取得するだけでは不十分です。コアビジネスに対して、お客さまのデータが自然に得られ、それを活用してよりよいサービスを提供できるというループの設計が必要です。
――日本の大企業が培ってきた強みのうち、DX を推進する際に役立つ要素があれば、教えてください。
尾原様 今のDXはデジタルの世界を変えるのではなく、リアルの世界を変えていくものです。リアルで一番の存在になっていれば、海外で一緒にインベンションに取り組むことが出来るプレイヤーは必然的に増えていきます。リアルの磨き込みは、日本企業の強い部分ですから、生かさない手はありません。
このリアルの接点を深堀りする “深化力”が、DXの源泉の一つです。すでに海外で行われていることでも、日本風にアレンジして高品質で実装できるようにしておくことが重要です。ここにPoCは不必要でしょう。
――最後に、DX 推進に課題感を持っている経営者・DX 推進リーダーにメッセージをお願いします。
尾原様 日本の大企業がやめるべきことは、自分で発明しようとしたり、自分の価値から離れたところに無理やり何かをつくろうとしたりすることです。コアではないところでインベンションしようとせず、リアルの接点を磨いて磨いて磨き込んで、どの海外プレイヤーとでも自信を持って一緒に組むことが出来るという領域をつくりあげた上で、組んでいった方がいいでしょう。
日本は海外よりもDXが遅れていることは否めません。しかし、そのぶん海外から事例を大量に集めて利用することができます。リアルの世界でDXを起こすためには、リアルの接点が不可欠です。そこを強化し、海外プレイヤーと組むことで、価値を最大化できます。私は、「DXに遅れているメリットを享受すること」が今何より求められることだと考えています。